第9話 状況の人、連行される2

「ん? 隊長殿の仰る事、私どもには少々わかりかねますが、祝福……とは?」

「今回展開された古から伝わる召喚儀式は、魔法陣に膨大な魔力を流し込んで天界への回廊を開き、我らの思いを伝えるという段取りなんです。天の神々が我らの想いを聞き受けて、それが神の御心に適った思いであれば勇者の召喚をもって祝福とする……些か単純に過ぎますが概ねそんな流れなのです」

「つまり、天界はあなた方の要望を受託されたという事ですね?」

「はい。天が我らの思いを拒否なされるのならば勇者の召喚は果たされないはずなのです……しかし我らの宮廷鑑定士がサイガ様は勇者の称号をお持ちだと判定した時は我らの思いが聞き届けられたと歓喜したのですが、サイガ様が行方をくらまされまして、実質的な拒否か? とする意見もあり、混乱しておりました。ですがシノノメ殿の今のお話で、我らの思いはやはり通じたのだと……」

 ――なるほど。あの女神さまの言ってた通り、この儀式はちゃんとした召喚要請として処理されたわけだな。

「自分としてもこのような経験は初ですので記憶に齟齬がありましたらご容赦願いたいのですが、天界としては王国の召喚要請は正当・適正なものと判断されていたようです」

 おおお……

 龍海の演出も込めた説明にアリータ・レベッカは感嘆の声を抑えきれなかったようだ。同時に安堵の表情も浮かべた。

「ただ、先も述べました様に洋子様はまだ勇者としては成長途上でして、おそらくは要請に応える適当な人材が他に無く、代わりに指南・相談役として私もこちらに送り込んだ……恐らくはそれが神の御心かと」

「指南役? ですか?」

「貴公の話を聞いていると、つまるところ勇者様はすぐには前線に赴く事が出来ないという事にならんか? 宮廷鑑定士によると間違いなく勇者としての称号をお持ちだとの見立てであったのに?」

「その辺りも詳しくお聞かせ願いたい。昨夜の洋子様の行動はいきなりの異世界召喚に加え、与えられた情報の処理の混乱によるものと考えます。できれば今一度……」

「そうですね。改めてご説明しましょう」

 アリータは今現在のアデリア王国の置かれた状況を説明した。

 彼女から受けた説明は骨子においてはトレドから聞いた情報とほぼ同じであった。

「その上で、アデリア王国が洋子様に望まれるものとは?」

「我が国としては魔導王国の占領、併呑を目指しております。勇者様にはその先兵として我が軍を勝利に導いていただきたく」

「なるほど……」

「先の魔導王国との戦役から二十余年。大人しかった魔族や魔物の動きが近年活発化してきております。戦役で損傷した軍の立て直しが完了し、また我が国に侵略してくるのではないかと……その脅威に対して我が国の兵力だけでは心許なく、伝説に語られる人外の魔力・戦闘力を持つと言われる勇者様を召喚してこの国難を乗り切ろうと……」

「脅威、ですか……」

「はい」

「ホントの脅威は、背中側にあるんじゃないのですか?」

「……」

「……!」

 龍海のカマかけに、アリータとレベッカの目が泳いだ。

 トレドらから聞いていたこの国を取り巻く現状。そんな中で行われた魔導国侵攻を目的とした勇者召喚等の王国の動きに引っ掛るモノを感じていた龍海は探りを入れてみたわけだが正に、感アリ、である。

「東雲さん、それはどういう……」

「分かんね? いや、お分かりになりませんか? 前の戦役ではアデリア王国はアンドロウム帝国とポータリア皇国の支援を受けて魔導軍を撃退しております。今回魔導軍が攻めてくるとなれば両国は支援要請があらば当然受託するものと思われますが、それを選ばず異世界から勇者を召喚して事に当たろうとするのが些か解せません。それとも両国から、支援を拒否でもされておりますのかな?」

「いや、それは……」

「今回の勇者召喚、両国は知っているのですかな?」

「我が国は歴とした独立国です。内政に関して他国に報告する義務などはありません!」

「仰る通り。だとすればアデリア王国は両国の支援を受けずに魔導国を叩きたい理由が有るわけでして、私はそこが引っかかっております」

「貴公は我が国が何か良からぬ事を目論んでいるとでもいうのか!?」

「国家はその体制と民を守るためには道理を無視しなければならない事もあるでしょう。異世界から超人的能力を持つ勇者を召喚などと自然の摂理を無視した事をせねばならなかったように。ただ、それに巻き込まれた我々としてはその真意を知っておく必要があります。拒否するにしても、協力するにしてもです。だから裏も表も、すべての企てをお話し願いたい」

「下手に出ておれば貴公! 宰相閣下と私を愚弄する気か!」

「滅相もない。あなた方が国家のために粉骨砕身の覚悟で尽くしておられるのは今までの会話だけでも十分伝わってきております。この席にしても、召喚時にはご臨席なされたと言う国王陛下の目の無い所での合議と言う事は、今回の脱走劇まがいの不都合が再びあった場合にはあなた方二人ですべての責任を負い、王室には累が及ばぬようにするため……と私は認識しておりましたが?」

「貴公!」

「静まりなさい、レベッカ!」

 図星を突かれまくったか、激昂して立ち上がったレベッカをアリータは諫めた。

「……さすが勇者様のご相談役。こちらに来られて間も無いと言うのに色々とお気づきになられましたか」

「半分くらいは当たりましたかな?」

「ご謙遜を。シノノメ殿、あなたの仰る通りです。我が国はこれを契機にアンドロウム帝国やポータリア皇国と比肩する大国となる事を目指しております」

「……」

「もうお判りでしょうが、我が国を含むこの地域の4か国の中では、我が国が一番の弱小国家です。にも拘らず今まで独立を守ってこられたのは我が国が二大国の盾になって魔導王国の進出を止めているからです」

「両国にとっては生かさず殺さず、体の良い堤防替わりというわけですね」

「その通りです。魔獣や魔物の被害は両国でもございますが我が国に比べればそれほど多くは無く、犠牲者数は我が国の半分ほどもありません。そして魔導軍は再建・再編成され、その戦力は先の戦役と同等になりつつあります。完全に再建が成った暁にはおそらくまた……」

「そうなれば帝国・皇国は支援という飴を我らにしゃぶらせるがその実、両国の潰し合いを画策しているわけだ。最終的には二国を疲弊させたのち、大国同士手を組んで侵略する気でいるのだろう」

「ですから魔導国との戦端が開き、互いを削り合う前に勇者様の力を借りて魔導王国を占領、併合して二大国と張り合えるだけの国力を手に入れなければならないのです」

「だが二国が戦うと双方が疲弊し、一時的にも国力が減少するのはヒューイット隊長の仰る通りと考えます。そこを付け込まれたら?」

「魔導軍を蹴散らす、正に一騎当千の勇者を抱える我が軍にそう簡単に手を出すかな?」

 ――皮算用に過ぎるんじゃねぇかな~

 龍海はレベッカの思惑にちょいと眉を顰めざるを得なかった。

 とは言え彼女らは彼女らなりに検討してきたはずだし……とりあえず話は進めようと思う。

「折しも二大国の反対側の国境では属国との小競り合い、紛争が拡大傾向にあり、兵力がそちらに割かれております。今が好機なのです」

「……なるほど。概ね得心が行きました。しかし、だとすると今日の捕り物はあまり感心できませんなぁ。たった二人を押さえるのに、見たところ完全武装の装甲兵一個小隊、50人レベルで騒いだのは……」

「一個小隊! そんなに?」

 アリータは思わずレベッカの顔を見た。

「私は『サイガ様を説得せよ』と言ったはず! 一個分隊でも多いと思っていたのに!」

「あ、いや、もし勇者様が噂に聞くその力を発揮なされた場合を考えますと、やはり少数では……」

「あれほどの騒動。他国の間諜に嗅ぎ付けられたと見た方が良いでしょうなぁ」

 龍海の推測にレベッカをギロッと睨むアリータ。レベッカは思わず肩を竦めた。

「何のために限られた幕僚だけで事を進めたと思っているのですか、全く! ああ、間諜を煙に巻く何らかの策を講じなければ……」

「……ふむ、でしたらここはひとつディスインフォメーションで行きませんか?」

「ん? 偽情報か?」

「それはどう言った?」

「召喚は失敗だったという情報を流すんですよ」

「失敗!?」

「召喚したはいいがその異世界人、勇者でも何でもなく最低ランクの冒険者ほどの魔力もスキルもなかったハズレ異世界人だったと。脱走されて連れ帰ったものの、勇者様ほどの方がなぜ脱走などと? と再鑑定したら、伝承の無敵の異世界召喚者とは程遠い人材だったことが発覚して追放された、と言う体で」

「我らの思いが天界に拒否された……そういう情報を流布するわけですか?」

「な、なるほど。それなら今日の件は欺けるな!」

「城内は不自然なく、通常業務を行っていれば間諜の目が有ったとしても誤魔化せるんじゃないかと。計画に携わった方々は少々消沈した雰囲気を装えば効果的でしょうか? まあその辺はおまかせで」

「しかし、それではお二方は……」

「我々は王都を離れます。魔導国との国境沿いを渡って、そこで洋子様の教練を実戦で行います」

「えー! ちょっと東雲さん!」

「事をなすなら出来るだけ早い方がよろしいかと。どんな訓練より、実戦での経験値に勝るものはありますまい」

「それは確かに。だがしかし……」

「我ら二人だけで野に放つのは抵抗がありますかなヒューイット隊長? もしや他国へ亡命して王国に仇を成す存在となる可能性も……とか?」

「……貴公はそう言うところはズケズケと言ってくれるもんだな。いや、ここは飾るべきでは無いな。実際そんな思いは脳裏を過ってはいた」

「まあ、当然ですよね」

 龍海はレベッカの意を汲む様に相槌を打ちながら続けた。

「でも、その辺は我々を信じていただくしか。それに、王国に背を向けて他国へ与したりすれば、どう繕っても裏切り者の誹りは免れません。例え、どちらを選んでも異世界人としての我らの未来に影が落ちると言うのであれば、最初に縁を持った相手との繋がりをこそ貴ぶべきかと?」

「そう……です、か……」

 龍海の言に軽く安堵の表情を見せるアリータ。

 全ての言い分を鵜呑みにするほど彼女も迂闊では無いだろうが、

「そこまで義を重んじていただけるなら、こちらからはもう何も言うことはございませんね。わかりました、シノノメさんの案を採用しましょう」

突然の異世界召喚で手元不如意の状況下では、国家レベルの後ろ盾は十分魅力があるはず。ならば軽々に他国へ走る、などと言う事も可能性としては低いだろう。アリータはそう判断した。

 と、アリータらはそれでも良かろうが、

「ちょ、ちょっと待ってよ! あたし除け者にして勝手に決めないでよ!」

話題についていけず、完全に置いてきぼりだった洋子が思わず意見。

 洋子にとっては、まあ当然の抗議であろう。勇者として祀り上げられるのもいきなり実戦に放り込まれるのも自分なのだから。

「ああ、そういえば、ひとつ確認しておきたいのですが?」

「はい?」

 龍海が割り込んだ。

「事が成功裏に終わり、我ら二人を当てにしなくてもアンドロウム・ポータリア両国と比肩する国力を手に入れて宰相がたの思惑通りになった暁には……我々は元の世界に帰れますか?」

 龍海の問いに洋子も声が止まった。

 そうだ、それは真っ先に確認しなければ!

 自分はいつか日本に帰れるのか? それとも家族とはもう二度と会えずに、この地でこのまま生きていかなければならないのか? 

 洋子もアリータの返事を待った。

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