カチコミ

【アイリス視点】


「ふん、廃墟の中にこんなこ綺麗な場所があるとはな」


 アイリス・ロスウッドは足を組み、ソファに不遜に座っていた。

 睨みつけているのは因縁の敵、『狐』ことアダム・スミスだ。

 浅黒い肌。筋骨隆々とした恵まれた身体。オールバックになでつけた髪。そして、猛禽類のような鋭い瞳。

 スミスはアイリスの対面のソファに座っており、余裕たっぷりの笑みを浮かべて、アイリスの視線を受け止めている。


「なかなか捨てたものではないだろう。外はボロボロだが、四階部分はこうして綺麗にリフォームしている。我々の大切なアジトだからな」


 スミスの言葉の通り、外とは違い、この部屋は打って変わって綺麗だった。

 品の良い調度品や絵画が壁には飾られ、床には絨毯が敷かれている。

 高級ホテルのスイートルームと言われれば納得しそうなほどだ。

 アイリスは不満そうに鼻を鳴らす。


「はっ、こんなに堂々としていて、今までよく見つからなかったことだ」

「なに、こうして堂々とやっても問題ないくらいのツテがあるのだよ。今日は村雨少年は一緒ではないのか?」

「……伊織はクビにした」

「クビに? ああ、なるほど。そうか、大切だから遠ざけると、そういうことだな。ふむ、確かに少年を守るのにはそれが一番良いだろう。関わらなければ危険も及ばんからな。だがそれで良いのか?」


 スミスの問いかけに、アイリスは目を逸らした。


「貴様には関係のないことだろう」

「これは失敬。それもそうだ。迂闊に口を出すべきではなかったな。それで、だ。早速本題に移ろう。お互い、あまり長い時間顔を合わせたくはないだろう?」


 スミスはアイリスの前に一枚の髪を差し出す。


「これは?」

「誓約書だ。今後二度と私たちに手を出さないことをここで改めて誓ってもらう」

「こんな紙切れのサインごときに意味があるのか?」

「破ったらどうなるか分かっているだろう?」


 ガチャ、と音がした。

 部屋の四隅に立っている婆娑羅会のメンバーが銃を取り出した音だ。

 そして四人が……アイリスへと銃口を向けた。


「シャーロット、待て」


 アイリスの背後で立っているシャーロットの指がぴくりと動いたが、アイリスが制止した。


「『狐』、貴様は私のことを勘違いしているようだ」

「勘違い?」

「確かに貴様がいる限り、私は異能は使えず、ただの人間でしかない」

「道理だな」

「だが、こんな奴らに遅れを取るとでも?」


 銃口が光った。

 四回の銃声。

 しかし倒れたのは……アイリスに銃口を向けていた婆娑羅会の手下だった。

 アイリスは拳銃をスミスへと突きつける。


「どうせ小娘だから力づくでなんとかなると、我々の武力を舐めているのなら、その認識を改めたまえ。私たちが貴様の話を飲むのはひとえに私がそう判断したからだ」


 スミスはアイリスの眼光に全く動じた気配もなく、目を閉じて肩をすくめた。


「なるほど、よく分かった」


 アイリスは拳銃をホルスターにしまい、ソファに座り直した。


「ボス!!」

「なっ、これは……!?」


 部屋の中から銃声がなったことで、扉の外に立っていた手下が入ってくる。

 そして地面に倒れている四人の手下を見て驚愕に目を見開いた。

 すぐさまアイリスへと銃口を向けようとしたところで。


「落ち着け、気絶しているだけだ」


 スミスが手下を手で制する。

 その言葉の通り、倒れている手下は気絶しているだけだった。

 アイリスの使用している銃弾は非殺傷のもの。殺すことはできない。


「ですが……」

「私は大丈夫だと言っている」

「……申し訳ありませんでした」


 手下たちはスミスに睨まれるとすぐに大人しくなった。

 スミスは改めてアイリスへと向き直る。


「さて、勘違いしないでほしいが、今のは部下の暴走だ。私は決して君達を武力で従わせるような野蛮なことはしない。それは私の信念に反するからな」

「ふん、脅しておいて良くもぬけぬけと言えたものだ」

「大事なものを失いたくないのはお互い様だろう」


 スミスはアイリスの言葉を受けても余裕を崩さなかった。


「先ほどの破ったらどうなるか、という言葉は、貴族である君が一度受け入れるといった言葉を覆せないだろう、という意味だ。貴族は一度言った言葉を理不尽に覆したりしない、そうだろう? まぁ、色々な意味に捉えられるように言ったのは否定しないがね」

「……」


 アイリスは眉を顰めながらも、答えなかった。


「それとも、言葉を覆して私に決闘を挑むかね? 確かにそれも良いだろう。貴族の名誉というものを度外視するなら、私に勝つ唯一の方法かもしれない。だが──やめておけ。君は土俵にすら立っていない」

「土俵だと?」

「そうだ、端的に言うなら、君は命を懸けていない」

「っ」

「今の君は必死にもがく人間を、手下という駒を使い、絶望の淵へと叩き落とそうとしている。そんな人間が正義を名乗れるのか? いや、名乗れはしないだろう。だからもし君が正義をなさんと、そう願うのなら──命を懸けろ。全てをかけて戦え。そうすることで君は初めて私たちと同じ土俵に立つ。それで、決闘はするのかね?」

「……」


 アイリスは何も答えない。

 その沈黙を受け、スミスはアイリスへと紙を差し出した。


「では、改めて誓約書にサインを願いたい」

「……その前に確認がある」

「ふむ、なんだ」

「私が手を出さないなら、そちらも私たちに手を出して来ないんだな」

「もちろんだ。お互いに不可侵、これが今回の契約だ」

「では、そちらも誓約してもらいたい」

「私は信念に従い、一度言った言葉を覆したりしない」

「貴様は貴族ではないだろう」

「はは、確かにその通りだ」


 アイリスの意趣返しとも言える言葉に、スミスは笑った。


「よかろう、では少し時間をもらうが、今から誓約書を持って来させよう」

「準備していたのか?」

「商売上、組織同士でこうした不可侵条約を結ぶことは良くあるからな」

「用意のいいことだ」


 部下がスミスへと一枚の紙を渡した。


「これが、私が君達へと手を出さないと誓う誓約書だ」

「……良いだろう。では、私もサインをしよう」


 アイリスとスミスはそれぞれ万年筆、ボールペンを取り出し、その誓約書へサインを──

 ドォォォォォォォオオオンッ!!!!

 その時、爆発音が響いた。


「っ、何事だ!!」


 スミスはサインするのを中止し、顔を上げる。

 そしてすぐにアイリスの表情を確認したが、二人とも驚愕に目を見開いている。

 今まで様々な人間を見てきたが、どう見ても演技ではない。

 部屋の中に部下が飛び込んできた。


「ショッピングモールの反対側で爆発が怒ったようです!」

「原因は!」

「爆弾です!」

「爆弾ということは敵襲……? 一体誰が……。いや、待てまさか──」

「ボス、爆発現場にイナバがいました! 犯人はイナバと見て、今メンバーが向かっています」

「いや、これは陽動だ! 今ここにメンバー全員を……」


 スミスがそう部下へ指示を飛ばそうとした瞬間。

 部屋の扉が蹴り破られた。

 部屋の中の全員が、扉へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは──


「お礼参りに来たぜ、おっさん」


 不適な笑顔を浮かべた村雨伊織が立っていた。


「伊織!?」


 アイリスが叫んだ。


「村雨少年……!!」


 スミスは息を呑む。

 そして同時に困惑していた。

 なぜここに来たのか? と。

 その疑問に答えるかのように伊織が答える。


「俺さ、バカだからよく分かんないんだけどさ」


 伊織はゆっくりとスミスを指差した。


「俺の実力不足、イナバの借金、アイリスの覚悟、それにおっさんたち婆娑羅会の問題。──全部、俺がおっさんをぶっ飛ばせば解決する。そうだろ?」

「全く違う……!!! イカれているのか君は……!!?」


 スミスは叫んだ。

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