決戦 その四


 辺りは静まり返っている。


(賭けだったけど上手くいったな……)


 伊織は肩で息をしながら心の中で呟いた。

 異能の制限時間を圧縮することによる、爆発的な身体能力の獲得。

 そしてDNバレットを囮にした攻撃。

 土壇場での予想外の賭けでスミスの不意を打つことができた。

 粉塵が舞っておりスミスの様子は確認できないが、大きな打撃となったことは手応えから分かる。

 だが、この後は伊織はもう【勝利の鉄槌】の異能を使うことができない。

 使えるのは危機察知の異能のみ。

 が、それすらも後一分持つかどうかだ。

 伊織にとっての手札はほとんど尽きた。

 スミスに拳銃で撃たれた肩と脚からも血が流れている。早く治療した方がいいだろう。


(頼むから今ので倒れてくれよ……)


 伊織は心の中でそう祈るしかなかった。

 しかし伊織の希望は果たされなかった。

 粉塵の中で、立ち上がる影があった。


「おいおい、マジかよ……」


 伊織は乾いた笑い声を漏らす。


「意外か? この程度でくたばると思われていたとは、心外だな」


 スミスは立ち上がっていた。

 だが、その姿は誰の目から見ても満身創痍だった。

 口から血を流し、身体はボロボロで、オールバックにした髪も乱れ、肩で息をしながら立ち上がる様子は立ち上がるのすらやっとに見えた。


「しぶといじゃねえか……」

「君こそ、身体に二箇所風穴が開いてるくせにピンピンしてるじゃないか」

「こんなのかすり傷だぜ」

「私の方こそ」


 伊織とスミスは向かい合って強がった笑みを互いに向ける。

 スミスは思考する。


(どうする。少年は身体強化を使えなくなったが、こちらも今の一撃を防ぐために【異能無効】と【身体強化】をほとんど使い切ってしまった。わずかながら残っているが決定打になるかどうか……。銃も手元からなくなった。残る決定打になり得る異能は【磁力操作】だが、鎧を纏う隙を与えてくれるとは考えられない)


 その時。


「おっさん、【磁力操作】で鎧を纏えよ」


 伊織がそんな理解不能なことを言ってきた。

 言葉の意図が理解できず、スミスは眉を顰める。

 なぜわざわざ相手にアドバンテージを、と考えていると……。


「全力のあんたを倒さなきゃ、意味がない」


 伊織はスミスを指差し、そう言った。


(ああ、そうか)


 スミスは理解した。

 自身も満身創痍にも関わらず、歓喜と興奮の色を宿す伊織の瞳を見て。

 伊織は、スミスと同じ負けられない戦いに身を置いている。

 だがそれ以上に自分との戦いを楽しんでいるのだと。

 ならば、答えなければならない。


「分かった。ならば、遠慮なく使わせてもらう」


 スミスは磁力操作を発動した。

 この吹き抜けには、大量の廃材が置いていある。

 ここを決闘場に選んだのは常日頃婆娑羅会で決闘場として使用されている、というのがあるが、スミスにとって【磁力操作】で鎧を纏うための廃材が大量に置いてあるというのも理由の一つとしてある。

 吹き抜けに溜まっている廃材が電を纏い、スミスの腕へ、足へ、胴体へと形を変えながら付着していく。


『これが、私の全力だ』


 最後に顔部分を、ヘルメットのシールドを下すように鎧が落ちる。

 鎧の瞳と関節部分が光り、鎧が完全に装着された。


「大きい……」


 アイリスが呟く。

 スミスの纏う鉄の鎧は、最初に伊織たちへ見せた鉄の鎧よりも大きかった。

 三メートルを超える巨体。

 伊織の身長の二倍はある。

 前回のように壊れた部分を補修する隙はないと考えたスミスが、全ての素材を使うことにしたのだ。

 スミスと伊織は至近距離で向かい合う。

 お互いが拳を伸ばせば届く距離だ。


「おっさんが教えてくれたからさ。俺も教えるよ」

『なんのことだ』

「じいちゃんから聞いた話だと、村雨流は戦国時代から続いてる流派らしい」

『それはまた随分と古い流派だな』


 スミスは自分が鎧を装着するまで待ってくれたお礼と言わんばかりに、伊織の話を聞いていた。


「そうだな。でも、戦国時代の鎧は硬くて日本刀じゃあんまり効果がなくて、ろくに倒せなかったらしい。だから初代は考えた。どうしたら鉄の鎧を纏った相手を倒せるのか、と」

『どうするんだ』

「拳でぶん殴って鉄の鎧を砕けばいい」


 ──村雨流。

 戦国時代より伝わるその流派は、固い鉄の鎧を砕くためにとある結論に至った。

 鎧を纏った相手を倒すにはどうすればいいのかを。

 結論:『思いっきり力を込めて殴って鉄の鎧を砕けばいい』。

 磨穿鉄拳の心構えで鍛え上げられた肉体で、鉄を砕き、鋼を裂き、穿ち貫く。

 そして初代は鍛え上げ、技へと昇華した。

 それが今の村雨流へと続いている。


「そう、村雨流は鎧を砕くための流派なんだ」

『っ……!!』


 対人ではなく、対鎧の流派。

 それを聞いて、鉄の兜の向こうでスミスが笑みを作った。

 もしそれが本当なら、今の状況はまさしく……。


「初代も、じいちゃんもできてたんだ。俺もこれぐらいの鎧、砕けないとな」

『……ならば、私の鎧を砕く前に沈めてやろう』


 鉄の鎧が排気口から白い煙を吐く。


 一瞬の静寂が場を支配する。


 そして、両者が動き出した。

 スミスが大地を破壊せんとばかりに踏み込む。

 そして鉄の鎧を纏った拳が伊織を襲った。


「そんなんじゃ当たらないぜ!」


 しかし重量があり拳の速度が遅いのと、伊織の異能である【危機察知】により、難なく拳を逃れた。


「鉄砕!!」


 そして拳をスミスの胴へ向けて放つ。

 だがその拳は……スミスの鎧に少しヒビを入れただけだった。


「なっ、硬っ……!?」


 伊織は驚愕する。

 スミスの鎧は磁力操作によって鉄の強度が上げられ、なおかつ本来の日本の鎧の甲冑よりも厚く重ねられていた。

 そのため本来なら鎧を砕く拳が、スミスの鎧には通じなかったのだ。


(まずい、カウンターがくる! 拳を避け……っ!?)


「っ!?」


 と思った矢先、伊織が回避した方向へと蹴りが飛んで来た。

 スミスは伊織と戦う時はずっとボクシングの構えをとり、足に意識をさせないようにしてきた。

 そのため、今まで見せなかった足技に伊織の回避が遅れる。


「ガハ……ッ!?」


 腹にまともに蹴りをくらい、先ほどのスミスの用意に伊織は吹き飛んだ。

 瓦礫の山に突っ込み、伊織は呻き声をあげる。


(アバラが折れた……。認識を改め直せ。今のおっさんは全身が凶器なんだ)


 そして、伊織は次に同じ攻撃を喰らえば確実に戦闘不能になることを理解した。

 大地を揺るがす振動と共に、鉄の鎧がこちらへ向けて走ってくる。

 伊織はすぐに起きあがろうとした。

 だが……。

 脚から力が抜け、膝を地面についた。


(身体が動かない……! 今までのダメージが回ってきたのか……!)


 今の伊織は肩と脚を撃たれ、スミスから何度も打撃を貰っている。

 身体はとうに限界を迎えていた。

 そして、その蓄積されたダメージは脚へとやってきた。

 伊織はなんとか足に力を込めて立ち上がるが、時すでに遅し。

 もう腕を振り上げたスミスが眼前に迫ってきていた。

 避けられない。

 この拳を喰らえば確実に負ける。


「……ッ!!」


 その時、スミスの動きが一瞬不意に止まった。

 スミスは即座にその拳を振り抜くが、伊織には当たらず後ろの瓦礫の山に当たった。

 鉄の兜の中でスミスは歯を噛み締める。

 伊織の身体に限界が来ていたのと同様に、スミスにも限界が来ていた。

 何度も伊織の拳を喰らったスミスの身体には、伊織以上にダメージが蓄積していたのだ。

 加えて、今のスミスは身体強化の補助をほとんど切りながら重量のある鉄の鎧を操作している。

 それがスミスの拳を鈍らせた。

 伊織は、その隙を見逃さなかった。


「おおッ!!!」


 雄叫びを上げ、全身の力を振り絞り、前へと踏み込む。

 一度の攻撃では効果がなかった。

 ならば、連続で攻撃を当てればいい。


「破岩ッ!!!」


 打ち込むのは、両手による掌底。

 岩を内側下から破裂させる、一般的に鎧通しと呼ばれる技。

 鎧を越え、衝撃がスミスの身体に打撃を与えた。

 スミスが仰け反った。


「爆石ッ!!!」


 続いて放ったのは、踵落とし。

 兜を砕くために作られた技。

 鉄の兜が割れ、スミスの顔が半分ほど露わになった。

 スミスの身体が地面へと叩きつけられ、バウンドした。


「裂鋼ッ!!!」


 浮き上がったスミスの身体に放ったのは両手による手刀。

 鎧の胴を挟み潰すための技。


「貫穿ッ!!!」


 放ったのは肘鉄。

 それは鎧を穿ち、貫くための技。

 鎧の胴にヒビが入る。


「鉄砕ッ!!!」


 そして最後に放ったのは、村雨流の基本技にして一番の破壊力を持つ技。

 初代がただ鎧を砕くために作り上げた、破壊の拳。

 スミスの鎧が砕け散った。


「はああッ!!!」


 バラバラと散っていくネジなどの鎧の部品や破片と共に、スミスは後ろへと倒される。


「はぁっ……、はぁっ……」


 伊織はその場に膝をつき、肩で息をする。

 スミスは仰向けに倒れている。

 誰もが、スミスが倒れたと思った。

 しかし──


「ふっ、ぐ……ッ!!」


 口から血を吐き、なおもスミスは起き上がる。

 伊織はハッと笑った。


「本当にしぶてぇな……」

「私が背負っているのは彼らの守りたい命……ッ!!」


 震える手で、震える足で、とうに身体は限界を迎えているのにそれでもスミスの心は折れない。


「たとえここで死のうとも、それでも負けれんのだ……ッ!!」


 そしてスミスは立ち上がった。

 鎧は剥がれ、四肢は血だらけだった。

 だが、消え掛かっていた瞳の光がより強く、いや今までで最も煌々と輝いている。

 それはまるで、炎のように揺らめいていた。

 限界を迎えた今、輝く瞳は闘志の証明に他ならない。


「俺だって、負けられない……!」


 伊織が立ち上がる。

 身体を撃たれ、血を流し、今にも途切れそうな意識を必死に繋いで、それでも伊織は立ち上がる。

 繋いでいるのは根性だけだった。


「あんたがどれだけ正しい信念を持ってようが、それでも俺は超えていく……!!」


 スミスと同じく、伊織の瞳の光がより強く輝く。

 いや、それ以上に。

 不屈の意志が燃え上がる。


 両者は向かい合う。

 この時、二人は限界を超えていた。


「これで最後だ」

「ああ、もう終わらせよう」


 スミスの言葉に伊織は頷く。

 一挙手一等足の距離。

 そして、二人は示し合わせたかのように同時に踏み出した。

 スミスは声を上げ、全ての力を込めた拳を振るう。


「ぬぅぅううぁぁあああッ!!!」


 それは、最後最後のまでスミスが隠していた奥の手。

 変身の異能による、視覚的な距離感の改ざんだった。

 本来はもっと手前にある拳を奥にあるように見せ、避けさせないための変身。

 危機察知を使っても正確な距離を測れない伊織には、避けられない。

 スミスの思惑通り、全力の拳は伊織へと直撃した。

 だが……。


(なぜ……!?)


 伊織は倒れなかった。

 それどころか、伊織は歯を食いしばりさらに脚を前へと踏み込んだ。

 燦々と輝く伊織の瞳を見て、スミスは理解する。


(制限時間を超えて【勝利の鉄槌】の身体強化を使ったのか……!?)


 異能は制限時間を超過する使い方はできるものの、それは体力がある場合のみだ。

 体力がない、それどころか全てを出し尽くしている今制限時間を超えて異能を使うのは、いつ気絶してもおかしくない行為。

 だからこそスミスは使わなかったし、使えなかった。

 だが、伊織は異能を使っている。

 それでも気絶しないのは、スミスよりも強い意志で繋いでいるからだ。

 戦いだけでなく、心でもスミスは負けた。


「本当に、なんという男だ君は……」


 負けを悟ったスミスが、伊織に賞賛を贈った。


「あああああ……ッ!!」


 伊織の拳がスミスの顔面を捉えた。

 スミスはなす術なく吹き飛ばされる。


 仰向けに地面に倒れたスミスは……いつまで経っても起き上がらない。


 伊織は血まみれの拳を握り、突き上げる。

 伊織は勝利した。

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