決戦 その二
(すまんな、少年)
スミスは心の中で謝罪する。
武を研鑽してきた者にとって、その全力を出させないように戦うことについてスミスは申し訳なく思っていた。
だが、それでもスミスは戦術を変えたりしない。
(だがこれが勝負の世界だ。どんな手を使ってでも勝つ。それがこの決闘を任された私の義務であり、使命なのだ)
スミスは伊織の背後に回り込み、拳を振るった。
だがしかし。
「そこだな」
「っ……!!」
伊織は難なくスミスの拳を受け止めた。
そして、伊織が村雨流の構えをとった。
(カウンターが来る! 防御を……なっ!?)
「村雨流。鉄砕」
剛拳。
両手で受け止めたスミスが二メートル後ずさった。
伊織の拳で飛ばされたのだ。
「だから言ったろ。透明化は効かないって」
「……それはどうかな」
スミスは透明化し、再度思考する。
(やはり威力がおかしい。私の方が確実に身体能力が上待っているはずなのに。村雨流……やはり恐ろしい流派だ)
異能による身体強化は、足し算ではない。掛け算である。
つまり、元の身体能力が高ければ高いほど身体強化の数字は高くなる。
伊織の【勝利の鉄槌】による身体強化と、スミスの【身体強化】の倍率は殆ど一緒。
そして伊織の体重はスミスの体重の半分ほどしかないだろう。
ということは単純に考えれば二倍の身体能力の差がある。
本来ならこれだけ差があれば同じ身体強化の異能持ち同士でも、互角どころか伊織の拳がスミスに効くことなどあり得ない。
なのに、まともに以上に伊織の拳はスミスに効いている。
(加えてこの異常な吸収力。危機察知など先程渡されたばかりなのにもう使いこなしている。普通なら異能とはある程度慣らすまでに時間が必要なのにもかかわらずだ)
やはり、この少年は危険だ。
スミスは警戒の段階をまた一つ引き上げた。
そして、一方伊織は。
(この危機察知、じいちゃんが教えてくれた村雨流の警戒の仕方に通ずるところがあるな)
伊織は祖父の言葉を思い出す。
『なに、資格外から攻撃が来るのをどうやって避けるのか? そんなもん気を張って殺気を感じたら避ければいいんじゃ!』
要は集中して感覚を研ぎ澄まして対応しろということなのだが、危機察知の異能はその感覚をブーストしてくれる。
そして、自身に向かう危機が分かるので、相手が拳を振るう様子や敵意さえ分かるのも大きい。
使えば使うほど汎用性が高い異能だと分かる。
(俺の攻撃は確実におっさんに効いてる。作戦はこのままカウンター主体で、どこかでDNバレットを撃ち込むきっかけを作る)
伊織は先程の二回の交錯思い起こす。
身体強化によってスミスの身体は強化されているが、手応えはしっかりあった。
このまま作戦は続行することを決意する。
ただ、と伊織は心の中で付け加える。
(ただ、おっさんの三つの異能を使ったコンボ……やっぱり分かっていても強い。特にあの身体強化を使った拳は意味が分からんくらい重い。構えからしてボクシングでもやってたのか? あの図体で技もあるとかズルいだろ)
伊織は心の中で舌打ちをする。
スミスの予想外の強さに。
あの動きは格闘技をしていたものの動きだ。
(まあ、あの見るからに筋肉ダルマの身体から繰り出されるパンチに、身体強化で掛け算するなんて強いに決まってるんだが……。あれだけは何回も受けるわけにはいかない)
拳を何度か開いたり閉じたりする。
ようやく痺れが取れてきた。
受け止められはするが、村雨流の技を使って受け流すのにも限界がある。
(どうにかして身体強化と危機察知が使える間におっさんを仕留めたい。だけどそのためにはあの身体強化をどうにかしないと……)
伊織は心の中でため息をついて呟いた。
同時にスミスも心の中で呟く。
((厄介だな……))
それぞれの思考を経て、両者はまた激突する。
だが、お互いにが考えているほど戦いは上手くいかなかった。
「ふんっ!!」
透明化を使って伊織の側面へと回り込んだスミスが拳を振るう。
透明化を保ったまま。
つまり、異能無効による伊織の異能解除を行わなかったのだ。
スミスの見立てでは、危機察知は攻撃が来る方向や敵意の方向は分かっても、距離は大まかにしか分からない。
もし危機察知の異能を使いこなし、研鑽を重ねていれば話は別かもしれないが、伊織は異能を受け取ったばかり、ましてやそんな高度な使い方ができるわけがない。
そして、その予想は当たっていた。
「なっ!? ぐっ……!!」
透明な拳は伊織の脇腹を捉えた。
しかし咄嗟に腕を差し込みガードする。
メリメリ、と骨が軋むような嫌な音が伊織の腕から鳴った。
(完全に不意を突いたのに防いだだと……!? まさか第六感でガードしたとでもいうのか……!!)
スミスの驚愕をよそに、今度は伊織がカウンターの構えになった。
今の攻撃によって、伊織の透明化しているスミスを完全に捉えていた。
(カウンターが来る!! 少年の身体強化を解除──)
スミスは異能無効を使い、伊織の異能を解除する。
自身の身体強化も解除されるが、伊織の身体強化で強化された村雨流を受けるよりは遥かにマシ──
「村雨流、破岩」
両手による掌底がスミスのアバラを捉えた。
掌底が深く、深く沈み込む。
「ぐうっ……!?」
肋骨が軋む痛みに耐えかねて苦痛に顔を歪めるスミス。
(バカな……!? 身体強化を使わないでこの威力!? イカれている!!)
たまらず変身を使って透明化し、体勢を立て直すために距離を取るスミス。
だが伊織は逃さなかった。
「逃さねえよ!!」
伊織は透明化しているスミスへ一直線に向かう。
(なぜ私のいる場所が分かるのだ!?)
この時、伊織はスミスの透明化に対して対抗するべく、危機察知の異能に使用条件の変更を加え、異能を強化していた。
それは「危機察知の異能を視界だけに使用を限定する」というもの。
つまり、危機の視覚化である。
透明化しているスミスも今の伊織にとっては丸見えだった。
「おらぁッ!!」
地面が割れんばかりの踏み込み。
腕を引きしぼり、全体重を乗せ、伊織は拳を放つ。
その拳は、スミスの腹部へとクリーンヒットした。
「がっ……!?」
今日一番の大当たり。
スミスはよろけ……しかし踏みとどまった。
「ぬぅぅぅぅううんッ!!!」
そして身体強化の異能を使い、全力で拳を放った。
伊織も同様に身体強化を使いガードしようとするが、遅かった。
顔面に拳がめり込み、伊織は五メートル後方に吹き飛ばされる。
粉塵が舞い上がった。
一瞬の静寂があり、先に口を開いたのは伊織の方だった。
「はっ、効くなぁ」
口元から血を流した伊織が親指で血を拭い、立ち上がる。
対してスミスは額に汗を浮かべ、肩で息をしながら腹部を押さえていた。
スミスは強がるように口の端を吊り上げ、笑う。
「そちらこそ、中々じゃないか」
二人の闘志は、まだ消えていない。
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