第14話 状況の人、実戦する1

 バァン!

 これを十数発続けて音に慣れ、撃発音にビビることなく引鉄が引けるようになったところで実包射撃に移る。

 20mほど先に、昨夜使った薪の残りを井桁に積み上げて標的とし、それを狙わせた。

「銃床をしっかり肩に当てて。浮いてると反動で殴られる形になるからな」

 一つ一つ注意点を教える龍海。重要な事柄ではあるが、あまり並べられると素人の洋子は余計に委縮しそうだった。

 だが一発奮起し、極力冷静さを保ちながら引鉄に力を込める。

 バアン!

「きゃ!」

 激発と同時に、肩に突き刺さるような衝撃を受け、洋子は思わず小さい悲鳴を上げた。右側方で空薬莢が地面に落ちる「チーン」という音が僅かに聞こえる。

「OK、OK。じゃあ続いて撃ってみようか? 空砲と違ってそのまま引鉄引きゃいいからね?」

 初めての実弾射撃に洋子の息は荒れた。小さくハァハァと口呼吸。

 それでも頑張って2射目を撃つ。

 バアン!

 2発目は的のかなり手前に着弾した。

「ガク引きしてるね~。反動が怖いんだろうけど、抑えるより、受け止めるって感じでやってみて。引鉄も一気じゃなくて絞るように力を入れてごらん」

 ――気楽に言ってくれるなぁ……

 玩具も含めて銃なんてシロモノとは、まるで縁の無い生活をしていた洋子としてはボヤキたくなるのは当然であろう。

 しかし魔導軍と戦う云々はともかく、生き延びるためには覚えておく必要のある能力だ。

 何より自分が望んだ事でもあるし、堪えて引鉄を引き続けた。

 バアン! バアン! バアン!

 龍海が渡した弾倉に装填されていた弾は10発。何とか頑張って撃ち尽くすと、残弾0を示す開いたままの排莢口からは煙が僅かに漂っていた。

「ほい、安全装置掛けて、弾倉抜いて」

「SAFEに合わせて……どう? 当たったかな?」

「ああ、一番上に一発当たって、一発は掠めたよ」

「ええ~、それだけぇ~? 10発撃って、たったの2発ぅ~?」

「この程度の訓練で当てたんだから上等だよ。自衛隊じゃ最初は25mで15cmくらいの的で体験したけど一発も当たらない奴だっていたしな」

「的も小さいのね」

「200m換算でちょうど人体と同じ大きさになるそうだ。その後は実際に200m先を狙って訓練したよ」

「200m!? 20mでも当たらないのに~。そんな事出来るの?」

「ふ~む、んじゃまあ……お、あの岩、分かるかな? 大体200m弱ってとこだけど」

 洋子は射撃用保護メガネを上にずらし、龍海が指差した方向を渡された双眼鏡で覗いてみた。

 ちょっと開けたところに幅1m、高さ1.2m程度の岩がぴょこんと立っている。

「え? あれ狙うの?」

 200mも離れれば幅が1mあっても肉眼で見ると、まるで豆粒だ。

「見てなよ?」

 そう言うと龍海は64式を取り出して寝撃ちの姿勢を取った。

 ドバァン!

 M4より野太い銃声に耐えながら洋子は標的の岩を見つめた。

 すると着弾を示す土煙が見えた。

「当たった! 凄い!」

 思わず龍海を見る洋子。

 その龍海も双眼鏡で着弾点を確認しており、

「右にズレたな。んじゃ左に2クリックほど調整……」

と、なにやら照門部分を弄ったのち、再び構える。

 ドバァン! ドバァン!

 照門が調整された64式小銃から放たれた弾丸は、次々と岩の中心付近に着弾した。

「すごぉい。よく当てられるね?」

「固定目標に安定しやすい寝撃ちだからね。直径30~40cmくらいには纏まるさ」

「あんなに銃口が跳ね上がるのに何で当たるんだろ?」

「反動ってのは弾が銃身内を通過するところから始まってはいるけど、銃を蹴飛ばすような本格的な反動は弾が銃口から飛び出たあとから始まるんだ。だから最初の狙いさえしっかりしてれば空を撃つなんて事は無いよ。だから『受けとめるように』って言ったのさ」

「あたしに出来るのかなぁ?」

「焦る必要はないさ。それに接近戦なら散弾銃も有効度高いから、それを使うのも手だし」

「サンダン?」

 龍海は「これさ」と言いながら収納から散弾銃のモスバーグM500を取り出した。

 連発の散弾銃でよく見られるポンプアクション式のタイプである。

「弾薬の中に丸い球が直径に合わせて、大きいものなら数発、細かい球なら数百発入ってるんだ。弾が広がりながら飛んでいくから当たりやすい」

「いいじゃん、それ。なんでみんな散弾にしないの?」

「ある程度距離があると、途端に威力を無くしちゃうんだよ」

「ふ~ん、そうなんだ~。一長一短なのね」

「試しに撃ってみるかい? あの薪なら絶対当たるよ」

「ホント? うん、やってみる!」

 当てられると聞いて、洋子は俄然興味が出てきた。龍海からM500を受け取り、M4と同じく構えてみる。M4より大きく重いのが洋子にもわかる。

「照門が無いの?」

「狙いは大体でいいんだよ。散らばるんだから」

 なるほど、と思いながら洋子は薪に狙いを定めて引き金を引いた。

 ドバァン!

「わ!」

 M500の反動はM4に比べて重くて強いので、洋子はまたも悲鳴を漏らした。しかし、

「お見事!」

という龍海の言葉に薪の方を見ると、積まれていた薪は跡形も無く吹き飛んでいた。

「あ、当たった!? マジで!? やったぁ!」

 吹っ飛んだ薪を見て大はしゃぎの洋子。まあ、この距離で余り細いチョーク(拡散範囲を制御する部品)を使わない散弾なら、よほど下手な狙い方・撃ち方をしなければ外すのは逆に難しい。

 例えそうであっても、洋子に「当てる事が出来る」という自信を持ってもらうことが何より望ましい。

 恐らく偶然ではあるだろうが洋子の今の一発は、着弾のパターンからして標的のど真ん中を撃ち抜いていた。

 ゆえに龍海は洋子を拍手で称えた。



 その後、基本的に午前は火器、午後は戦闘訓練&体力錬成と言った行程で一日の課業を予定立てて錬成の日々を重ねた。

 課業中のみならず、食事中や寝る前の小銃の手入れ中にも「東方向、敵襲!」など適度に状況を入れて、即応訓練も行った。

 二人は一所で留まって訓練をしているわけではなく、一応はアープの町を目指して前進はしている。

 その場その場の地形・状況で様々な想定を設け、例えば土手などの目標物に敵兵がいると想定して、背を低くしての前進。

 そこから迎撃されているという状況を差し込み、いきなり伏せて即座に寝撃ちの姿勢を取る――からの、速度重視の第一匍匐から低姿勢重視の第五匍匐までの流れでの接近訓練。最後に目標の制圧等々。

 自衛隊で受けた訓練さながらに、龍海は洋子に基礎的な戦闘訓練を指導し続けた。

 初心者の洋子には、あまり無理はかけず、さりとて甘やかさず、時折り肩で息をするくらいまでは攻めてみる。そんなこんなで日が暮れる。

 さしあたっての問題点としては入浴だ。仕事(訓練)を終えた後に食事を済ませて風呂に入ってさっぱり……と言う日本での日常生活の様には行かず、再現で出したウォッシュシートで汗を拭きとる程度しか出来無い事だろうか?

 一日の終わりはお風呂で! それが習性と言っても良い位の日本人にはちょっとキツいモノもあるが、いつ何者かに襲撃されるか分からない荒野のど真ん中で、バスタブを出して露天風呂ってのもそうそうやれるものでもなく、今のところは堪えている状況。

 近くに温泉でも沸いている所は無いものか? 日を追うごとに龍海も洋子もそんな事を思う様になった。

 荒野での行軍は一昨日で一旦終わり、昨日からは森の中での訓練を行った。

 木々の間を抜けて、相方バディが前進する間の援護射撃、役を交代して今度は援護を受けながら自分が前進。その後目標に到達。そんな訓練を繰り返す。

 その辺りは、龍海自身が受けた訓練に準じているが、自衛隊の訓練と違っているところと言えば実弾を使用できるところだろうか? 実際の演習時の射撃は、口頭で「ばーん!」と叫んでいた龍海としては実弾を使っての訓練は非常にテンションが上がった。より実践的な状況を構築出来る。


 荒野では一日が終わればその場で野営としていたが、森中ではそんなに都合よく野営できる場所は見つからないので森と荒野の境まで出て野営した。

 その境目に沿って移動し、アープへの街道に出たら状況終了にするつもりだ。

 訓練を開始して今日で7日目。洋子も思ったより身を入れて訓練に励んでくれてはいるが、さすがにもうそろそろ、ちゃんと雨風をしのげる場所での休養が必要だ。いくら勇者の素質があると言っても戦士としてはまだ初心者ビギナーであるし。 

「洋子ちゃん、今日の訓練は休みにしよう。一週間ご苦労さんだったしね」

 龍海は今日を休日にすることを提案した。

 あの散弾銃での命中に気を良くした洋子は火器にがぜん興味を持ち始め、訓練等も一所懸命に受けてくれた。

 この一週間の訓練でも日を追うごとに文句の回数は減り、この不慣れな異世界で生きて行く自信が積み重なっていくのを自覚している印象を受ける。

 とは言え、やはりそこは17歳の女子高生。調子に乗って過負荷をかけ過ぎれば身体もメンタルも疲弊してしまう。それでは当初の目的から逸脱することになるし、その意味で休養も錬成訓練の重要な工程だと龍海は判断した。

「あ~、それは嬉しいな。正直、一晩寝ても疲れが取れなくなってきてたし~」

「なんなら森の中でバスタブ出そうか? 湯に浸かってゆっくりしたいだろ?」

 訓練の中には銃器や銃剣道・徒手格闘の様な戦闘行動のみならず、歩哨等の警戒所作も伝えてある。

 今では森中で入浴すると言っても全くの無防備では無いし、油断することもあるまい。

「うん! お風呂入りたい! あ、でもシノさん、あたしのこと覗くんじゃないでしょうね~?」

「ハハハ、しないしない。俺がそんな事するようなら遠慮なく拳銃ブッ放してくれていいぜ? でもあまり離れていない所には居させてもらうよ。無防備な状態で何かに襲われたらシャレにならないからな」



 と、それから小一時間。森の中で再現を使ってバスタブを出してもらって湯を張り、洋子は木々に囲まれる中での入浴をどっぷりと堪能していた。

「入浴と森林浴……考えてみりゃメチャ贅沢よね~」

 入浴自体は一週間ぶりだが、あまりにも常識から外れた体験の連続に、なんだか一月ぶりくらいに入ったような気さえする。

「異世界かぁ……」

 突然の死。転生・転移がごちゃ混ぜになったような異世界召喚。

 数奇な運命……人生大逆転。

 表現するにはそんな在り来たりの言葉じゃあ全く足りないレアケース。

 最初の内は、自分は一体どうなるか? 城の中でも、脱走して路地裏で布を被って震えていた時でも頭の中は錯乱寸前であったが、今はこんな異常な状態でも受け入れ始めて、あろうことか見知らぬ森の中での入浴を堪能、と来たもんだ。

 掬った手の平からこぼれる湯を眺めながら洋子は今の自分の心境に小首を傾げた。

 魔導国とアデリアを併合できれば日本に帰れる……

 国同士をどうこうと言うのは今以って全くピンと来ないが、

――日本に帰れる手段がある……

それだけでも希望を持てているのだろうか?

 王国対魔導国戦争のゲームチェンジャーになるなんて、本来気が遠くなるような大それた話なのに、

――何とかなるのかも?

と、考えてしまう今の自分。我が事ながら、まっこと不思議な感覚であった。

 今、訓練している銃火器は剣や槍の間合いに入ることなく攻撃でき、弓・魔法による遠距離攻撃よりも正確に、かつスピーディに連続して打撃を与える事が出来る。

 それら近代兵器は自分たちに圧倒的なアドバンテージを担保してくれるだろう。

 この世界には無い強力な火器、それらを製造し、操る龍海の存在は大きい。

 この人に付いて行けば……から始まり、自分も火器を使えるようになり、魔法に関してもお互いに手探りで初歩的ながらではあるが習得しつつある。

 この風呂桶を出したのは龍海だが、湯は洋子が出したものだ。バスタブに、張られた湯をイメージして念を込めると、いきなり湯がザバッと現れる。

 これら火や水の出し方は毎日夕食後辺りから、龍海のヘルプ機能の説明に沿って二人で練習し、覚えたものだ。

 かいつまんで言うと魔法とはイメージの具現化である。

 二人の魔法力は、今現在戦闘で使用するにはまだまだ力不足は否めないものの、通常の生活で使う範囲の火や水なら容易に出せるところまでは出来ている。

 あまりにも簡単に出来てしまい、繰り出した本人が一番驚いた、そんな感じであった。

 この異世界技の定番である魔法を実現出来たことは、二人揃って喜びあっていた。と言うか、『面白がっている』に近いかもしれない。

 更に、それらの制御は龍海より洋子の方が優れていることも証明された。

 例えば炎や水、風などは量も動きも速度も洋子が繰り出す技の方が上回っていたのだ。

 まだ威力も範囲も少なめではあるが、3~4日で工業用のガスバーナーを思わせる炎や、水ならシャワーや散水ノズルから出る放水程度もこなせるまでに至っている。この辺りは父親の会社で重機や車両の修理・整備、洗浄などを見てきた記憶が好材料となってイメージし易いのかもしれない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る