決戦 その三
『なあ、やばくないか?』
『嘘だろ。スミスさんが……』
婆娑羅会の手下はざわめいていた。
なぜなら、今まで絶対の王者であったスミスに対して伊織が互角、いや今やそれ以上に優勢にも見えるからだ。
「確かに君は強い。だが、私はこんなものでは倒せないぞ」
スミスは伊織へそう言ったが、どちらかと言えば部下に対してけた言葉だった。
スミスの劣勢を感じ取って動揺した手下を安心させるためだ。
それだけで手下たちは安堵したように落ち着きを取り戻した。
(くっ……流石に今の二つは響いたな)
スミスは今しがた伊織によってダメージを与えられた肋骨に手を当てる。
(アバラは……折れてはないがヒビは入っているかもしれないな。内臓も破裂はしてないだろう)
だが、息がする度に肋骨が痛む。
我慢できないことはないが、だが同じようなダメージを与えられれば動けなくなるのは確実だろう。
想定外。
スミスにとって伊織の村雨流の破壊力、適応力は予想を遥かに超えていた。
スミスは伊織を観察する。
こちらも二撃、同じように伊織へと叩き込んだはずだ。
もちろん手応えはあった。
だが結果を見れば、伊織は口の中を切ったのか血を流しているものの、それだけ。
対してこちらは肋骨にヒビを入れられている。
万全を期すために透明化を使って伊織の異能を使い切らせるつもりが、こちらがよりダメージを負わされている。
加えて変身による透明化も攻略された。
どうやって透明化している自分を捉えたのかは分からないが、これから透明化は使えないと考えても構わないだろう。
これでは当初の戦術は使えなくなったと考えるべきだろう。
(落ち着け、一旦私の手札を整理しよう……)
スミスは一度深呼吸をする。
(私が持つ異能は一、【身体強化】。二、【変身】。三、【異能無効】。四、【磁力操作】だ。この中で村雨少年に対し決定打となるのは【身体強化】、【変身】、【磁力操作】の三つだ)
異能無効は伊織に村雨流があるため、スミスは異能を打ち消したとしても伊織に肉弾戦で勝てないので決定打とはならない。
今でも異能のランクの差によってかろうじて戦いが成立しているので、異能なしの肉弾戦は伊織に軍配が上がることは容易に想像できる。
加えて、これまでの戦闘で消耗したせいで【異能無効】の制限時間もあと少ししかない。
おそらく異能を消せると言っても、あと一回ほどだろう。
(まさか、私が追い詰められることになるとはな……)
スミスは最初の予想とは全く逆の展開に自嘲する。
だが、そんなことを言っていても始まらない。
(身体強化はすでに見せている。まともに喰らわせることができれば決定打となるかもしれないが、警戒されているだろうから当てるのは至難の技だろう)
それに、これ以上肉弾戦をするようなリスキーな真似はしたくない。
スミスは次に打つ手から身体強化による肉弾戦を除外した。
(磁力操作による鎧を纏えば決定打になりえる。が、あの鎧を纏うまでに時間がかかるし、その間は私は無防備になる。確実にその隙を突かれるだろうし、これも没だな)
となると、と心の中で結論づける。
最後に残った決定打は【変身】の異能。
(できればこれは最後まで使いたくなかったが……勝つためには手段を選んではいられない)
それは、スミスが最後まで温存しておきたかった手札。
だが、今ここで使うしかない。
スミスは覚悟を決めた。
「また悪巧みでもしてんのか、おっさん」
「村雨少年。君はこの決闘のルールをしっかりと覚えているか?」
「なんだよ急に。時間稼ぎか?」
「まあ聞きたまえ。大事なことの確認だ。この婆娑羅会式の決闘だがいくつかルールがある。一つ、一対一の勝負で誰にも邪魔させないということ」
スミスが人差し指を立てる。
「二つ。どちらかが敗北を宣言する、もしくは戦闘不能になるまで決闘は続くということ」
二本目の指を立てる。
「そして、決闘には何を用いてもいい、ということだ」
スミスはそう言って背に右手を回した。
伊織の【危機察知】という異能は汎用性が高いが、いくつかの弱点がある。
一つが先ほどスミスが看破した危機の方向など大まかな情報は分かっても距離感が掴めないということ。
二つ目は危機の詳しい形状がわからない、ということだ。
これは視覚に全ての【危機察知】を集中させている今でも詳しい形状は分からない。
そして三つ目は、その『危機』が別々のものであったとしても、二つくっついているとそれが区別できないということ。
高ランクの危機察知にもなれば判別も距離感の把握も可能だが、アイリスから受け渡されCランクからDランクへと劣化した【危機察知】には不可能な芸当だ。
つまり、相手が凶器を隠し持っていたとしても伊織はそれを知覚できない。
スミスが異能、【変身】を解除する。
スミスの【変身】の異能ランクは高ランクに分類されるBランクだ。
Bランクとなると、Aランクの『変身した姿の実体化』までとはいかないが、いくつか低ランクの変身にはできないことができるようになる。
その一つがスミスが多用している透明化である
スミスはこの透明化を情報収集、戦闘の分野において役立て、この婆娑羅会のトップになった。
そして、このBランクの【変身】にはもう一つ能力がある。
それが『身につけている物にも個別に変身の異能を使用できる』というものだ。
つまりスミスは手に持っている木の棒を見た目だけ剣に変えるも可能となる。
もちろん、透明化も有効である。
スミスは半分握りしめたような形の拳を前へ突き出した。
見ようによっては、何かの流派の構えにも見える。
「……?」
いきなり腕をこちらへ向けてきたスミスに、伊織は疑問を感じて眉を顰める。
この時、伊織は失念していた。
今までスミスが肉弾戦をしていたことで、今度もまた同じくそうだろうと考えていた。
そしてスミスとの距離が開いていたせいで、さっきのような透明化で距離感を掴ませない拳を自分に喰らわせるにはこちらに突っ込んでこなければならない、と足へと注意を向けていたこと。
そして【危機察知】の異能の弱点の二つ。
危機の区別がつかず、詳細な形も分からない。
だから、その場から避けることができなかった。
バンバンッ!!!
銃声が決闘場にこだまする。
伊織の視界に危機の線が見えたと思った時にはもう、銃弾が肩と太ももを撃ち抜いた。
「あ、ぐっ……ッ」
痛みに苦悶の表情を浮かべた伊織が、たまらず床に膝をつく。
「伊織っ!!」
「主殿!!!」
伊織の背後にいるアイリスとシャーロットが心配そうに叫ぶ。
「だから言っただろう? 大事なことだと」
「ここで拳銃を使ってくるのかよ……!」
「残念ながら私は君のような拳法の達人ではない。勝つためならどんなものだって使うさ。本当は使いたくなかったがね」
スミスは拳銃の透明化を解く。
手に持っている黒い重心が露わになった。
「最後まで切り札は取っておくものだ。そして同時に相手もなにか手札を隠し持っていると考えるべきなのだ。このようにな」
「くそっ……」
悔しそうに伊織が顔を顰める。
「さてどうする? 肩と脚を撃ち抜かれ、まともに動けまい。降参するなら今のうちだぞ」
「……」
俯いたまま答えない伊織を見て、スミスは引き金を絞った。
「これでチェックメイト──」
その瞬間。
「……まだだッ!!」
「なっ……!?」
顔を上げた伊織の瞳がより強く光る。
引き金を引いた瞬間──伊織が消えた。
いや、消えたのではない。
凄まじい速度で真横に飛び退いたのだ。
銃弾は今まで伊織がいた場所を通過していく。
スミスはそちらへと照準を向けるが、次の瞬間にはまた伊織は消えている。
(なんだこの身体能力は……そうか!! 身体強化の異能をより圧縮したのか!!)
スミスは答えへと辿り着く。
伊織が行っているのは【勝利の鉄槌】の使用時間の圧縮。
制限時間を短くすることでより異能の出力を上げているのだ。
それにより、伊織はこの爆発的な身体能力の強化を得ている。
そして、ここまで身体能力が上がっているということは制限時間は十秒ほどになっているはず。
しかし、それは本来はリスキーな行為。
制限時間を短くすればするほどその間に決着をつけなけば、異能を使い切り逆にこちらが倒されるリスクが上がるからだ。
だが伊織は賭けに打って出た。
この短い制限時間の間にスミスを倒すために。
伊織の予想外の賭けに、スミスは対応が遅れた。
(だが【異能無効】の発動は間に合う……ッ!)
スミスの懐に潜り込んだ伊織は、銃で撃たれた右足を踏み込む。
地面に伊織を中心とした同心円状のヒビが入った。
伊織の血が宙に舞う。
「──装填」
伊織がそう唱えた瞬間、右手に炎が宿った。
スミスが驚愕に目を見開く。
(ここでDNバレットを使用するのか!? だが……好都合だ!)
ギリギリ【異能無効】の発動は間に合う。
ここで切り札を使ってくれるならこちらにとっても好都合……。
スミスは【異能無効】を発動し、伊織の異能を打ち消す。
伊織の手に宿った炎が消えた。
同時に、スミスの【異能無効】の使用可能時間はゼロになった。
(切り札も消えた! これで私の勝ち……)
そこでスミスは伊織の不自然な点に気がついた。
(待て、そうだ。どうして、村雨少年は右足を踏み込んだのだ?)
先程踏み込んだのは左足だ。
右の拳を放つなら、どう考えても左足を踏み込むべきだ。
なのに、今踏み込んだのは右足だった。
その時、スミスの目に、伊織が左拳を握り込んでいることに気がついた。
(そうか! DNバレットはただの囮! 本命はこちらだったのか……!)
DNバレットは右手に意識を集中させるためのただの布石。
伊織はもとから左手で拳を放つつもりだったのだと。
(【異能無効】は使い切った! 防御……っ!!)
今までで最大の攻撃が来る! と悟ったスミスは身体強化の制限時間を圧縮し、出力を強化して防御に回した。
次の瞬間、規格外の破壊がスミスを襲った。
放たれたのはただの拳。
されど、村目流の基本技「鉄砕」であり、一番の破壊力を持つ技でもあった。
「ぐうぅぅぅぅうう……ッ!?」
しかしスミスは防御しきれず、十メートル以上吹き飛び、背後の柱に激突した。
口から血を吐き出す。
スミスは床に倒れ込み、粉塵が宙を舞った。
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