第13話 状況の人、冒険者になる3

 お小言の一つも食らうかと思っていた洋子にとって龍海の言葉は意外と優しく、ちょっと拍子抜けして戸惑いを感じてしまった。

 龍海は自衛隊経験者。洋子としては、軍隊じゃ新兵が古参兵にしごかれ弄られ、なんていうイメージで、自分もそんな風に当たられるのかも? などと言う予感もあったのだが結構自分を気遣ってくれている様子。

 それならばとにかく、設営の様子はちゃんと見ておこう――洋子はそう思い水分補給をしながら龍海の動きに注目した。

 天幕と言っても自衛隊で使った軍用のものでは無く、民間でキャンプ等に使われるワンタッチテントの類であった。除隊後に、友人らとキャンプした時に使っていた物だ。

 バッグから本体を取り出して広げ、四方にペグを打ち込みロープを張る、完成。

 異世界感0%である。

「キャンプやったことある?」

「中学の時に友達と。夏休みに」

「じゃあテントで寝るのもいけるな? 夕食は何食べたい?」

「定番はカレーよね」

「あとBBQな。じゃあカレーにするか。一から作るのもいいけど、パック飯とレトルトでもいいか?」

「いいけど東雲さん、料理とかも出来るの?」

「自衛隊で3か月、糧食班へ臨時勤務に出たからね。それなりにやれるよ」

「自衛隊で? そんなこともやるの?」

「ああ、裁縫にアイロンがけ、掃除洗濯に調理と、生活に必要なことは一通り覚えたなぁ」

 洋子に説明しがてら、薪に火をつけて鍋を設置し湯を沸かす段取りをする龍海。そつのない動きをボーっと見つめる洋子。

「……なんかすごい」

「いい思い出だよ」

「何で辞めちゃったの?」

「親との約束だったんだよ。家業を継ぐ代わりに4年だけ自衛隊に行かせてくれってね。まあ約束通り継いだはいいけど例の世界不況で結局倒産したけどね。あ、カレーの辛さは?」

「ええと、中辛で」

 湯が沸き始め、レトルトカレーとパック飯を出して投入。後は3分間待つのだぞ、と。

「ご家族は?」

「両親と姉貴が一人。今はその三人は同居、俺はアパートで独り暮らししてた」

「……会いたい?」

「そうだなぁ。俺は姉貴と仲が悪かったし、親も姉の方を可愛がってたしな」

「そうなの?」

「例えば小さい頃から、玩具にしろTVやゲームの独占でも誕生日とかの扱いでもいつも姉貴の方が優遇されてたんだ。文句言っても『おまえには家と会社があるんだ、それでお相子だ』って我慢させられ続けたよ。そのうち姉貴も同じこと言い出してやりたい放題でさ。おまけにいきなりデキ婚して、その費用も新居も親が全部出してやって。その払いが終わるまではって俺の給料下げられてさあ」

「ええ~? ちょっとひどいね」

 だろ? と言いながら龍海は紙皿を出して鍋からパック飯を取り出した。

「で、会社が潰れて家が無くなったから親は姉貴が引き取ったんだけど、最初は『親の面倒は長男がみるのが当たり前でしょ』って言いやがってさすがにブチ切れてなぁ」

「うわぁ、今まで良い思いしてきて、さすがにそれはないわ~」

「で、もう自分一人で部屋も借りて仕事も決めて今に至るって訳さ」

「じゃあ、あんまり会いたくない、かな?」

「正直今はそんな感じだけど、二度と会えないとなるとやっぱり考えも変わるかもな。君は家族は?」

「兄弟は姉と兄がいるよ。両親も健在」

「仲いいのかい?」

「特別じゃないけど、普通に家族してたと思うよ。親の事も好きだし」

「帰りたいよな?」

「うん……でも帰れるかな?」

「帰りたいって言うのならそこは信じようや。召喚魔方陣の件はまあ信憑性はあるし、もし国の都合で戦力として残ってほしいと言われたら俺が残るからいいじゃねぇか、で押し通せばいい。それでも文句言うなら俺と一戦するかぁ? って脅してやるさ。まあその前にそれくらいの強さまでレベルアップしなきゃならないがな、ははは」

「でも、そんな東雲さんを犠牲にするようなやり方は……」

「前にも言ったろ? 君と俺とではこの世界にやってきた経緯いきさつが違う。俺はもう戻れないって言う事で女神さまにチート貰ったんだしな。ほい、おまたせ!」

 龍海は出来上がったカレーを容子に手渡した。

「ありがとう、頂きます」

 カレーを受け取った洋子はすぐさまパクついた。

 レトルトとは言え、カレーの風味、鼻をくすぐるスパイスの香りと程よい辛さ、米飯の甘味が疲れた身体の舌の上に、歯に、口内にジュワっと染み渡っていく。

「ん~、おいしい!」

「こういうところで食う飯ってホント美味いよなぁ。不思議だよな」

「東雲さんが会った女神さまに感謝だね」

「そうだな。でもこの世界の人にこんな食品見せると後々問題が起きそうだから、こちらの食事にも合わせて行かなきゃならないな。食事が終わったらパックゴミやこの皿も燃やしておこう」

「そうだね。歴史とか文化とか狂っちゃうかも」

 今後の食生活も慣れるまでは違和感もあるだろうが、逆に楽しみもあるかもしれない。

 龍海自身は自炊派なので、この世界ならではの料理があるならぜひ知りたいとも思っている。

 そんな雑談を交えてカレーの残りが半分を切った頃、

「ねえ、東雲さん?」

「ん?」

洋子が神妙な顔つきになって聞いてきた。

「どうして、助けてくれたの?」

「え? 何のこと?」

「東雲さんはあたしがこちらに召喚されたことは知らなかったんでしょう? レベッカさんに見つけられた時でも、俺は関係ないって逃げる事も出来たはずなのに」

「責任取れって言ったのは君だろ?」

「それはそうなんだけど……考えてみれば東雲さんにそんな義理は無いんじゃないかって思えてきて……」

「いまさらじゃん?」

「うん、でもやっぱり……」

 洋子の食べる手が止まった。

 そんな洋子を見ながら龍海はペットボトルの水を煽り、舌の上に残ったカレーの辛さを洗い流しながら聞いてみた。

「捲き込んじまったとか、そんな風に思ってるのかな?」

「う、うん。そんな、とこ、かな?」

「まあ、なあ。これがホントに縁も所縁も無く、偶然にこの世界で出会った者同士ってだけなら知らん顔も出来たかもしれないけど……」

「けど?」

「やっぱり……トラックの前に飛び出してから、もう縁が出来ちまったからなぁ」

「でも、あたしたちの接点はそれだけ。たまたま再会出来たけど、ホントはそれぞれバラバラでこの世界で生きて行かなければならなかったはずだし」

「でも再会した。つまり……」

「つまり?」

「そういう事、なんだろ?」

 龍海は事も無げに答えた。それが運命だと言わんばかりに。

「それで……納得するの?」

「おかしいかな?」

「だって下手したら死んじゃうんだよ? 今ここであたしを置いて逃げ出したって……」

「そんな事する位ならとっくにやってるよ」

 先にカレーを平らげた龍海は紙皿やスプーンを焚火に放り込み、次にビールを再現した。

 冷蔵庫から取り出した時のキンキンに冷えたイメージで再現すると、水と同じく実際に冷えたビールが出てきた。

「でも確かに我ながら不思議だな」

 パシュ! ステイオンタブを引き起こし、一口目をグイっと流し込む。

「ハァ! そうだなぁ。最初は冒険者にでもなって、日銭稼ぎながらそこそこ暮らすか? とか思ってたのに今や国家の未来を左右する計画に組み込まれてしまってるんだもんな。でも何故かな? 不思議と面倒だな~とか、おっかねぇ! とかは思ってないんだよなぁ」

「……」

「なんだろな? やっぱ女神さまにチート貰ってるせいかな。俺の取柄は自衛隊での訓練と海外での銃火器の体験だし、それを活かせる仕事としては悪くないとも思ってる。田舎でのんびりスローライフやるつもりは無かったし」

「迷惑じゃないの、ね?」

「正直なところさ、俺も驚いてんだ。世界観も分からないし、実感も全然湧かないとは言え、一国の宰相相手に交渉とかな。終わった後の方が脚、震えちゃったりしてよ」

「あ、あたしも。テンパってたって言っても、よく『謝れ!』なんて言えたなあって……」

「そうそう、そんな感じ」

 龍海は笑って応えた。

「でもなぁ、何て言うか……妙な充実感もあったんだよなぁ。国の重鎮相手に『え? 俺、意外とやれるじゃん!』てな感じでさ。まあ、そんな風にこの案件を乗り越えられりゃ俺自身にも大きな前進になるからね。この先、ここで生きて行く自信も持てる。それに城でも言ったけど、負け戦になりそうならバックレればいいんだし、この国に居る事に拘る事も無いさ。選択肢はいろいろあるんだし、もっと気を楽にしてもいいと思うよ」

「そうなの……かな?」

「君が日本に戻れる事、それが最優先なのは変わらない。でも君さえ良ければ命を最優先に考える、この世界で気ままに生きるってのを目指しても良いワケでさ。今はいろんな可能性を信じて、お互いその時のための鍛錬を当面の目標にしようや」

「うん、そうだね」

「……食べなよ」

「うん!」


 やがて食事も終わり、食後に洋子はジュース、龍海は続いてビールを飲みながらしばし談笑を続けた。

 缶やペットボトルは取り敢えず収納庫アイテムボックス内にゴミ箱を作って保管して良い処分方法が見つかった時点で処理することにした。ホント、アイテムボックスは重宝する。ステータス画面等と並んで定番スキルとされるわけである。

 夜も更け、二人はそれぞれのテントに潜り込んで明日に備えて眠ることにした。

 本来なら魔獣や野獣の襲撃に備えて交代で不寝番をするのが最適なのだが、龍海はオプションで選択出来るスキルから選んだ索敵+というスキルを起動していた。

 最大半径50m以内のエリアに侵入してきた動物を感知するというスキルなのだが、+バージョンを選ぶと寝ている時でも起動出来る上、侵入を感知すると脳内でアラームが鳴って知らせてくれるという便利スキルだ。

 索敵範囲や対象とする侵入してくる相手の大きさも調整できる優れもの。薬指の二関節分の支払いに見合った能力と言えよう。

 これで不寝番を立てずに済むので、龍海も洋子と同じく、疲れた身体をしっかり休める事が出来る。

 明日からは早速、洋子に対する銃器訓練を始めなければならない。



「よし、俺の目を狙って……そうそうそんな感じ。ん~、ちょい上、そこそこ。はい、ゆっくり引鉄引いて」

 カチッ

「おっと力入れすぎ。ガク引きしてるよ~」

 龍海は翌朝からさっそく洋子の訓練に入った。

「そりゃ力も入るわよ。さっきまで銃を扱う時は、撃つ寸前まで引鉄に指をかけるな、銃口を人に向けるなとか言っといて、いきなり目を狙えとかさあ」

 膝撃ちの構えでM4カービンの装填ハンドルを引きながら洋子がぼやく。

 正面にしゃがんでいる龍海の目を標的に、空撃ちでの訓練。龍海の位置から、狙っている洋子の目・照門・照星が適正に揃っているかを確認していたのだ。

 訓練はまず、銃の取り扱い方、構え方、狙い方だ。

 軍、民間問わず銃口を人に向けない、不用意に銃口を覗かない、撃つ寸前まで引鉄に指をかけない等々は共通の作法である。

 強い破壊力を持つ武器はそれを行使する時、しない時のメリハリはとても重要だ。

 服装も龍海同様に迷彩服を着用し、鉄鉢ヘルメットを被って保護眼鏡をかけ、心身ともに銃を扱う状況に切り替えるようにしている。

「まあな。そうやって普段は使わないことを心掛けながら、それでいて必要な時は躊躇なく相手に照準できる気持ちの切替えが要なんだ」

 それが自然に出来るように成るには飽きるほどの反復練習が必要なのだが、残念ながら今はそれほど悠長には構えてはいられないのが残念なところ。 初歩的な訓練を多少は端折っても、洋子には実戦で生き延びる術を覚えてもらわないといけない。

 今この瞬間にも、魔獣の襲撃を受けてもおかしくは無いのだから。

「よし、次は実弾での訓練に入るか」

 銃を手渡したその日の内に実弾経験。

 いささか拙速ではあるが今は時間が惜しい。洋子には出来るだけ早く武器の扱い方に慣れてもらう必要がある。

 まずは銃声に馴染むために空砲での射撃体験を行う。

 空砲が装填された弾倉マガジンを装着し空撃ち訓練同様に装填ハンドルを引く。

「空砲射撃は反動が無いから気を楽にな」

 耳栓を着けて銃口を荒野に向ける。

 姿勢が安定するのを見計らった後、龍海の発した「撃て!」の号令と同時に洋子は引鉄を引いた。

 バァン! アン、ァン……

 M4の銃声が荒野に鳴り響く。

「み、耳栓してても結構大きいのね……」

 初めての銃声に目を丸くする洋子。

 龍海に促され、ハンドルを引いて空薬莢を吐き出させ、次弾を装填する。

 龍海はM4用の、空砲でも作動させるアダプターには触れた事が無いので再現する事が出来ない。なのでM4では空砲使用時は一発ごとに、手動で排莢・装填動作を行わなければならない。

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