第6話 状況の人、冤罪を被る1
さてこれからである。
思わぬ成り行きで再現による装備製作の機会を逸してしまったが、代わりにこの国の現状・慣習等の情報を手に入れ、街まで辿り着く事が出来たのは結果としては僥倖と言えよう。おまけに路銀も付いてきた。
――手にした以上、これも再現できるのかな?
などと一瞬、考えてもみたのだが……
いやいや、通貨の再現・複製なぞ、出来たとしてもそれは最終手段に取っておくべきだろう。
下手にそんな貨幣を動かすと国レベルの経済に影響、とまでは行かなくても稼ぎの相場以上に使って周りから変に思われたりするのもよろしくない。良からぬことを考える有象無象を引き寄せるだけである。
とりあえず、宿にでも入って今現在の状況・状態を整理・検討した方が良さそうだ。
他の耳目の無い所で再現による装備も揃えたい。
工業系の経験はあるが近代電子装備満載の加工機械を操った技量なぞ、ここでは役に立ちそうには無く、ガーデニングの趣味すら無かった自分では農林業も選択肢からは外れる。
やはり自衛隊で培った経験を生かして、さっきのトレドらと同様の冒険者に就くのが妥当なところであろう。偶然とはいえ、彼らとの間に出来た縁に頼れば正規ギルド員として職に就く事自体はそれほど難しくはあるまい。
バタバタしていたので例のステータス画面ではまだヘルプ機能しか使っていない。
その他の魔法やスキルも検討したいし、彼らから紹介された宿にこもって準備を進めようと思い、龍海はそちらに足を向けて、初めて見る異世界の街の中を歩き始めた。
龍海自身は地球の中世欧州の街並みなどは正確にはよく知らない。
持っているイメージとしてはやはり深夜アニメやファンタジーコミックで描写されている風景くらいだが丸っきり同じでは無いものの、眼に入る町の姿はそんなイメージによく似た情景であった。
行きかう人々も、多くは自分たちと同じ
――異世界だねぇ……
龍海は異国情緒……なんて言葉から更にかけ離れている街の様子に眼を奪われた。
とは言え、これからはここが自分のホームグラウンドになるわけで、いつまでも新鮮に映る街並みを惚けながら眺めている事など、そうそう続けていて良いものではない。
街の情勢や習慣・常識その他を身に付ける方策も考慮しなければいけないが、今の龍海の胸の内は何よりメインウェポンの再現、これに尽きると言うものだ。
この世界では、武器は生きていくための道具、見知らぬ外敵から身を護る道具であり、それを向ける先は生き物なわけで、起こることは命のやり取り……現実としては生臭い話ではある。
世相が地球の中世期あたりに準じているのであれば、いわゆる人権意識なんてものは期待できるものではない。
極端に言えば食うか食われるか、やるかやられるか? そんな考えが基本であっても全然おかしくはない訳で、例え城壁に囲まれたこの王都の街中であっても、護身のための武器は必須である。
と、そうは思っても長年の趣味のおかげで、そちらのワクテカも止まらない龍海である。
――何をメインにするかな~。グァムで触ったものも全部出せるならコンプしてぇなぁ~、アイテムボックスあるから保管は気にしなくていいし。でも魔力やら魔素やら絡んでるはずだし再現にどれほどMPとか必要なのか、いろいろ試さないとな~
などと口元が緩むのが抑えきれないまま、宿に向けて龍海は歩を速めた。
と、その時、
「そこのあんた! 待ちなさいよ!」
何か大声がした。
――な、なんだ?
龍海は何事か分からず、車で信号待ちしている時に、いきなり後方からクラクションを鳴らされた時みたいに辺りをキョロキョロと見渡した。
――何かトラブル? まあ、俺には何の関係も……
あるワケは無い、そのハズである。
そう思いながら龍海は無意識に、その大声の元を探るように視線を左右に振った。すると、周辺の人たちの目が自分に向けられている事に気付いた。
と言うか、自分の後に向けて、と言った方が正しいか?
「なにキョロキョロしてんのよ! あんたよ、あんた!」
またも同じ声。
たださっきと違うのは、今度は周りの視線がしっかり自分に集中したことだ。
――まさか、俺? いや、一体何が……
龍海は後ろを振り返った。
そこには毛布の様な布を頭から被って表情が窺い知れない何者かが、右手人差し指を龍海にビシッと向けている姿があった。
「お、俺?」
龍海も自分で自分に指をさした。そして確かめるように聞いたのだが……
「あんた以外の誰だっていうのよ! 責任取ってよ!」
――はぁ? 責任て……
わけわかめ。今の龍海の脳内にはこんな言葉がく~るくる回っている事だろう。
なにせ自分は昨日この世界にやってきたばかりである。
知り合いは冒険者のトレドとアックス、そして商人のフォールスだけである。
そういや異世界モノ序盤の定番である、助けを求める美少女は馬車の中にも居なかった。いや残念無念。
と言うのは置いといて、この世界ではその3人以外の知り合いはいない。
ましてやいきなり「責任取れ!」などと言われても!
「あ、あの……俺とあんたじゃ今が初対面のはず……だけど?」
「すっ
声からすると、どうやらこいつは女性らしい。
で、あれば余計にマジで身に覚えがない。あるはずもない。
年齢=彼女無し歴は伊達じゃない。
「いや、ホントに俺はあんたのこと、全然知らないし。人違いじゃ……」
「ふざけんじゃないわよ! その顔! その服装! 間違いないわよ!」
困惑する龍海に、更に怒りの声を増して叫ぶ女性。そこで彼女を覆っていた布がはらりと落ちた。
やっと見られたその女性の顔、姿。歳の頃17~8歳くらい? ブレザー系の制服っぽい服装からしてどこかの女子高校生ってところだが、そんな一回り以上も歳下の女の子に知り合いなぞ……
え?
女子高生?
「き、君は!」
龍海は驚いた。
思わず二人称が、あんたから君呼ばわりに変わってしまうほど驚いた。なぜ変わったのかはよく分からん。
「思い出した? この人殺し!」
涙目で自分を罵る女子高生、龍海にも確かに覚えのある顔だった。
猫を助けようとトラックに跳ねられそうになり、自分が突き飛ばして救ったあの女子高生だ。
「え!? ちょ、人聞きの悪い! てかなんで!? 君は俺が助けたはずだぞ!」
「助けたぁ~!? よくもそんな事を!」
目前の女子高生はどこぞの環境保護活動家の少女みたいなセリフを吐きながら、なおも龍海を責め立てた。
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