第5話 状況の人、異世界に立つ2
風に龍海の臭いを運ばれた。
異世界と言えど狼の嗅覚なら気付かれる可能性は高いと考えるべきだろう。
案の定、臭いを察知した最後尾の一頭が警戒する様に足を踏ん張りながら目をこちらに向けてきた。
気付かれた!
迷っている場合ではない、走りだされたら当てるのは極端に難しくなる。何よりこちらにデカい胴体を見せているうちに……龍海は引鉄を引いた。
ドォン!
耳を
同時に強い反動が龍海の腕を襲い、銃口は派手に跳ね上げられる。
再現M629は見事に撃発してくれた。
パアァン!
慎重に照準していた甲斐あって初弾は狙い通りに最後尾の狼の腹部に命中した。
腹を抉られた狼は「ギャン!」という悲鳴とともに転倒した。そのまま手足を痙攣させているのが遠目にも確認できる。
初めて聞くバカでかい激発音、同時に群れの仲間が腹から血を噴き出しながら倒れる様を見て、他の狼二頭は状況に理解が及ばず一瞬、動きを止めてしまった。
ドォン!
龍海は、それを好機とばかりに真ん中の狼に向けて二発目を放った。
ドォン!
更にもう一発。
放たれた重量240グレインの弾頭は一発は尻尾をかすめ、一発は腰部から後脚の付け根の間に命中。着弾と同時に弾け飛んだ肉片が地に落ちる前に、二頭目も転倒した。
その次の瞬間、
「でりゃああああ!」
槍の戦士が気勢を上げて突撃した。
凄まじい轟音と共に仲間が相次いで倒れるのを見て驚愕し、スキの出来た先頭の狼の喉元をめがけて戦士渾身の槍が突き出された。
「グフオオォオォ!」
槍の穂先は狼の首を捉えた。しかし喉元を僅かに逸れてしまった。
狼は後ろ脚を踏ん張り、両の前足で首横に刺さった槍を押さえて戦士の首に腕に食いつこうと牙を剥いた。
戦士もまた全力で踏ん張り、槍を懸命に持ち上げるも、やがて膠着状態に陥る。
そこで、
ドォン!
4回目の轟音。
同時に先頭狼の胸部は、先の二頭と同じく肉片を撒き散らしながら食い込む銃弾によって赤黒い穴が開けられた。
その銃弾に心臓を抜かれた狼の後ろ脚は途端に力が抜け、身体はドシャァっと地に崩れた。銃創から噴き出る血で灰色の体毛がドス黒い朱に染まっていく。
龍海は槍の戦士が狼を刺した事を確認すると走って距離を縮めていた。4発目を撃った時は10mくらいまで接近していた。
槍で突かれながらも力の衰えない狼が一撃で倒されるのを目の当たりにして唖然とする戦士たちを尻目に、龍海は前脚で踏ん張ろうとまだジタバタと動いている真ん中の狼に近づき、頭部に狙いを定めて引き金を絞った。
ドォン!
至近距離からまともに44Magを撃ち込まれた狼の頭部は原形をとどめず吹っ飛んでしまった。次いで最後尾の一頭の頭も吹っ飛ばす。
首から上がきれいさっぱり消失……ほどは飛ばされてはいないが、耳や眼球あたりは鉛弾に抉られて飛び散り、何とかくっついていた上あごが、下あごよりも下がってだら~んと垂れている様相はかなりグロい。
三頭の絶命を確信した龍海は一息つくと6発全弾を撃ち尽くした銃のシリンダーを開け、エジェクションロッドを押して薬室内に目一杯膨張した空薬莢を吐き出させた。すぐに次弾を装填する。
「ぐっ、うう」
負傷していた戦士が蹲った。
「アックス、しっかりしろ! フォールスさん! ポーション取ってくれ!」
「お、おう!」
――ポーション?
馬車に隠れていたフォールスと呼ばれた男が荷の中から治癒のポーション入りの瓶を取り出し、槍の戦士に手渡した。
剣士の服を捲って患部にポーションを振りかける戦士。掛けられたポーションは途端に泡立ち、傷を覆いながら広がっていく。
「く、染みる、な……」
「効いてる証拠さ。さあ、包帯を巻くぞ」
――飲むのではなく傷口に振り掛けるのか
龍海は戦士が施す治療に注目した。
いつか自分も同じ目に合うかもしれないわけで、しかと覚えておくべき事例だろう。
いつ何時負傷するかわからない軍人にとってファーストエイドは戦闘訓練に並んで重要な項目だ。
「これでよし。アックス、荷台で横になってろ」
「す、すまんな……」
戦士はアックスを荷台に上げると龍海に近寄ってきた。
「助かった、加勢してくれたこと感謝するよ。俺はトレドと言うものだ。アウロア市の冒険者ギルドに所属しててな」
「しの……いえ、私は龍海と申します」
龍海は姓から名乗ろうとしたが思いとどまった。
トレドは名前しか名乗らなかった。故に家名持ち=貴族・名家なんて制度・慣習があったりすると妙な誤解を生むかもしれないと考えてみた。
「タツミ殿、か。いや、ありがとう。
「まあその、魔道具とでも言いましょうか」
「そうか、すごい威力だったな……いや本当に助かったよ。ぜひお礼をしたいのだが今は護衛の仕事中でな。馬車と依頼人の商人を王都に連れて行かなきゃならねぇんだ」
「王都……ですか」
「そう、俺たちはロンドの町から来たんだ。依頼人であるフォールスさんの行商帰りでな。タツミ殿はどちらに行くつもりだったんだ? ずいぶんと軽装だが」
確かに。
武器もそうだが装備を整えるにしても、鬱蒼とした森の中より開けた場所で揃えた方が、と後回しにしていたら、こんな状況に出くわしてしまった。
だが重装とは言えないまでも、それなりに防具を装備しているトレドらに比べれば、魔獣の出る森に、ほぼ着のみ着のままな自分の出で立ちは確かに不自然極まりなく見えよう。
当初危惧したように、今の龍海の装備は場違いなほど軽装と判断せざるを得ない。
――小賢しいけど、ちょっと奸計噛ましましょうか……
「王都って?」
「え? いや、あの、王都だよ? アデリア王国王都アウロア市。知らないわけは……ん?」
龍海は右手で額辺りを手で覆い、ゆっくり頭を振って見せた。
「おい、どうしたんだ、タツミ殿?」
「あ、すみません。頭の中がちょっとハッキリしなくて……」
「……なんか訳ありなのかい?」
「はあ……実は何か……今までの事がよく思い出せないんです。正直、なぜここに居るのかすら……この魔道具を持っている以上は、これが必要な目的があるはずなんですが、それもどうも……」
「記憶喪失?」
「そりゃあアレじゃねぃかなトレドさん?」
ここでフォールスが割り込んできた。
「ここらで偶に現れるってぇメージオーガの錯乱魔法喰ろうたんじゃねぃかね?」
――メージオーガ? オーガって鬼族? オーガが魔法を使えるのかな?
「あれか? 確かにアレを喰らうと記憶が飛ぶとは言うけど……そういや、ここらで出くわすって話は聞いたなぁ。あんた、もしかしてさっきの魔道具でそいつとやりあってたんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか?」
「町や村の自警団がこんな人里から離れたところまで出張る事は無いからな。だとすりゃ何らかの依頼を受けた、どこかの冒険者ギルドの所属と考える方が自然だろ」
「なら一緒に王都へ行きましょうや。ギルドに行きゃ、所属元とかなんぞ分かるかもしれませんで?」
――お、良い方に流れそう
「そうだな。今回の礼もしたいし、どうかな? 一緒に行かないか?」
「でも、ご迷惑じゃ?」
「何言ってんだよ。俺たちゃ今の襲撃で皆殺しになってたかもしれねぇんだぜ? それと虫のいい話なんだが相棒があれもんだからな。もし、また魔獣とか襲ってきたら加勢してくれるとこちらもありがてぇんだけどな?」
――よっしゃ~。こちらもありがてぇっすよ?
「わ、わかりました。私も人の多い所へ行った方が良さそうですんで、よろしければ……」
「おお、こちらは大歓迎だよ。角狼をあっという間に三頭もやっちまう腕前だしな」
「さあタツミさん、どうぞ馬車へ」
「うん、先に乗っててくれ。俺は狼の角とか魔石を回収しておくから」
自衛隊には「状況の人」と言う言葉がある。
この「状況」とは訓練中の事であるが、その間、隊員は個人やプライベートなところを捨てて訓練状況の役目になりきって任務を遂行する、演じきる、などと言った意味合いで訓練中は「状況の人に成りきれ」と言われ続ける。
これを繰り返し受けると、やがて想定に応じて考えるより先に体が勝手に動くようになる。「状況の人」にスイッチするのだ。
龍海は演習中は趣味性もあってノリノリで没頭していたので、敵兵役や
その辺りは、会社の営業で取引先との交渉時でも腹の探り合い等で役に立ってたり、結構プラス面も多かった。
個人の差は有るだろうが、龍海はそう言う事と相性が良かったのかもしれない。
おかげで道中、これから向かうアデリア王国の情勢・現状もトレドらから、かなり聞き出す事が出来た。
ざっくり言うとこの世界も地球と同じく各国は紛争やら戦争やら小競り合いやらが絶えないらしい。
そんな中で龍海の興味を引いたのは、このアデリア王国は現状、微妙な立ち位置にあるとの事だった。
それはこの国が唯一、大半が魔族・魔物で構成される魔導王国と陸上で国境を接している事なのだ。
龍海が送り込まれた森も国境近くの森であり、一部の魔物や不良魔族が侵入してはアデリアの民衆を脅かしており、北方はそれほどでもないが南方になるにつれ、その頻度が多くなるらしい。
本来は国力で上回る北の隣国ポータリア皇国や東のアンドロウム帝国が征服・併呑を狙ってアデリアに攻めてきてもおかしくないのだが、魔導王国と対峙したくない両国はアデリア王国を緩衝地帯として存続させようとしているのだ。
二十数年前、魔導王国が軍勢を催して侵略してきた事があったが、その時はアンドロウム・ポータリア両国が支援を申し出て来たので何とか追い返したそうな。
アデリアも両国の思惑は当然分かってはいたが他に選択肢は無く、現状に甘んじるより仕方がないと言う状態の様だ。
だから今現在においてはアデリア王国と魔導王国は表向き戦争状態では無く、国交も結ばれているのではあるが、魔物、魔族とのいざこざ、衝突、襲撃は後を絶たず、おまけに盗賊の類は人間・魔族関わらず出没する。
故にフォールスのような商売人らはアックス、トレドに見られる冒険者を護衛に雇って身の安全を担保しているのである。
軍にしても、国境に近い町や村には内陸より多めの駐屯軍が配置されているとの事。
だが国境沿い以外の町や村は比較的平和であり、時折り深く入り込んだ魔獣や下級の魔物――主に盗賊の類などが悪さをする程度らしい。
まあ、魔獣の脅威は魔導国側としても同じようで、人間の盗賊が魔導国で悪さをするという事例も珍しくは無いそうで。
――スローライフ目指すなら内陸の街辺りなのかなあ
などと考えてもみるが龍海としては実際、スローライフに拘ってはいない。あくまでそれを目指すならば、だ。
とにかく王都に行ってこの世界、この国の生活ぶりを見て腰の落ち着き先を決めようと思う。
「
翌日の午後、王都に着いてからフォールスと別れたあと、ギルドに赴いたトレドらは護衛依頼達成の報告がてら龍海の素性を問い合わせてくれた。まあ当然、答えは分かっているのだが。
「お手数をおかけしました。とりあえず記憶が戻るまでこの街に滞在しようと思ってます。宿も紹介していただけましたし」
「ああ、結構古いけどその分気安く泊まれるところだし、そこでゆっくり養生するといい。あ、そうだ。これ、受け取ってくれ」
龍海はトレドに小袋を渡された。
中を見るといくらかの銀貨、銅貨が入っている。
「これは……」
「
種類によって違うが魔獣の身体には野獣などより魔素が多く含まれており、その中でも腎臓や肝臓辺りには魔素の結石、魔石が存在する。
トレドらの話によるとそれらは医薬品や魔道具の材料となるため、魔獣を仕留めた場合は護衛報酬とは別の副収入になるそうだ。
――いかにも魔法世界だな~。
「でもこれはあなた方の稼ぎじゃあ……」
「何言ってんの。あんたが加勢してくれなかったら僕はあのまま腹、食いちぎられて死んでたさ、当然の報酬だよ? それに僕たちも分け前はちゃんと頂いてるしさ」
と、アックスがすっかり完治した脇腹をポンポン叩きながら勧めてくれた。
ゲームのように一瞬では無いにしろ、獣に食いつかれた傷が一日も経たず完治するなど、あのポーション中々にすげぇ、と感心する龍海である。
「そうですか。では、ありがたく頂戴します」
「うん。まあ記憶が無いならここの暮らしも不慣れなことが多いだろうが、俺たちは仕事が無けりゃさっきのギルドに入り浸っているから、何か困ったことがあったら気軽に声かけてくれや。俺たちに出来る事なら喜んで力になるぜ」
「その時はぜひ、お願いします。いろいろお世話になり、感謝してます」
「お互い様さ。じゃあな、また会おうぜ」
二人は軽く手を振ったのち、いずこかへ去っていった。
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