第8話 状況の人、連行される1

 洋子はそれらも一個目と違わぬ速度で食らっていった。

 試食で出した一個を龍海が食べ終わる前に、洋子は残り二個もペロッと平らげてしまった。

 ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。

「ぷは~。おいしかった~。ごちそうさま~」

 最後にジュースを飲み干し、洋子は合掌して頭を下げた。

「〆て¥1200でございます」

「え~!」

「冗談だよ。少しは落ちつけたかな?」

「うん、ありがとう! こっち来てから何も口にしてなったし、ホントおなかペコペコだったから! でも今のそれってどんな技なの? いきなり現れて来たけどマジで魔法なの? 味はまんまモ〇のと同じだったよ?」

「そうだよ。こちらに転移するときに女神さまに付与された力さ」

 龍海は洋子に今まで自分に起こった事を説明した。

 死んでからの天界での出来事、そしてここに辿り着くまでの事。

 森の中に転移した事、魔法で武器を出せた事、トレドらを救い、その縁で王都に辿り着いた事などを、出来る限り詳細に話した。

「……夢みたいな話だけど、信じるしか無いんだね……異世界転移、召喚、おまけに魔法かぁ……」

 腹が膨れて落ち着きを取り戻したのか、洋子は龍海の話を最後まで聞いてくれた上、今のこの現状を認め始めたようだ。

 ついと部屋の窓から外を見る。

 映画やドラマのセットとしてはデカすぎる城や街並み。

 エキストラで片付けるには種々雑多すぎるファンタジー丸出しの容姿や種族の人々。

 そして今、目の前で見せられた魔法……

 ここまで来ると、いやでも認めざるを得ないだろう。

「ハンバーガーも、この拳銃もさっき言った再現って言う魔法スキルで作り出したのさ」

「銀色なのね。普通、鉄砲って黒色じゃないの?」

「こいつも元々は鉄で出来たM29ってモデルが先行していたんだけどね。これの素材はステンレスでさ、ほぼ錆びないし手入れも楽なんだ」

 説明すると龍海はM629を腰のホルスターに納めた。

 ――そういやこの革ホルスターも元は生き物の皮だよな。やっぱ死んでいる――が無ければいいのかな?

 今どきのナイロン繊維製ホルスターの方が安価で軽量、使い勝手もいいのだがさすがにこの世界で使うのは躊躇われた。

 金属なら例えチタンであっても――固い鉄だよ! ――と強弁することも出来るかもだが、石油由来の素材で作られたモノとなると……変に悪目立ちして厄介ごとを増やすのも避けたいところ。

 それはともかく、今は彼女の身の振り方である。

「……やっぱり、お城に戻った方が良いのかなぁ?」

 洋子が目線を落としながら零すように言った。

「今はその方が良いと思うな~。俺はもう戻れないと女神さまにも言われたけど、君の場合は召喚だし、もしかしたらその方法を逆転させれば日本に戻れるかもしれないよ?」

「あたし、一応死んだのよ?」

「日本で死ぬと同時に転移すればあるいは……死んだ事にはならないかもな」

 あてずっぽうである。口から出まかせである。

 天界が正式要請を受けて、ちょうど合致した洋子の召喚を送り込むと言う決定を下した以上、日本への帰還の可能性はかなり低いと思える。

 しかしゼロではあるまい。天界の了承抜きでも、儀式が行われて天界が後始末をしているケースも多々ある事は、あの女神さまも言っていた事だ。

 それが絶望的に低い可能性であっても、彼女に希望を持たせられるのであれば信じさせてあげたいところだ。

「でも、やっぱり戦争なんてヤダよ」

「当然だな。こんな勝手の分からない世界じゃ元自衛官の俺でもご免だ。かと言って、おそらく君の召喚は国の未来をかけた大計画だったと考えるべきだろうし、連中は血眼になって君を探すだろうな」

「……」

 ドカドカドカドカ

 洋子が言葉を無くし、部屋がしんみり静かになった途端、何やらゴツイ足音が外から聞こえてきた。

 ――呼ぶよりそしれ、か?

 音の大きさも然ることながら振動・鳴動も派手に感じる。

 音の主は重量級、そして多人数……

 しかもランダムでは無く、左・右、左・右と歩調が合っている。

 こんな足音を龍海は過去、何度も聞いている。

 これは軍事教練を受けた連中に見られる特有の足音だ。

 そう言った訓練を受けた者は号令を受けなくても、無意識の内に自然と周りの者と歩調を合わせてしまうのだ。

 つまり……

 バアァーン!

「きゃ!」

 扉が勢いよく全開され、洋子の口から悲鳴が漏れた。

 と同時に、全身金属プレートの鎧に身を固めた重装甲兵士が部屋になだれ込んできた。

 龍海は反射的にM629に手を掛けた。しかし抜く事無く、すぐに離した。

 例え素材が鉄であっても鎧程度の板厚では44Magの前には紙同然だ。対人用としてはこの弾薬、オーバーキルにすぎる。

 だが鎧の素材がミスリルだのアダマンタイトだののファンタジーマテリアルだとすれば効果は不明だ。こんな狭い部屋で跳弾でも起こそうものならこちらの身が危ない。

 何より人数が多すぎる。

 このベッド二つがやっとのツインの部屋に6人が乱入して来た上に、さっきの足音からすれば廊下から一階、おそらくは宿屋の外、表にも裏口にも兵が展開されている可能性は高い。

 コツ、コツ、コツ……

 また足音が聞こえてくる。しかし今度は先ほどより軽い音だ。しかも人数は一人。

 真打登場と言ったところか?

「失礼致します、勇者様」

 ――女?

 この声、ちょっと太めではあるが一聴で女だと思われる声だった。

 こういう登場の仕方をする手合いは、大体は指揮官あたりと相場が決まっているのだが……。

 やがて声の主が部屋に入って来た。

 予想通り、その人物は目の鋭い、いかにもこの兵たちの隊長・指揮官であるという雰囲気を漂わせた女性だった。彼女が通る時、兵が小さくも姿勢を正したりしているので信憑性が更に増した。

 その女性は龍海と洋子を一瞥すると、

「私はアデリア王国親衛隊治安部隊長レベッカ・ヒューイットと申します。勇者ヨウコ・サイガ様の御身柄をお守りするため罷り越しました。どうか我らとご同行の程、お願い申し上げます」

自己紹介に加えて、ここに来た目的、任意同行の要請と実に簡潔に申された。丁寧な言葉遣いながら、その押しの強い口調に「問答無用」を感じさせる話し方ではある。

 洋子は思わず龍海の陰に隠れたが、彼女らはこちらが抵抗しても当然のごとく力尽くででも連行する気でいるだろう。でなければ、たかが小娘一人拘束するのに、この武装・人数の展開は大げさに過ぎる。如何にも対勇者用――強者向けの布陣だ。

 ――レベッカ・ヒューイット……

 他の兵士とは違って彼女は軽装であった。

 しかも大変に強い眼力でもってこちらを言い竦めて来る。

 緋色の髪を後ろに纏めた美麗な顔にその鋭い眼光。

 重装の鎧を着けていないのは、そんじょそこらの戦士など物の数では無い、わが身に切先を当てられるものなら当ててみよ、という自信の表れであろうか?

 だが、龍海もまた彼女を凝視していた。ただ、

 ――ついに美女戦士キターーーー!

と、街道で、馬車で、街中で、お預けを食ったそっち方面で感動している……なんてのは誰も気づいてはいなかったろう。更に、

 ――しかも乳でけぇーー!

とまあ、こちらにも感動していた。

 見たところ、おそらく彼女はFかG級のお胸であろう。軽装ゆえ、大きさも形も一目ではっきり見えてしまう。

 このクラスの巨乳を間近で見たのは同業経営者の集まり、鉄工組合青年部の二次会で連れていかれたキャバクラで隣に座った巨乳キャバ嬢以来であろうか? あれから何年経ったやら。いや~巨乳爆乳やっとかめ……では無くて。

「そこの男。貴公は何者か? 勇者様と同室で何をしておったのか?」

 儀式で召喚されたのは洋子一人だけであり、その彼女がこの世界に伝手など存在するはずもない。龍海が不信の目で見られるのは当然の成り行き。

 一見すると龍海の出で立ちは王都の標準的な男性の服装とは若干、異にしているが、それ程かけ離れているわけでも無く、少なくとも醸し出される雰囲気は庶民の範疇であり、貴族等、高位な身分とも見えなかった。一番可能性が高いのは、洋子が行き当たりばったりで保護を求めた行きずりの王国臣民……と言ったところだが? レベッカはそんな風な見立てで龍海を見た。

 その龍海は彼女の問いに即答せず、ずっと凝視し続けた。 

 初めて見る龍海の鋭い目つきに洋子は息を飲んだ。

 さっきまで自分を面倒くさそうに見ていた視線とまるで違う剛健な眼。

 ――これが訓練を受けた元自衛官の眼光、なの?

 ……と、洋子は勘違いしていた。

 そりゃこんな状況で、いくら大きいとは言え、彼我不明のおっぱいに感動しているなど誰が気が付くやら。

 だが勘違いに関しては目の前の女性隊長も同様らしい。

「ふむ。改めて見ると貴公、なかなか良い目をしているな。おそらく貴公も軍に籍を置いた経歴があるな? そういう目だ」

「あ、当たってる……」

 軍ではないが龍海は自衛隊に在籍していた。それを一目で見抜くレベッカに洋子はつい声を漏らしてしまった。

「やはりな。しかし、明確な殺気と言うものは感じられん。ただ勇者様に累が及ばないようにしていると……だが急所である心臓は常に狙ってるぞという、そんな目だな」

 ――違います! 乳です! 乳をガン見させてもらってまーす!

 実際、龍海は女性を見る時はまず胸を直視する。

 次に顔を見て順次、腕、再度胸、腰、尻、脚と続いて行くが、この見方は相手が例え2歳の幼児でも、80歳のばあ様でも、二次元嫁でも三次元フィギュアでも、変わらない。まずは乳なのである。

 それは相手が天界の女神様とて同じであった。とにかく乳だ。状況によっては「お巡りさん、この人です!」呼ばわりされても仕方ないくらいに乳だ。

 ただそれに、自衛隊時代の戦闘訓練や、歩哨・索敵訓練時の眼付きが被さっているだけなのである。

 殺気が込められてる訳ゃぇのである。

「どうやら勇者様とは所縁ゆかりのある御仁のようだな?」

「そうです、同郷の人なんです!」

 洋子が勝手に答えてしもた。

「同郷……? では、勇者様と同じく異世界から? その割に勇者様と姿・格好が違いすぎるが」

 ――う、いかん! 思わず乳に見とれてしもうた。ちょっと誤魔化さねば。状況の人、状況の人……

「しかし、そうだとすれば捨て置く事も、無碍にする事も出来ぬが……しかし解せんな? 同郷であるなら何故あの召喚儀式で同時に現れなかったのか?」

 状況の人モード、スイッチオン!

「その辺りの説明は、僭越ながら場所と同席者を選んでいただきたい」

 異世界の勇者である洋子の保護者・支援者と言う状況の人になり切った龍海は、レベッカに力強く、こちらの要望を述べた。

「……城に戻られる事に同意されるのであれば……」

 龍海の強い口調による要望ではあったが、レベッカにとってもそれはそれほど無理難題でもなく、何より最優先事項である洋子の確保は叶いそうな申し出だ。レベッカの返答は龍海の要求を受け入れる方向に舵を切った形だ。

「勇者……いや、洋子様に危害はありませんな?」

「よ、洋子、サマ?」

 洋子さん、龍海を見る目が思わずパチクリ。

「先ほども申したように、我々は勇者様の身柄を保護しに参ったのだ。勇者様に危害を加えるような不逞の輩あらば我らが成敗いたす。もしも貴公が勇者様の仰る、同郷の者なる言葉が真ならば貴公の同行も受け入れよう」

「し、東雲さん……」

「洋子様。ご不安もございましょうが、こちらのヒューイット隊長の眼を伺うに約定をたがえる方には見えませんね」

「光栄だ」

「この場は隊長殿の面目を損ねるは愚策と存じます。私もご一緒致しますゆえ……」

 事程左様に「状況の人」に成りきっている龍海を見て洋子は思った。

 ――あんた誰?

 と。

 そんな事を言いたげな洋子の目線を無視して龍海はレベッカの指示に従い洋子の手を取って、泊まるはずだった宿の部屋を出た。


                 ♦


 事情を知ってしまった以上、洋子をそのまま放っておく訳にも行かない。

 他の世界からの召喚者ならばともかくも、言ってしまえば死を共にした者同士でもあるワケで、それを知らぬ存ぜぬで逃げるほど龍海はドライにはなれない。

 なにより、この世界で骨を埋めることが決定している龍海にとっては、異世界から勇者を召喚しなければならないこの国の事情ってモノも知っておきたいところ。

 などと思いつつも、勇者捜索隊(?)に連れられて城門を通過した龍海は、今の自分の心境に首を傾げていた。

 ――俺、知らん間に国家レベルの大計画に巻き込まれてんだよな?

 と。

 その割にあまり大して緊張していない自分。その辺りが不思議な気分なのだ。

 話が大きすぎてあまり実感できていないのだろうか? 

 それとも、この世界の一般的な武器より強力な火器を操れるという優位性が余裕となっているのだろうか?

 自動小銃や手榴弾を再現リプロダクションできれば、いま自分や洋子を囲んでいる一個小隊50人程度の捜索隊を煙に巻くことくらい、さほど難しい事ではないだろう。

 とは言っても戦略兵器クラスが出せるわけでもないのに大規模な、それこそ数千の軍勢を一人で相手する……などと大それた事などは現実的に無理がある。

 ――それでも、勝ちを狙わず逃げるだけ、ならば選べる選択肢も増えるか?

 ともあれ、洋子を取り巻く王国の思惑等は知っておきたいものだ。後は野となれ山となれ。

 ――まあ何とかなるっしょ?


 レベッカによって城に戻された洋子と龍海の二人は、連れられるまま宰相執務室に案内された。

 執務室は、洋子がこの世界に召喚された魔導殿ほどでは無いにしろ天井が高い造りは相変わらずで、龍海の背丈の倍ほども高さが有りそうな扉を通り、あまり華美てはいない様相、比較的焦げ茶っぽい木目が目立つ内装の部屋内に入っていった。

 二人を迎えた宰相は年齢としては50歳いくかどうか辺りの女性であった。龍海より少し低いくらいの女性としては高身長の範囲で、宰相としての風格を文字通り嵩上げしている様にも感じる。

 その宰相はレベッカに手招きで龍海や洋子らを応接用であろうか、自分の執務用の机前に並べられている長椅子ソファへ付くように案内させた。

 同じく着席したレベッカが洋子の帰還と龍海の連行を報告すると宰相は目尻を下げ、やんわりとした微笑を浮かべながら洋子を見つめた。

「無事のご帰還、大変嬉しゅうございます勇者サイガ様。しかしながら、外出をご希望でありますれば今後は事前に申し出ていただけますと幸いです」

 脱走を外出にすり替えようとする気マンマンの宰相は洋子に対して、若干語気を強めて諫めるように言った。まあ脱走などと認めてしまっては立場上よろしくない事は龍海にもわかる話ではあるが。

 納得出来ないであろう洋子には、交渉は自分に任せろと言い聞かせて龍海はこれまでの経緯を宰相アリータ・フィデラルと同席したレベッカに説明した。

 アリータはレベッカに目を向けると彼女はコクンと頷いた。

「本日、捜索中に収集した情報とも合点が一致します。従者のシノノメ殿、であったか? 彼の王都に来るまでの説明は冒険者ギルドにいた二名から得た証言と概ね同じです」

 ――二人? トレドとアックスかな? あいつら話してしまったか。まあ王家の親衛隊に迫られちゃあなぁ……

 銃の事について突っ込まれると、ややこしくなるかも? 

「つまりあなたも一緒に召喚されるはずだったのですか?」

「いえ、宰相閣下。こちらで行われた召喚儀式では、洋子様のような勇者の称号を持つ者しか呼ぶことは出来なかったようです。しかしご覧の通り、洋子様は勇者ではありますが前の世界ではまだお若く、勉学に勤しむ身でございましたので神が急遽、私を転移なされた次第のようです」

「神……あなたは神と会ったと言うのですか?」

「私自身、現在の状況に若干、思考が混乱しておりまして確証はないのですが……今思えば、あれは神の啓示……そう捉えても良いのではないかと」

「と言う事は、やはり我々は神の祝福を得たと、そう思って良いのか!?」

 ――神の祝福?

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