第7話 状況の人、冤罪を被る2
――そんな。何が一体どうなった? あ……
龍海は気付いた。
気付いたと言っても、この女子高生に関してでは無い。周りのヒソヒソ話に、だ。
「なに? 痴話喧嘩?」
「そうかな? 歳離れてそうだけど?」
「妙な服着てるな? てか責任取れとかなんぞ?」
「そりゃ若い娘が男にそんな風に詰め寄るのは……アレ、でしょう。たぶんあの子、おなかの中に……」
「ああ、それで逃げ出したってか?」
「外道だな、あの野郎!」
「女の敵だわ!」
どうやら責任と言う言葉一つで龍海はとんでもない冤罪を被りそうな雰囲気になっているようだ。
そっちの責任に関しては、一切、全く、完全に、彼女以外のこの世の全女性、元の世界の女性も、こちらの世界の女性を含めても、じぇ~んじぇん身に覚えの無い、天下無敵の童貞野郎なのだが。
とは言え、こういう時は、例え非が有ろうとも泣いている女側の方が擁護されてしまうのが世の常と言うものだ。
と、前世の理不尽な世相はともかく、助けたはずのこの娘が今、目の前にいるのは純然たる事実。
このまま放って逃げる訳にもいくまい。
龍海は意を決した。
「ちょっと君、ここじゃなくて場所を変えよう! 一緒に来て!」
「な、何よいきなり! どこへ連れて行こうって言うのよ!」
「え!? いや、だって責任取れって言ってただろ? それにはちゃんと話聞かなきゃ!」
「ちょ……まさか今度こそあたしを始末しようと!? いや! 近寄らないで!」
――いや責任取るのか取らんでいいのかどっちだよ!? って……あああ
龍海はさらに気付いた。周りの衆人のヘイトが自分に一極集中して向けられていることに。
鋭く厳しい目をした群衆が、眉間にしわを寄せ、口元をひん曲げて龍海を睨んでいる。
それはどんな感染症でも敵わないであろう速度で集まった人々に広がって行った。
いざとなったら加勢しようと思っているのか腕まくりを始めたマッチョオヤジや、買い物帰りだろうか? 大根の様な根菜を握って左手ポンポンし始めるおばちゃん迄いる。
――ここにいてはいけない!
現在地に留まる危険性を直感した龍海は女子高生の手を掴んだ。掴んでそのまま走り出した。
「何するのよ!? や! いやいや! 離して!」
「だから責任取れって言ったのそっちだろ! とにかく来いよ!」
憎悪にまみれた衆人注視の中、とにかくそこから離れようと「ちゃんと責任取れよクソ野郎!」などと、あちこちからの罵声を背中に受けながら、龍海は嫌がる女子高生を拉致同然に連れ去った。
♦
馬車内で震えてこそいないが、ようやく美少女登場である。
いや、美少女と手放しで断言するには個人の感想要素が高そうではあるし、襲い掛かる魔獣や盗賊を成敗して、キャ~、素敵! と御都合主義丸出しで、いきなり惚れられる定番シチュなどとは全く以て程遠く、挙句に天下の往来で人殺し呼ばわりまでされて散々な事この上ない。しかしまあ、その辺は今のところ棚に上げておいて、現状の把握に努めなければならない。
「結局、君も死んじゃったのか……」
激昂する彼女をなんとか落ち着かせてトレドに紹介された宿屋の二階の部屋に転がり込んだ龍海は、ようやく涙が止まった女子高生――
「そうよ、あんたに突き飛ばされてね!」
龍海の最後に残る記憶。自分が跳ねられる寸前、あの猫と共に対向車線に横たわる彼女の姿。
助けられた……と思ったのは実は龍海の早合点で、そのあと彼女も対向車線で轢かれてしまった……と、まあそう言う事らしい。なんてこった。
「……でもさあ、俺が突き飛ばさなくても結局はあのトラックに跳ねられてたし……」
自分はともかく、既に飛び出していた彼女はどのみち跳ねられていたわけで、それをもって自分のせいにされるのは如何なものか?
龍海ならずとも、そこは言いたいところであろう。
しかし洋子。
「トラックの方がマシだったわよ! もしかしたら助かる可能性もあったかもしれない! あたしを轢いた車、なんだか知ってる!? クレーン車よ、クレーン車! しかも10tクレーン車! 車両重量は13tを超えるわ! あんたを跳ねたトラックはショートの2t車だったじゃない! 空重量なら3tくらいじゃん! あたしはあんたより体重軽いし、もしかしたら一命をとりとめたかも!」
「いや、そんなうまくいくかぁ!?」
「クレーン車よりマシだって! あたしの最期、分かってんの!? あの、あたしの身長よりでっかいタイヤにおなか轢かれたのよ!? おなか轢きつぶされて意識無くなる寸前に感じたのは、口から、鼻から、耳から、潰された内臓が噴き出すような感覚よ! 目の玉だってきっと飛び出してたわ! わかる!? 完全に即死確定よ!」
「う……」
その惨状を想像すると、さすがに龍海も気分が悪くなってくる。
しかし龍海は言ったもんだ。
「そんじゃあ、やっぱ下半身からもしこたま……ぶげ!」
ガンッ!
龍海の顔に激痛。
……ゴトッ
手で顔を押さえながら蹲ると、足元に落ちるスマホが目に入った。
これを投げつけられたか。
死ぬと筋力が無くなって下も垂れ流し、とか聞いていた事が頭を過り、つい口にしてしまったが、うら若き乙女に対して言っていい台詞では無かった。
「すまん、言わんでもいいこと言っちまった。でもこんな乱暴に扱っちゃあ壊れちゃうぞ?」
そう言うと龍海は、足元のスマホを拾って洋子に差し出した。
「いいわよ、どうせもう使えないんだし……」
なるほど、こんな異世界ではスマホなど、有っても何も受信出来んし送信も無駄だわな……。
でも電源さえ何とかすれば、記録した音楽再生や画像表示等は出来そうだが……かえってホームシックを拗らせるだけか?
――しかし制服と言い、このスマホと言い、よく持ち込めたものだな?
「話しを戻そう。じゃあ君は今まで一人でこの町に?」
「違うわよ。あたしは気が付いたらお城にいたのよ」
「城?」
「多分、王様とか偉い貴族とかだと思うけど、すごく広くて天井がやたらと高い部屋で20人くらいだったかな? 中世が舞台の洋画に出て来そうな恰好の人たちに囲まれててさ。いきなり『成功だ!』とか『勇者様が来て下さった!』とか今度は深夜アニメみたいなセリフが飛び交いだして……」
「君は召喚されたのか? あ……」
そういや女神さまが、召喚要請が受託されたとか言ってたが……彼女の事だったのか?
だとすれば彼女にはマジで勇者の素質なり属性なりがあって対象にされたという事か?
「召喚される前に、天界には行かなかったのか?」
「天界? なによそれ? さっきも言ったけど気が付いたらお城だったわよ」
――ふ~む、召喚の場合と俺の様な転移とは過程が違うのかな? そうだ、確か鑑定スキルを+バージョンでオプションに入れていたはず……
龍海は鑑定スキルを起動して洋子をスキャンし始めた。眼に力を入れる――視点を一点に集中する感じで彼女を見据える。
「え? なによ。こっち、じっと見て」
「ごめん、動かないで。今、君の能力をスキャンしているんだ」
「スキャン? なにそれ……あ! 通販サイトにあった服が透けて見えるメガネみたいな!? やだ、見るなヘンタイ!」
「な! どこの通販サイト覗いてたんだよ、そんなインチキ商品売ってるとことか! そうじゃない、君の魔法属性とかを見ているんだよ!」
「あ、あたしの魔法属性?」
ステイタス画面に洋子のスキャン結果が表示され始めた。うむ、小指と薬指を差し出した分の仕事はしてくれている。
画面には体力等も含めて各種魔法属性やそれに該当する数値が並べられるがゲームにはそれほど熱中したわけではない龍海にはその辺の絡みはよくわからない。
例えゲームの知識があったにしても、理解できるのは一部の属性や能力の意味くらいであり、この世界の相場と比べてどれくらいのキャパなのか? どれほどの強さなのかは、これからもっと情報を集めなければ判断が出来ない。まだまだ宿題は多い。
だが、称号を記す欄には確かに勇者と出ている。
このステイタス画面のフォーマットは天界基準で作成されているだろうし、表示内容に対する信憑性は高いと考えて良いだろう。つまり彼女は、召喚要請の条件に合致している、勇者の素養がある、と言う事だ。
因みに龍海の称号欄には、
「装輪・装軌車及び火器整備士」
と記されてあった。
――や! 確かに陸自でそういうMOSは取ったけど! てか、あれ称号か? 資格だろ!?
などと、称号欄の基準等々に釈然としない龍海であった。
と、それはさておき。
「やはり君は勇者の称号を持っているようだね。だから召喚されちゃったんだ」
「なによそれ! そりゃお城の人たちもそんなこと言ってたけど訳わかんないよ! 何であたしが勇者? ただのJKなんだけど!」
「ただのってわけじゃねぇだろ? さっき、トラックやクレーン車にやたら詳しかったけど? あんなん普通のJKは知らんだろ?」
男子もほとんど知らないんじゃね?
「パパがサイガ建機レンタルって会社の専務やってんの! 小さいころから会社で良く乗せてもらってたから自然と覚えただけなの!」
因みに伯父、つまり父親の兄が社長らしい。んで常務が叔母と、絵に描いたような一族経営企業だそうな。
と、まあそれもさておき。
「で、城に召喚されたのになんであんな街中で、布切れだかマントだか被ってたんだ? どうやって城から出してもらったんだ?」
「フケたの」
「は?」
「昨日の夜……ううん、今日かな? 部屋抜け出して、城から出る馬車に潜り込んで街に出て隠れてたの。そしたら、あんた見つけたから……」
「許可貰ってねぇのかよ! じゃあ、今頃は城の連中が君のこと探してんじゃ!?」
「そんなこと知らないわよ! それに戻る気なんか無いわ! こんなただのJKに魔物だか魔王だかと戦えって何考えてんだか!」
「え? 魔王と? あ、隣国の魔導王とか言う奴か?」
ふむ、一応召喚理由は聞かされているようだ。
西の魔導王国と唯一国境を抱えるアデリア王国。
北と東の大国から緩衝地帯扱いされているのはトレドからも聞いた。
しかし異世界から勇者を召喚してまで魔導王国と事を構えようとはどうしたことか?
戦を仕掛けるなら両大国に支援を申し出れば受託されるのではないか?
――いや、待て……
龍海の胸の内に何かイヤな感触が蠢いた。
「何よ、黙りこくっちゃって?」
「ん? ああ、なんでもない。じゃあ、洋子ちゃんさあ……」
「気安く呼ばないでよ!」
「え? ああ、ごめん。じゃ、雑賀さん? とりあえず城に戻って詳しい話、聞いた方がよくないかな?」
「だからイヤだってば! 知らないおっさんに突き飛ばされて死んだと思ったら、いきなりワケわかんない世界に引っ張り込まれて、おまけに戦争だの魔王討伐だの、まっぴらごめんよ!」
――おっさんかよ! 俺ァまだ30代の! ……まあ、JKから見りゃ、立派におっさんか……
龍海は抗議を諦めた。上がりかけた血圧を抑えるべく一呼吸。
「まあ気持ちはわかるけどよ? でも、この先どうやってこの街から抜け出すんだ? よしんば抜け出せたとしても、どこへ行ってもずっとお尋ね者並みに追い回される事にもなりかねないんだぞ?」
「しつこいな! イヤって言ってるでしょ!」
「そうは言ってもさぁ、こんな右も左もわからないところで一人で生きて行けるのか?」
「うるさい、うるさぁーい! イヤと言ったらイヤなの!」
グウウウゥゥゥ……
ヒステリックに金切り声を上げ出す洋子。その不快な高音に眉を顰めかけた龍海であったが、彼女の腹の虫の咆哮を受けて毒気を抜かれた。
洋子も聞かれた恥ずかしさで思わずお腹を押さえて顔を真っ赤にしている。
城でもおそらくは食事くらいは出されただろう。しかしショックで喉を通らなかったであろう事は容易に想像できる。自分と同じ頃合いに召喚されたのなら丸一日くらいは何も食べていないことになる。
無視するわけにもいかない。
空腹を抱えてイラついたままでは、冷静に話し合う事など期待できない。とりあえず何か食べさせないと。
しかしどうしたものか? 脱走してきたのが本当ならば外で食事などと言う迂闊な真似は避けなければ。
――再現で食い物を……でも生き物はダメって言ってたよなあ。食い物は基本、生き物の成れの果てだし。
しかし龍海はダメもとで念じてみた。すると、
ストン……
出た。
「え! モ〇のハンバーガー!? それって……え? まさか、それが魔法なの?」
いきなり現れた馴染みのファストフードに洋子の目が見開いた。口元も開いている。そこから涎が垂れるのは時間の問題であろう。
で、龍海もまた驚いていた。てか、眉を顰めていた。
――……生きてなきゃいいのか?
些か釈然としないが、取りあえず今出したハンバーガー、包み紙を開けて一口試食してみる。
「あ、ああ……」
洋子の口から涎より先に声が漏れた。
――別に独り占めなんかしないから! 試食だからね! 毒味だからね!
普段食べるよりじっくり咀嚼して、日本で食したハンバーガーとの違いを確かめながら飲み込む。
鼻を通る匂い、舌に感じる味わい、口内に広がる食感は、ちょくちょく食べていたあの味と寸分違わぬ印象を受けた。
「大丈夫そうだ」
龍海は更にハンバーガーを再現させ、「はい、どうぞ」と洋子の前に差し出した。
「い、いいの?」
「当たり前だろ? それに腹も膨れりゃ落ち着いて話も出来るさ」
「あ、ありがとう! いただきます!」
洋子は掻っ攫うようにハンバーガーを受け取った。全速力で包装を開ける。やがてハンバーガーが顔を出すと、徐に被りついた。
「はむっ! んぐ! もぐ!」
そして一心不乱に食べた。急いで掻き込んでいるのでソースがはみ出して、床にポタポタと落ちる。少々品の無い食い方だが召喚以来、何も食べていなければやむを得ない食べ方だろう。
しかし、これでは喉を詰まらすのが目に見えている。龍海は紙パックのオレンジジュースも出して渡した。
缶やペットボトルは廃棄場所も方法も限定されるので世相に影響が出るかもだが、紙なら始末しやすいだろう。詰まるところ燃やしてしまえばいいワケで。こちらの製紙技術も不明だし、灰にするのが一番と判断した。
さて、洋子の方に気を戻すと彼女の食の勢いは凄まじく、一個目のハンバーガーは間もなく全てが胃に収まるところだった。
龍海は続いてもう二個ほどハンバーガーを再現して渡してあげた。
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