第16話 状況の人、依頼を受ける1

「そう、だろうな」

「ゴブリンが剣を振りかざしてあの子に襲い掛かってきて……あたしが何もしなければあの子は殺されるか連れていかれたはずで……だから撃たなきゃ……今、撃たないとって……」

「……」

「そう思うと同時……ううん、そう思う前に、あたし、もう引き金を引いていた。うん、撃った後に……撃たなきゃダメよね……ここ、撃つところよねって……今思えばそんな感じ……だった、かな? でもさ」

「でも?」

「あたし、平気なの……」

「……」

「ま、まるで平気って訳じゃ無いのよ? ゴブリンの死体とかグロいし、気持ち悪いし。でも、そう言う事したのあたしだし。なのに……ほら、ドラマとかであるじゃない? 人を殺したりした時の罪悪感とか? 良心の呵責って言うの? 取り返しのつかない事しちゃったぁ! って震えて苦しんでる……そういうのが無くて、さ」

「うん……うん」

「だから……あたしって、可笑しいのかなって……」

 ――そっちの方かあ……

 確かに戦争映画など、戦火に身を置く事を拒んだり、敵に向かって引鉄が引けずに先任兵が射殺して助けられたり、殺してしまった敵兵の死体の前で錯乱するとか思い悩むとかは定番の演出である。

 当然そういう人間も多いだろう。

 だが果たしてそれはどんな人間でもそうなるのか?

 龍海はそれに関しては懐疑的であった。

 自衛隊で受けた訓練。そしてそれを反復し続けて、状況次第で考えるより早く身体がそれに合わせた最適の動きを示す。

 それを実感していた龍海は、今日でもほぼほぼ躊躇なく引き金を引いた。

 一匹で済まそうと思っていても、皆殺しにするのが最適解との状況が出来てしまった後は、それに合わせて体を動かした。いや、自然にそう動いた。そして洋子も……

 図らずも今の龍海の心境は、洋子のそれに近かったのだ。

「まあ、俺も同じようなもんだけどな」

「シノさんも?」

「俺だってあんな言葉が通じる人間に近い生き物殺したのは今日が初めてだよ。初日に狩った角狼は獣だしな」

「気に……ならない?」

「うん、悪い事したって気が起きないんだよ。あいつらは人間と同じで群れて共同で狩りをするみたいだし、俺たち同様に家族や友人がいるのかもしれないけど、あいつらは同じ背景の俺たちを殺す気マンマンで。警告したのにそれでも襲いかかって来たんだから、そりゃ返り討ちにあったって……それがこの世界の理なんだろうなと思うんだ」

「そうなのかな?」

「殺す行為を躊躇するのは、自分が殺せるって事は自分も誰かに殺される事も有り得るってそう言うワケで……自分が殺されたくないから他者も殺さないって暗黙の縛りが出来上がるってこと……だけど、ここではそれがまるで逆って言うか、殺されるのが嫌なら殺していい、それが戦場の常識なんじゃないかって」

「そんな……ものかな?」

「言葉で言うほど単純じゃないとは思うし、町や村の中ではやっぱり、殺されたくないから殺さないってそんなルールになるんだし。状況次第なんだろな」

「状況の人……か」

「そだな。なんか結構、重い言葉になってきたな」

 龍海は苦笑した。

 訓練時は耳タコレベルで聞かされた言葉だったが、こういう解釈をするとは当然ながら思ってもいなかった。しかし、あながち間違ってはいない……龍海はそうも思った。

 本来は忌避されなければならない命のやり取り、戦争下においてこれが行えるのは命令と言う形で軍、もしくは国家がその責めを負う事により末端の兵士たちは戦えるのだ。

 今現在、龍海や洋子の責はアデリア王国が背負っている。だから龍海も洋子も引鉄が引けるのだろう。

 更にここが地球の中世風の世相と同等ならば、征服地からの略奪・強奪・凌辱なんて行為も当たり前に行われる。報酬の無い徴用兵はそれが収入源であるし。そして、そういう手合いから身を守るために武力を行使する、それも当たり前の事なのだ。

 とは言うものの、やはり引っ掛かりは……

「そういやあの子は?」

 さりとて、お互いいつまでも思い詰めているわけにもいかない。

 龍海は話題をケモ耳少女に逸らした。

「追われて気が張り詰めてたのかな? それともすぐ近くであたしが発砲しちゃったからなのか分からないけど、その時に気絶しちゃって」

「ケガとかはどうだった?」

「脚や腕とかに擦り傷はあったけど、切り傷とか大きな出血とかは無かったかな」

「犬か狼の獣人かな?」

「尻尾見ると狐っぽいけど……下のジャージ、どうすればいいか悩みどころだったわ」

 ――尻尾用の穴は開いて無いしな~

「あの子、どうするの?」

「放っておくわけにもいかんだろな。見れば旅の途中って感じでも無いし、近くに村か集落でもあるんだと思うよ。本人次第だけど問題が無ければ行軍訓練がてら送っていってもいいしな」

「あのう……」

 テントの方から声がした。

 件の獣人少女が、テント入り口から申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。

「お、気が付いたか。思ったより早かったな」

「あの、ここは……私、一体……」

「バスタブで気絶してたから、こっちに運ばせてもらった。濡れた服は今、乾かしているよ。体、動くかい?」

 コクっと頷くと少女はテントから這い出してきた。

 青いジャージを着た狐の獣人とは、まずまずシュールな光景ではある。

 龍海が出したジャージは自分用の再現なので、この少女にはサイズオーバーであった。

 再現能力は過去、龍海が触れたものなら何でも作成できるのだが、あくまで触れたものだけに限定される。

 故に自分が着ていたLLサイズのジャージをSサイズで出す、なんて事は出来ない。

 洋子が訓練で来ている迷彩服は彼女の身長にほぼほぼ合っているのだが、それは在隊中に洗濯物を取り込む時に、先輩隊員の分もついでに取り込む、と言う過去があったから様々なサイズが出せたのだ。

 中学生時代くらいの服を出せばサイズ的には合ったかな? と今更ながら思うが、まあ後から気が付く何とかの知恵、と言う奴だろう。

 あんまり体のラインがハッキリ出てしまうとエロい事になりそうなので、そこは正解だったかもしれない。

 もっとも、このダブダブのジャージの中で彼女は、のぅぶら・のぅぱんなワケで……それはそれで妄想が捗るが今は自重自重。

 三人は食事用に出しておいた小さなテーブルを囲んで座った。

 洋子がコップに冷茶を注いで「どうぞ」と少女に渡す。

「あ、ありがとうございます……」

 一気に、茶を飲む少女。あっという間に飲み干しコップを空にする。

 ゴブリンに追われ、全力で森の中をかけていたなら当然、喉も嗄れていたことだろう。

 洋子はもう一杯注いであげた。

「す、すみません……ん!」

 その一杯も一気飲みする少女。呼吸も忘れて飲み干したせいか、二杯目を空にするとハァハァと少し息を荒げる。

「むせるといけないわ、いくらでも飲んでいいからゆっくりね」

「ど、どうも……」

「その様子だと、ずいぶん走ったようだなぁ」

「あ、はい。こちらに向かう途中で、折り悪しくゴブリンの群れに襲われまして……」

「ん? こちらに?」

「はい」

 少女は持っていたコップを下げて姿勢を正して言った。

「私はあなた方を訪ねて参りました」

「え?」

「俺たちを?」

 こりゃビックリ。

 日本より召喚されてからこっち、自分らを知っているのは城内の一部と冒険者ギルドなど、僅かな人数しかいない。

 アリータやレベッカ、ギルドマスターらは今の龍海たちの行動には緘口令を敷いているだろうし、龍海の戦闘力を知っているのはトレド達くらいで、彼らは全く正反対の方向の仕事に行っている。

「な、なんで俺たちを?」

「あなた方は冒険者なんでしょう? それも魔導戦士の!」

 ――ま、魔導戦士!? 

「先日、森の陰から見させて頂きました。あなた方が修行しているのを!」

「し、修行?」

「あ、ああ訓練な。でもそれで何で魔導戦士って」

「だから見てたんですよ、あの魔法! 200mも離れた標的に、あんなに速く正確に火球を当てられるなんて! しかも標的の岩は見る間に次々削られていってたじゃないですか!」

「ああ、まあ……」

「魔法付与をされた弓矢や高速火球でも2秒は掛かる距離を0.2秒以下で! こんな魔法は見た事がありません!」

「な、なんで時間までわかるの!?」

「火球は目には見えませんでしたが、錫杖からの音と岩の砕ける音のズレで。え? 普通ですよね?」

 ――イヌ科耳スゲー……

「その実力を見込んで、お願いしたい事があるんです!」

「お願い? つまり何か依頼したいって事?」

「はい!」

「ああ、それならまずは王都のギルドへ正式に依頼してほしいな。これでも王都のギルドの一員だからね……」

「え、ええ。ギルドには依頼の相談はしたのですが、そ、それがその……」

「うん? どうしたの?」

「お金が……ありません……」

「金が無いって? どうして? まさか俺たちがタダで依頼受けるなんて考えたの?」

「いえ、まるっきり無い訳じゃ無いんです! ただその……」

「足りない?」

「は……はい」

「なに? そんな厄介な仕事なの?」

「う~ん。とりあえずどんな内容か、話してくんない?」

「はい……私はここから北にある村に住む、イーナと言うものです。その村の更に西に昔の火山があるのですが、その火口にここ数か月前くらいでしょうか、山の主が済み始めまして……」

「主?」

「そうです。昔、100年くらい前にも住んでいたそうなんです。当時はとある時点で居なくなったらしいのですが、また舞い戻って来まして。その主は時々癇癪を起こすのか、同時に村や畑に大きな火球を飛ばしてくるのです。それは特に夜に多く、その度に村人は負傷し、家を焼かれ畑を焼かれて、大変な被害を被っているのです」

「酷いわね。でもその山の主って何者なの?」

「火竜です。古代龍の……」

「カリュウ?」

 ピンと来ずに首を傾げる洋子。しかし龍海は眉間にしわを寄せた。

「それって……もしやドラゴン?」

「い!?」

 ドラゴンと聞いて洋子も口を一文字にして驚いた。

 ゲームやファンタジー物に疎い洋子でもドラゴンくらいは当然分かる。しかもかなり強敵っぽいイメージも。

「はい、東方だとそう言った呼び方をするところがありますね。お二方はそちらのご出身ですか?」

「え? あ、いやいや。ギルドで小耳に挟んだだけでね。ドラゴンがどんな大きさとか風体とかは知らないんだ」

 取り敢えず適当に誤魔化す龍海。

 しかし竜の類がどんな種類、特性があるのかは全く知識がない。

 もしも、日常よく見る珍しくもない魔獣であるのなら今の言動は迂闊に過ぎる。

 ――でも今まで竜の類が飛んでたりするのは見ていないけどなぁ~

「そうですか。火竜の様な古代龍は、小飛竜、ワイバーンみたいな小型竜ほどは見かけませんものね。私も火竜を含めて古竜を見たのは初めてです」

 よかった。龍海の言った事との整合性は、そこそこ取れそうだ。

 ――しかし……

 胸を撫で下ろすと同時に、いや~な予感ももたげてきた。

 イーナの依頼の内容とは、どう考えてもこのドラゴンの退治、もしくは排除であろう。

「イーナさんはどこで見たの? その火竜ってのを?」

「はい、遠目ではありますが火山の火口に降りていくのを見ました」

「……どれくらいの大きさ?」

「翼を広げれば20m以上の幅はあると思います。体長は9~10mと言ったところでしょうか?」

 とりあえず龍海は気を楽にした。もしも大きさが、かの有名な金色の三つ首竜サイズだったら再現で核兵器を出す事が出来たとしても、なんだか勝てる気がしなかった。

 とは言え、たとえ7~8m程度であっても、それはかなりの大きさだ。

 おまけに竜の鱗は高硬度であるのが相場である。

 仮にその相場通りならば、通常弾しか再現できない龍海のストックの中では最強の、12.7mm弾でも果たして貫く事ができるのか? 

 まだ再現はしてはいないが、小銃擲弾や110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストまで出す必要がありそうだが、効果のほどは全く予想できない。

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