第4話 状況の人、異世界に立つ1
今が、何時くらいなのかは分からない。
しかし森の上方からの木漏れ日が昼間であることを教えてくれている。
――森…………そうか……森か……
今、眼前に広がる風景。
いつもの、見慣れた街並みなどでは当然なく、事故現場の道路でも、収容された病院でもない。
夢ではない。あの女神とのやり取りは現実に起こった事なのだ。
目を覚ました龍海はまだ半分、異世界に転移したことに懐疑的な思考を残しながら起き上がると、自分の手足を確認した。
――身体は……戻ってる
服装は事故にあった仕事帰りの作業衣を模したデザインの綿のズボンに上着、そして革靴。色合いは上はグレー、下はコバルトブルーと、これも作業衣のそれによく似た雰囲気だ。
――麻じゃなくて綿なのか……
これがこの世界でも有り得る服装なのか、あの女神さまのチョイスなのかは分からないが、着た感触が生前(?)の作業用の服と比べてかなり軽い――生地が薄い事からしても、これまでの事が夢幻ではなく現実に自分に起こった事なのだろうと更に実感できた。
で、改めて見直すとこの服装、野獣や、まして魔獣との遭遇もありえる森を歩くにはいささか軽装っぽいとも思う。
生地にしても龍海が最初に感じたように、愛用の作業服よりも薄く、ワイシャツ、スラックス程度の強度しか無さそうなのだ。
とは言えそれも自分の持っている日本基準での話。この世界の常識に合わせて軽か重かは今のところは不明だが。
自身の確認を終えると、次は近くの太さ50cmくらいの樹に背中を預けて警戒しながら周りを熟視した。パッと見る限り日本でもよく見る、ありふれた雰囲気の森であった。
しかしそこはそれ、異世界の森であるので木々や草花の姿形は若干違うような印象も受ける。
日本の樹と同等のつもりで背を預けたがこれがいわゆる魔獣・魔物の類とも限らず、いきなり触手攻撃! なんて可能性もあるわけで、そんな思いが余計に違和感を増やしているのかもしれない。
その辺りに注意しながら樹の枝や葉を見たり触ったり突いたりしてみたが変化は無く、日本と同じ単なる樹だと思って良さそうであった。
とりあえず周辺には、動物を捕食するような草木の気配は無く、自分にとっても馴染みの森林と違いは無かった。時おり吹く、樹々に冷やされた通り風も日本の森と同様でとても心地よい。
――ちょっと神経質に過ぎたかな?
龍海は一息つくと改めて周りを眺めてみた。
すると、足下近くに草が生えていない部分が線のように続いている事に気づく。
――獣道?
つまりこの辺りは、野獣や魔獣、もしくは人間が足を踏み入れているエリアだと言う事だ。
――武器がいる……
龍海はさっそく
異世界に転移して早々の、初めての魔法。果たして女神からの授かり物は如何ほどの効用か? そも、ほんとに魔法など使えるのか?
――
龍海は眼を瞑り、脳内でそんな念を込めてみた。
……
……
……再現は対象物を思い浮かべながら念を込める。その際、再現物を出す方向に手を向ける……
……
脳内に文字とも音声とも取れない不思議なアナウンスが流れる、そんなヘルプ機能が起動した。
――これが……魔法……
結果として龍海にとっての初魔法はこのヘルプ機能と言うことになる。
あてずっぽうで行った念の込め方だったが、その要領で良さそうな感触を得た。
――よし……では本番……
過去に触れたものを再現できると言うこのスキル。ヘルプの指示をなぞって胸の前で掌を上に向けながら、再現したいものを頭に浮かべて先ほどと同じ塩梅で念をかけると……
掌にそれが現れた。ズシッと。
龍海は掌の上に現れた、ステンレスシルバーに輝くSW・M629というリボルバー拳銃。
龍海はそれを握りながらマジマジと見つめ………………感動した。
――マジで出たぁ!
付与された魔法、
現在、この状況下で最も必要と思われた護身のための武器が今、龍海の掌に。
足元に続く獣道を通るであろう獣の類はもちろん、人間とて話の通じる相手とは限らない。
龍海自身、海外渡航経験は観光目的で十回程度行っているくらいだが、日本のように深夜のコンビニに女が一人で出かけられるような国はそうそう存在しない。
ましてやここは魔法だの魔獣だのが闊歩する異世界だし、自分の身は自分で守るのが常識と考えるべきところだろう。そのための武器である。
自衛隊上がりの龍海は標準装備の89式小銃や、64式小銃はお馴染みであったが、グァムの射撃場で数回使用しただけのM629が出せるかどうかは正直不安だった。
だが、看板に偽りは無い様だ。
あの射撃場で手に取った、44マグナム弾が使用できる銃身長6インチのM629が今、手の中にある。
しかもその時に触った本体に付いていたスリ傷や、
弾を装填する前に、まずは空撃ちで動作を確かめてみる。
チキッ!
ゆっくりと撃鉄を起こす。続いて引鉄を引く。
カチン、ガチン!
予め撃鉄を起こした後に引鉄を引くシングルアクションで撃鉄を落とした後、そのままもう一度引鉄を引き、ダブルアクションでの撃鉄・回転弾倉の稼働も試す。
モデルガン等の主要素材である亜鉛ダイカストにみられる粘る感触ではなく、ステンレススチールによる滑らかで軽やかで且つ、力強い動きが指に伝わってきた。
――まんま629だ!
グァムでの体験と同じ感触を味わい、警戒に気を付けなければならない今の状況も忘れて口元がニヤついてしまう龍海。全くオタと言う人種は。
――む、いかんいかん!
オタ心を押し込めて、龍海は次に弾薬を再現した。
拳銃同様に再現された6発の弾丸を装填し、龍海はとりあえずこの獣道を辿ってみる事にした。
――44Magで相手が出来るのは、鹿くらいまでかな? 熊よりデカブツだとちょっと不安……
正直、相手が熊以上であると44Magでは心許なく、30口径以上の小銃弾が欲しいところなのだが、鬱蒼と茂る草木が纏わりつきそうな全長の長い小銃は取り回しに苦労しそうだと考えた。もうちょっと開けた場所に出られたら小銃も作りたいと思う。
拳銃でも、44Mag以上に強力な弾薬が使えるモデルもあるにはあるのだが……。
――重いんだよな~
M629とて決して軽くはないが、強力な弾薬になるほどその威力に耐えられる強度が必要となり、銃本体が大きく重くなるのは仕方なし。その辺りのバランスを考慮して龍海はM629をチョイスしたのだ。
更に龍海は再現で革製のホルスターを作り出し、腰に吊った。これに629を納める。
武器を装備し、護身の備えが出来たところで、周辺を警戒しつつ獣道に沿って歩き始めた。取り敢えず下り気味の方向を目指して進む。
森の中は結構静かだった。
耳に入るのは、通り風が吹いた時に樹の枝や雑草がこすれる音以外は、龍海の足が草を踏む音くらい。
――こんな調子で済んでくれりゃな……
森をしばらく歩くと、陽の光に照らされて周辺より若干明るいところが見えてきた。
そちらに歩を進めると、やがて馬車、或いは荷車が頻繁に通っているらしき轍のような跡が続く街道のような情景が現れた。
それを見て、龍海はホッと一息を突いた。この街道を歩けばどこかの村か街、とにかく人のいる所に辿り着けるだろう。
ここまで来るのに魔獣・野獣の類に出くわさなかった幸運に恵まれた事を感謝しつつ、龍海はそのまま街道を歩きだした。
――まずは、腰の落ちつけるところを探さなきゃなぁ……
女神さまの説明によればファンタジー世界で有りがちな冒険者ギルドや商工ギルド等もあるらしいので、それらに所属して職を持つかどうか、まずは情報収集だ。
情報と言えば……
――そういや女神さまの名前聞いてなかったな……
龍海自身は女性と話したり交際したりとかに別段抵抗は無い方である。性欲も人並みには持っている。
だが異性と深い仲まで至った事は無い。
自分から攻める事はせず、「向こうから来てくれれば……」などとほざくスタンスである。
初対面の女性に、袖振り合うも多生の縁とばかりに取り敢えず名前やメアド等を聞いておくとか、そう言う積極的でマメな姿勢は全く見られない男だ。
だからお前はいつまでたっても童貞なんだ、と中学以来の友人に
ワオー!
と、何か大型犬の咆哮らしき声が聞こえてきた。
――犬? いや、狼もありえるか?
龍海は銃を抜くと身を屈めながら声の方へ向かった。
野犬だろうと狼だろうと、わざわざこちらから危険に近づくのも如何なものか? とは思うが今後の事も考えると、この世界の野獣・魔獣についての生の情報は欲しいところ。今の自分は魔獣と野獣の区別さえつかないのだし。
しばらく道なりに進み、街道が右に曲がる手前に辿り着いたところで森越しに馬車が止まっているのが確認できた。森を挟んで直線距離は40~50m程度有りそうだ。
目を凝らすと剣と槍を持った男二人が馬車の前に立ち塞がっていた。
彼らの目線の先を追ってみると先ほどの咆哮の主だろうか? 大きな四足動物が3頭確認できた。
――でかいな。山犬、じゃなくてやっぱ狼かな? でも2mまでは無いな。1,5mちょい?
おまけにその狼、額にユニコーンを連想させる程の見事な角を生やしている。
龍海としては魔獣のイメージであるが、もしかしたらそういう種類の野獣かもしれない。何せここは異世界だ。
――剣士の方が負傷しているのか
狼に剣を向けてはいるが、剣士は左手で血の滲んだ腹を押さえていた。
――ここがマジでナーロッパなら襲われてるのは美麗な女剣士、もしくは馬車内で美少女が震えているものだが……
残念、戦士は二人とも男のようだ。
あとは馬車内で美少女が隠れていることを期待して……では無い! ここはやはり助太刀すべきところだろう。
傍観してやり過ごすにしても、その後にあの獣がこちらに矛先を向けないとも限らないし、なにより彼らからこの辺りの情報も聞きたい。M629の試射もやっておきたい。
人道的、とはいささか遠い打算的な思いを巡らせながら龍海は足を忍ばせ、ギリギリ拳銃で勝負できる距離まで近づくと、銃を両手で構えてゆっくり撃鉄を起こした。
――距離は30mちょいってとこか……的は大きいし慎重に狙えば……あ?
構えた途端、龍海は左手に強い違和感を感じた。
思い出した。自分の左薬指小指の魂をオプション添付で差し出していたことを。
この二本の指が動かない。
――予想はしていたけど、思ったより安定しないな。小銃を出すか?
会敵せずに街道に出たことで気が緩み、メインウェポンたる小銃をすぐに再現しなかったのは迂闊だった。
しかし間に合うだろうか? 銃本体と弾薬を再現し、弾倉に装填してから銃に装着して狙う……
と、その時、
ヒュゥー!
風が吹いた。
――やべ! 風上だ!
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