第15話 状況の人、実戦する2

 今のところ射程は1mにも満たないが、細い火の柱を曲げたりしならせたりも出来始めている。やはり勇者の称号は伊達では無いと言う事か?

 対して龍海が出す水は再現リプロダクションの応用に近く、火や風の属性に関しては能力値が低いようで、自在に操るには洋子以上の練習が必要になりそうだ。

 だが洋子ならば、火炎放射器並みの炎も出せるかも? もしかしたら冗談でも無く、そんな大技などであっても、それなりに期待出来るかもしれない、龍海はそう思った。

 科学が劣っているこの世界では、洋子や龍海自身が会社・鉄工所で見なれた、温度が1000℃を超えるガス切断機の炎や溶接機のスパークなどに相当する現象を、魔法で実現されているのだろうか?

 こちらの魔導士がそういった炎のイメージが湧かないのであれば、鍛錬次第によっては魔法でも一歩先を狙えるかもだ。 

 他にも攻撃に使える魔法だけではなく、相手から視認を阻害する、陽炎や蜃気楼を合わせて軽いモザイクを発生させるような迷彩カモフ魔法等の防御系の魔法も発動できている。

 これまで中・大型の魔獣を見かけない事もあるが(寄って来ても銃声にビビッて近づけない?)、森の中で風呂に入ろうと考えられるのもそう言った策を講じられるから、というのも多分にある。

 その辺りが自信となって希望を持てるようになってきているのかもしれない。

 目指す先が見えてきたせいだろうか? 家族と会えない事にも以前ほどの悲しみや寂しさは無い。

 ――いつかは帰れる……

 洋子は湯の中で連日の訓練で強張った手足の筋肉をほぐしながら、心地よい一時を過ごしていた。

 ザッ! ザッ! ザッ!

 まだ午前中だと言うのに風呂のあまりの心地よさにウトウトしかけた洋子は、草を掻き分けながら何者かが走って来るような音に気付き、目を覚ました。

 ――何か来る? 人? 魔獣?

 洋子は拳銃を握り、素早くスライドを引いて初弾を薬室に装填した。予期せぬ奇襲等に備えるために、バスタブに引っ掛けていたグロック19である。

 ザバッ!

 湯船に身を沈めて姿勢を低くし、音の向かってくる方向へ、スタンダードモデルであるグロック17より、やや小振りの拳銃であるG19の銃口を向ける。

 銃を前面に構えつつ、音の正体を確かめるべく目線を左右に動かして周辺を凝視した。この間、音が聞こえて索敵開始するまでの時間は5秒と経っていない。

 と、ここで洋子は眉間にしわを寄せた。

 ――あたし、何やってんの?

 洋子くらいの年頃の女子ならば、入浴中に何者かの接近を感じた辺りですぐにその場から離れるか、もしくは自分の素肌を他者の目に留まらぬようタオルで隠すなり、服を着るなりするのが相場と言うものだ。

 ところが今の洋子さんときたら、全裸の身をバスタブに潜めて両手で15連発の自動拳銃など構えていらっしゃる。

 まだわずか一週間程度とは言え王都を出て以来、常に火器を携えて食事中はもちろん、寝る時でさえ火器と共に過ごして来た。

 そして毎日の反復訓練。

 その訓練の成果が実って思わず反応してしまったが、自分がスッパで拳銃を構えている状況を脳内で再現してしまい、急に顔が赤らんできた。

 バサッ!

 その一瞬の緩みを突くかの如く、左前方の枝を掻き分けて一人の、洋子より少し背の高そうな人間がこちらに突撃してきた。

 やはりあの音は、草や枝葉を掻き分けて人が走る音だったらしい。

 そちらに目を向けた洋子は、図らずも走って来る人間と目が合った。

 ――女性? 

 突っ込んでくる人間は若い女性だった。

 歳の頃は洋子よりちょい上か? と思えるくらいで、ガチ合った目は済んだ青色をしていた。

 彼女からは敵意というものは何も感じられなかった。

 得物を持たぬ素手の状態でもあり、こちらに襲ってくる、敵対する、というような雰囲気は皆無と言える。

 そしてその青い瞳の頭の上には……犬か狐か狼らしき見事なケモ耳。

 獣人自体は王都にも居たので驚きはしなかったが、こんな人気の無い(故に入浴としゃれ込んだワケで……)森の中で?

 で、そのケモ耳の青い目も、こう語っていたように思う。

 ――何でこんな森の中にバスタブが!?――

 そんな驚愕した目をした女は駆けてきた勢いを止めることは出来ず、バスタブの縁に足を取られ、

バッシャー! 

と頭から湯船に突っ込んで来た。

「ぶへぇ!」

 まるっきりの下敷きではないが、背中に乗っかられる形になった洋子は些か間抜けな悲鳴を漏らした。

 ――な、なんなのよ、もう! って、痛! 痛!

 転んだ女は体を起こそうとジタバタと足掻き、洋子の顔をガンガン蹴っ飛ばした。

「ちょっと! 痛いじゃないの!」

 たまらず抗議の声を上げる洋子。対して女は、

「ご、ゴブリン! ゴブリン!」

と言いながら洋子の後ろを指で差した。

 洋子が首だけ振り返ると、女の来た方向から人型ではあるが、若干小振りな体形で青だか緑だかの肌をした異形のものが集まってきた。

 追いついた!

 もう一匹いるぞ!

 ツイてるぞ! まとめてとっ捕まえろ!

 女にゴブリンと呼ばれたその異形の者たちは、体躯こそ小学生高学年か中学一年程度のものであるが、手には剣や斧を持って殺気満々の面構えで洋子たちに迫ってきた。数は5頭ほど? まさに魔物と呼ぶにふさわしい、イメージ通りの形相・言動だ。

 ヤバい! 洋子は聞こえてくるゴブリンの言葉に危険を感じ、G19を向けようとした。

 しかし女が乗りかかってきたおかげで銃は右手ごと湯船の中だ。 

 懸命に腕を抜きだそうとするが、羨ましいほどスラリとした女の脚が邪魔で抜き出す事が出来ない。

 ――ぬ、抜けない!

 焦る洋子。だがその刹那、目の前にローブが放り込まれた。

「そこまでだ!」

 龍海登場である。

「ゴブリンたち! 言葉がわかるのなら、この場から立ち去れ! さもなければ命の保障はしない!」

 ドォン!

 上に向けて一発、威嚇射撃を放ってゴブリンに警告した龍海は散弾銃を腰だめに構え直した。洋子が使っている物と同じM500だが、銃床をピストルグリップに換装した全長の短いタイプだ。森の中でも取り回しが楽なため、こういう状況用に再現しておいたものだ。

 轟音に一時怯んだゴブリンたち。しかしすぐに立ち直り、

なんだ、音だけか?

男は一人だ!

やれ! 囲め!

と余裕を込めた笑みを浮かべながら一斉に襲い掛かってきた。

 銃なんてものはこちらの世界にはまだ存在しないので、この反応もやむを得ないのか?単に知能が低いのか? あの銃声――爆音を単に音だけの虚仮威しにしか認識できないのか?

 木の枝や葉を撃ち抜いたとしても、こいつらにこの武器の威力を理解させることは期待薄なのか?

 ちぃ!

 口元を激しく歪めて舌打ちした龍海は、斧を振り上げて向かって来る先頭のゴブリンを狙い、散弾銃の引き金を絞った。

 ドォン!

 炸裂する一二番ゲージ・バードショット弾。

 ゴブリンとの距離は7~8m。この距離での散弾銃の威力は至極凶悪である。

 標的となったゴブリンは、胸部をワッズから解放される寸前の数十発のペレットで抉られつつ、後ろへブッ飛ばされた。

 映画の被弾シーンほど派手では無い倒れ方だが、肺も心臓も破壊されたゴブリンは無論、即死である。

 音だけの見掛け倒しだと楽観していたゴブリンたちの動きが止まった。やられた仲間を見て目を見開く。

 さっきまで自分たちと一緒に笑っていた仲間が剣や槍はもちろん、氷矢も炎球も当てられず屍に、いや残骸と言っていい物体に一瞬でなり果ててしまえば目を疑うのも当然であろう。

「わかったか! さっさと去れ!」

 ジャカ!

 フォアグリップをポンピングして空薬莢を排出、次弾を装填した龍海はゴブリンに再度警告した。

 が、

「だめです!」

後ろからダメ出しの声。

「皆殺しにしてください! 一匹でも逃すと仲間を呼ばれてしまいます!」

 ――く!

 新しい状況だ。をせん滅しないとの危険度が増す。

 一瞬、龍海の脳裏に子供のころプレイしたゲームの一シーンが過った。

 もうすぐ敵モンスターを全滅、と言う状況で、「仲間を呼ばれる」を繰り返されHPもMPもじわじわ削られて、あわやゲームオーバー――に成りかけてハラハラした思い。

 シチュは似通ってはいるが、今回はリアルで命が掛かっている。

 下手を打てば、今に奴らの仲間がわらわらと集まって、自分のみならず洋子やこのケモ耳少女も連中が持っている剣や斧の餌食にされてしまう。なによりこいつらは、自分らの命を奪う気満々でいるのだ。

 バスタブに突っ込んできたケモ耳女の言葉に、龍海は口元を歪めながらもゴブリンどもに向けて二射目を放った。しかして大した躊躇もなく。

 ドォン!

 弾は右にいたゴブリンの腹に命中、小柄なゴブリンは体をくの字に折り曲げて転倒し、くさむらの中に沈んだ。

 次いで左側の二頭を照準、即座に二連射。

 ドォン! ジャカ! ドォン!

 三頭目は最初の一頭目と同様に胸に着弾。四頭目は頭部に直撃し、顎から上が吹っ飛んでしまう。

「ひぃ!」

 残り一頭。

 さすがに身の危険を感じたか、その一頭は、踵を返して一目散に逃げだした。

 龍海も追うが、さすがに森に慣れているのか、逃げ足は素早かった。だがジグザグに走るのではなく、ほぼ一直線に逃げるだけであった。

 空になった銃の排莢口から弾薬シェルを直接薬室に放り込んだ龍海は足を止め、20mくらいまで開いたゴブリンに狙いを定め、正確に引鉄を絞った。

 ドォン!

 30mも離れると散らばる散弾は1m近く広がる。真っ直ぐ逃げるゴブリンに当てられなければ射撃経験者の龍海としては問題であろう。

「ぼぶ!」

 背中一面に弾を喰らったゴブリンは、その場に崩れた。

 だが距離が離れれば当たるペレット数も威力も減少する。

 龍海は銃に弾薬を補充しながら倒れたゴブリンに近づいた。

「げ……ごぶぉ……」

 やはり、かなりダメージを受けてはいるが死んではいなかった。

 龍海は自衛隊で触れた九ミリ拳銃――SIG・P220をショルダーホルスターから抜き、

バン! バン!

尚も這いずるゴブリンの頭を慎重に撃ち抜いた。後頭部に二発撃ち込まれ、同時に動かぬ肉塊と化すゴブリン。

 の殲滅を確信した龍海はフーっと一息ついて安堵した。が、

バン!

と、今度は九ミリ拳銃によく似た発砲音が後方で響いた。

 ――まだ残っていた? 洋子!

 龍海は抜けかけた緊張感を取り戻して、急ぎ洋子の元へ向かった。

 バスタブの所へ戻ると、彼女はローブをまとったまま半身を湯船に着けて、G19を構えた状態で固まっていた。

「洋子ちゃん! 大丈夫か!?」

 龍海の声に一瞬ビクッと体を震わせて振り向く洋子。そして、

「あ、うん。大丈夫、よ」

と答えるも、返事はまるで棒読みに近かった。眼もちょっと虚ろだ。

 どうしてかは大体想像はつく。

 龍海は銃口を下げさせ、身を乗り出してバスタブの反対方向を覗き込んだ。

 そこには蟀谷こめかみから血を流して絶命しているゴブリンの残骸が転がっていた。

 ――回り込まれていたか……

「い、いきなり後ろ、から……その子に、襲い掛かって、来て……思わ……ず……」

 洋子は龍海に、言葉を詰まらせながらも意外に淡々と状況を説明してきた。

「そっか……お疲れ様、よくやってくれたね。おかげでこの娘も無傷で……ん?」

 見ると、飛び込んで来た女は湯船の中で気を失っていた。



 バスタブの収容は後回しにして、龍海は気絶した女を露営地に運び、テントの中に寝かせた。

 頭からバスタブに突っ込んでしまった彼女は言うまでも無く、全身ずぶ濡れである。

 当然、このまま寝かせて放っておく事は出来ないが、さりとて洋子の前で龍海が着替えさせる訳にも行かず逡巡していると、

「あたしが着替えさせるわ。女の子でも着られる服、出してくれない?」

洋子が志願してくれた。

 洋子の心理状態も気になったが、とりあえず今はその言葉に甘えようと思い、中から出される服を受け取り、代わりの服をテント内に入れ込んだ。

「……何でジャージなの?」

 中から洋子が呆れ声で聞いてきた。龍海が再現した服は青地に白線の典型的なジャージだった。

「ごめん、女向けの服なんて、ろくろく触ったこと無いし……」

「もう! これだからオタは!」

 返す言葉もない龍海であった。取り敢えず、濡れた少女の衣服を脱水してテントのロープに引っ掛けて干し始める。

 ――思ったより堪えてないか?

 ゴブリンを倒したあとに駆け付けた時の洋子の表情。

 いくら異形の魔物であっても言葉の分かる、人の形と同じ五体を持つ相手を殺害したのだし、ショックがあってもおかしくはない。

 しかし彼女は意外と普通に会話をしている。女の着替えも気丈に申し出て来たし。

 と言うか、当の自分……5頭のゴブリンを殺害した龍海自身が殊の外、冷静な気分なのだ。

「終わったわ」

 洋子がテントから出てきた。

「あ、お疲れさん。気分はどう?」

「どうって?」

「あ、いや……初めての実戦、だったからさぁ……ショックとか受けたかな? とか」

「ショック?」

 洋子は一度龍海の顔を見ると、すぐ視線を落とした。

「うん、まあ……ショックだな……」

「……」

「あたしね、初めて生き物を銃で殺しちゃった……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る