第10話 状況の人、連行される3

「可能かと存じます」

「ホント!?」

「召喚に関わった魔導士と神官が、展開した魔方陣のスペルを記憶しております。これを逆に発動させれば帰還が叶うはずです。ただ……」

「ただ?」

「召喚魔方陣の起動には多大な魔力が必要です。今回も王家に伝わる特大の魔宝珠の魔力をすべて出し切って行いました。ですから今、国内で魔方陣を稼働させるだけの魔力源が無く……」

「じ、じゃあ帰れないじゃない!」

「魔導国の首都にある魔王城。そこには敵襲から守るための城下全体に防護障壁を展開させる魔宝珠があるはずです。それを手に入れて使えばおそらく……」

「防護障壁?」

「はい、魔宝珠を魔力源とした魔導障壁です。どの国でも採用されている、国家の中枢部防衛の最後の手段。召喚魔法陣の稼働はそれ程の魔力が必要だったのです」

 ――ん? と言う事は今のアデリア王国には……

「……つまり我々が故郷に帰るためにはどうあっても魔王城を、魔導国を落とさねばならない、そう言うわけですな?」

 アリータは頷いた。

「それも、魔導国軍の態勢が整う前に……」

「なるほど……王国はすでに我らの首を縛る枷をお持ちであるとも言えますね?」

「意地の悪い言い方であるな。それらは意図してわけではなくあくまで結果論だぞ?」

「正直に言いますとそれもあって、お二人に自由に動いていただくことを了承できたものと捉えていただければ……」

「わかりました。これまでの私の言動、無礼な物言いに聞こえましたならお詫びいたします。さて、我々は明日の朝にでも城を発ちましょう。失敗したハズレ召喚者がいつまでも城内にいるのは不自然ですしね。とは言え我々も風来坊のままと言う訳には行きませんから、冒険者ギルドで登録して冒険者を装い、実戦経験を積んでいきたく思います。各地で何かあった時のために各地方領主等に口添えをして頂けるとありがたいのですが」

「承知いたしました。ギルドに連絡してそれ用の登録証を発行するよう伝えておきます」

「では、お話する要件がこれ以上無ければ、我々は部屋に引き上げたいと思います。明日からの計画その他、洋子様とご相談したく思いますので。食事等は部屋に運んでいただけると嬉しいですね」

「侍女を数人常駐させます。御用の向きはその者たちに何なりと申し付けて下さいな」

「ご配慮痛み入ります。ささ、洋子様。行きましょうか?」

「ちょっとまって。最後に一つ言いたい」

 そういうと洋子は立ち上がり、アリータの前に歩み寄った。

「謝って」

「は?」

「謝って! 一言でいいから謝って! あたしはね、昨日まで普通に高校生してたの! 家族と一緒に暮らしてたの! 週末は友達と遊びに行く予定だったの! あなたたちはそんなあたしの全てを取り上げて自分の都合でこんなとこ引き込んでさ! 責任がどうとか慰謝料とかは今は言わない。だけど謝って! こんな自分たちの勝手な事情であたしを巻き込んだこと、何でもいいから一言あたしに謝って!」

 ――おいおい……

 洋子のいきなりの謝罪要求に肩をすくめる龍海。

 しかしまあ洋子の言い分も理解はできる。

 彼女は自分の意思に反して何やかやと振り回されるばかりではある。

 かと言って、この状況を覆したり、自分の意図を押し通したりするにはまだまだ人生経験が足りなさすぎるのも彼女自身、十分自覚している、せざるを得ない状況。

 そんな不安と苛立ちが交錯する中、何か一矢報いたいと言う気持ちは分からんでもないが、しかし今言わんでも……と思う龍海。

 言われたアリータはしばらく洋子の顔をじっと見つめていたが、やがて立ち上がると頭を下げ、

「此度はサイガさまの都合も構わぬ召喚であったにも拘らず、我が国を救うべくご協力して頂けること、感謝の念に堪えません。宰相としてアデリア王国全国民を代表し、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」

と、もう一段頭を低くした。

「な!」

 しかし収まらないのは洋子である。

「だ、だれが礼を言えって言ったのよ!? あたしは謝れって言ったのよ! ふざけてんの!?」

 まあそう思うところも当然ではあるが、仮にも一国の宰相相手にタメ口どころか罵声とか緊張が弾けて頭に血が昇ってしまったか。こりゃ龍海も中に入らねば。

「はいはい、洋子様。まだ混乱なさっておられるようですが、時間が惜しいです。部屋へ向かいますよ」

「ちょ、何を勝手に!」

「では、宰相閣下、ヒューイット隊長殿、失礼いたします」

「うむ。おい! 誰か勇者様をお部屋へご案内せよ!」

 レベッカの指示が侍女に飛ぶ。

 待機していた侍女の一人が一歩踏み出し、龍海たちを招いた。


                ♦


「何で邪魔するのよ!」

「君が宰相に無茶振りすっからだろ?」

「何が無茶振りよ! 人に迷惑かけたら謝るのが当然でしょ!?」

「政治家は謝っちゃいけねぇの!」

「はぁ!?」

 案内された客間に入った龍海と洋子は先ほどの最後のやり取りで口論していた。

 まあ洋子の気が収まらないのは普通に考えて仕方がない。

 が。

「政治家ってのはな、醜聞で責められたりした時とか失敗した時とか、本音ではさっさと謝って済ましたくても謝っちゃいけないんだよ。謝るという事は自分が間違っていたと認める事だろ? それは自分の政策姿勢も間違っているかもと認めることになるんだな。謝った後、いろんな有意義な政策を訴えても『こいつは以前、間違えてるからな』と考えられちゃうだろ? 政治家としての格も信用も無くなるワケでな。その辺うまくあしらわないと選挙でズドーンと落選しちゃうんだな。野党が与党の連中に言葉の切り取りと曲解で不適切発言認定して『謝罪しろ!』って喚くの聞いたことあるんじゃないか? あれも謝罪させれば『奴の信用を落とした、俺たちの勝ちだ!』とか思ってる訳よ。でも与党は政局や国会運営とかを優先して謝る事も多いけど、比べて野党ってあまり謝らないだろ? ありゃ謝ったら負けだとか履歴に泥が付くとかマジで思ってるからなんだな。委員会とかの運営にそれほど支障がある訳でもないしな。まあそんな感じで、連中にとって謝るってことは、大げさに言えば自死に等しいんだよ。謝意を表す代わりに『配慮が足りませんでした』とか『ご指摘は今後の糧とさせて頂きます』とか、そんな逸らかした言い方するのはそういう事なんだよ」

「……」

「宰相はあれでも謝ってんだよ、お礼と言うオブラートに包んでな。政治家としちゃ見本的な処理の仕方だな」

 洋子はボーっとしていた。政治家の不文律もさることながら、龍海のキャラにも混乱しているらしい。

「東雲さんてさ……」

「うん?」

「変わってるよね?」

「うん、まあな。基本、オタだしな」

「そうじゃなくてさ……ううん、だからこそ変わってるなって。今の政治家の話もそうだけど、さっきのアリータさんとのやり取りだってさ、宰相って総理大臣みたいなもんでしょ?」

「おお、女性で宰相とか現代日本より進んでるか? 歳はそこそこ行ってるみたいだけどなかなかどうして綺麗なお胸してたし!」

「どこ見てんのよ!」

 やっぱり見てましたか。

「そうじゃないって。そんな人相手に駆け引きとか、知らない情報聞き出すとか普通出来ないよ!?」

 いや洋子さん、あんた散々タメ口聞いてましたやん……

「いや~、結構心臓バクバクだったんだけどな~。サマになってた?」

「あの、だからさ……」

「俺が元陸自なのは言ったよな? 部隊にもよるけど営内じゃさあ、多少の階級差だと君じゃないけど結構タメ口聞いてるところも多くてな。でも訓練や演習時にはそれがコロッと変わるんよ。その階級・役職に沿った人格を作って事に当たるんだわ。俺たちはそれを状況の人になるって言ってたんだけどね」

「じゃあ、アリータさんとのやり取りも?」

「意識したわけじゃないけど、こんな感じかなあってのめり込んじゃったな」

「ついさっきの政治家の事だって……」

「ああ、俺の親は以前町工場経営しててね。似たような規模の経営者が集まる親睦会みたいなのがあってな? 政治家は票田が欲しいからそういう団体の顧問だとか名誉会長だとかやるんだけど、盆暮れ辺りには本人が挨拶に来たりするんだわ。そこで与党代議士に直接聞いた話なんだよ。『ホント、頭下げて済むんならさっさと謝ってゴタゴタは早く終わらせたいってのは山々なんですけどね~』とかボヤいててさ。その他にも敵は野党ばかりじゃない、って話とか、エロスキャンダル疑惑議員のオフレコ話とか色々聞いててさ、連中には連中の道理とか矜持とかがあるんだな~とか……ん? どうした、ボーっとして?」

「あ、ううん。あの、なんだかんだ言ってもその……」

 龍海の言う通り、ボーっとしながらも洋子は言葉が洩れ出すように、

「東雲さんて、大人なんだなぁって……」

今の龍海に対する印象を吐露した。

「え? そう見える? う~ん、自分じゃ自覚ないなぁ。この歳になって嫁さんはおろか彼女の一人も居ねぇし」

「年齢=彼女無し?」

「正~解。銃やアニメのオタ友と、くっちゃべってる方が楽しくてなぁ」

 と後頭部掻きながら笑う龍海。

 ――ヘンな人……でも悪い人じゃないよね……

 洋子は、ほんのちょっとほっこりした。張っていた気も少し楽になった。

「魔導王国倒せば帰れるってホントかなぁ?」

 先ほどのアリータ達とのやり取りのおさらい。これらの情報、認識は二人で共用しておかねばならないだろう。

「信じたいところだけど実際はどうだろうなぁ? もしかしたら戻れるかもしれんし、ダメかもしれんし。でもまあ、仮に宰相たちの思惑通りになって、しかし日本に帰れなかったとしてもここでは生きて行く事自体は問題なかろうな」

「そう? もしかして、もう用済みだからと消されるとか……有りがちじゃない?」

「それもあり得るけど……だけど彼女らの言葉を借りれば、一国をぶっ潰せる戦力相手にケンカ売るかな?」

「でも、あたしにそんなコト出来ると思う? あたしってホント、そんじょそこらの普通の高校生よ?」

「普通よりかはトラックや重機に詳しい女子高生じゃん」

「自然に覚えちゃっただけだってば!」

「でも俺の鑑定でも戦闘力にしろ魔力にしろレベルはかなり高そうだぞ? 鍛え方次第だろうな。レベッカさんも言ってたが召喚直後の鑑定でも君は、この世界の人間に比べて桁違いの素質があるとの事だそうだし、それは俺の鑑定データと一致するし」

「全然自覚できない」

「女神の説明によると、俺たちの身体は前の世界――日本で葬られているし、こちらへ召喚・転移するのに必要な身体は魔素で再構成されているらしいんだな。つまり魔素の塊であって、当然のごとく魔法との相性や強さがこちらの世界の人たちより上なんだそうな」

「でも剣とか槍とかは関係ないんじゃ?」

「それも圧倒的魔法力で筋力とかスピードとか強化されたりするんじゃないかな?」

「やっぱり明日から外へ出るの?」

「ああ、もしもこのままここで生きて行くにしても、そのための能力は磨かなきゃな。これは俺も同じさ」

「ねぇ、東雲さん」

「なんだい?」

「どうせなら銃の使い方教えてよ。他にも出せるんでしょ?」

「銃を? それはいいけど、またなんで?」

「剣や刀より強そうだし、腕力じゃ敵いそうにないし」

「まあ、君にその気があるなら俺は構わないけど……でも銃って操作とか憶えることは多いし、なにより結構重いよ?」

「剣や盾だって重いわよ」

「それもそうか。う~ん、自動小銃持った勇者様か~。マジ、ラノベだわ、ははは」

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