全員殴れば解決する


「俺がおっさんをぶっ飛ばせば全部解決する。そうだろ?」

「全く違う……!! イカれているのか君は……!!?」


 俺は自信満々にそう言ったのだが、怒られてしまった。

 だが、俺は自分の考えを曲げたりしない。


「いいや、違うね。俺がおっさんをぶっ飛ばせば全部解決する」


 俺はスミスのおっさんを指差してそういった。


「とりあえず俺と……」

「な、何をしているんだキミは……っ!?」


 その時、横からアイリスが割って入ってきた。


「なんだよ。いま大事なところなのに」

「なぜここにいるんだ! そもそもどうして私の場所が……いや、何してるんだキミは!!」

「落ち着けよ。質問が一周したぞ」

「この馬鹿者! なんで来たんだ! せっかく私がこれ以上危険に巻き込まれないように遠ざけたのに!」

「アイリス。お前は自分のことを偽善だとか言ってたけどさ。やっぱりそれは違うと思うんだよ」

「何を言って……」

「お前の正義は偽善なんかじゃない。その証拠に、俺はお前に救われたんだから。俺が保証してやる」

「っ……!?」


 アイリスと出会うまで、俺はずっとこのままクソみたいな生活を続けていくんだと思っていた。

 毎日バイト三昧で、ろくに飯すら食えなくて、なんのために生きてるのかもわからないまま働いて二億という多額の借金を返して、死んでいく。

 その人生を変えてくれたのは、アイリスなんだ。


「そ、そんな言葉には騙されないぞ! 私が一体どんな気持ちでキミをクビにしたと思って──」

「あのさ。お前は俺を大切だから遠ざけたんだろうけど」

「っどうしてそのことを……!?」


 アイリスは息を呑んだ。


「俺もお前が大切だから守る。お前が勝手にクビにしたんだったら、俺も勝手にお前を守る。それで良いだろ」

「キ、キミっ、何を言って……っ!? わ、私が大切……!?」

「ああ、大切だよ」


 だって、アイリスがいないと俺の借金が返せないし。


「……きゅう」


 突然アイリスは顔が真っ赤になった。

 そしてふらりとよろめいて、後ろのシャーロットに「お嬢様、お気を確かに」と受け止められている。

 ぐるぐると目を回したアイリス。

 何してるんだ? まあいいか。

 俺はスミスのおっさんに向き直る。


「村雨少年、私たちは今不可侵条約を結ぶところだ。この意味が分からんほど馬鹿ではないだろう?」

「分かんねえな。大体俺、クビにされたから関係ないし」

「不可侵の交渉をしたのは君がいた時だ」

「知らん。大体、俺は気絶してたから別にはいともいいえとも言ってねえよ」

「全く話が通じんな」

「ああ、ぶっ潰しにきたぜ、婆娑羅会」


 おっさんは呆れたように笑って額に手を当てている。

 そして、俺へと尋ねてきた。


「仮に私達を捕まえてどうするつもりだ? まさか命を切り捨てる覚悟が決まったのか?」

「その通りだ」

「なに……?」


 おっさんが眉をピクリと持ち上げた。


「俺はあんたを潰して、乗り越えていく。他でもない俺のためにな」


 俺の言葉におっさんは驚いたような表情になっていた。


「……そうか、覚悟が決まっているなら何も言う事はない。結局のところ、人間は自分の利益のために生きている。私だって娘のために法を犯しているわけだからな。お互いの利益が相反しているなら、残っている選択肢は闘争だけだ」

「だから言ったろ。潰しに来たって」

「なるほど、随分勇敢じゃないか。それで、たった一人でどうするつもりだ?」

「──こうする」


 ホルスターからガバメントを抜く。

 同時に俺は【勝利の鉄槌】を使って身体能力を飛躍的に向上させる。

 そしておっさんの隣にいる四人に向かって撃った。

 一人につき二発。

 不意を打ったので、おもしろいくらに棒立ちで倒れていく。

 しかし、装弾数が七発しかないせいで弾切れになり、最後の一人を倒せなかった。

 スライドが開いた瞬間、ガバメントを最後の一人の頭に向かってぶん投げた。


「ぐぇ……ッ!?」


 潰れたカエルみたいな声を上げて倒れる。


「よし、これで、あんた一人……」


『なんだ!!』

『銃声がしたぞ!!』


 その時、部屋の外から大勢が走ってくる音がした。


「……」

「……まさか、これで一対一に持っていくつもりだったのか?」


 おっさんがちょっと可哀想なものを見る目で見てくる。

 そうだったと言えない状況だ。


「どうやら、もう誓約を結ぶような状況ではなくなったようですね」


 シャーロットがそう呟く。


「お嬢様、こちらを」


 そしてアイリスへとサングラスを渡し、自分にもかけた。

 シャーロットがメイド服のスカートの中から取り出したのは──二つの閃光弾。

 それを纏めて優雅な仕草でピンを引き抜く。

 その瞬間、部屋に婆娑羅会の手下が流れ込んできた。


「村雨様は目をお瞑りください」


 そして、地面へと軽く閃光弾を放り投げた。

 俺は慌てて目を閉じる。

 その瞬間、閃光弾が破裂した。

 瞼の裏側からでも分かる程の光量が、新たに部屋の中に入ってきた手下たちを襲った。

 光が収まったので目を開けると、サングラスをかけたシャーロットはスカートの下から何かを抜いた。

 出てきたのは──二丁の短機関銃。

 確か名前はUZIだ。

 シャーロットはそれを、扉の方向へと向け、撃った。


 銃声が響いた。


 銃声と共にUZIが銃弾を吐き出す。


「私が突破口を開きます。ついてきてください。お嬢様は魔術で銃弾を防ぐ準備を」

「ああ」

「それでは参ります」


 そう言って俺達が走り出そうとしたところで。


「逃がすとでも?」

「っ!」


 俺は振り返って迫りくる拳を受け止めた。

 重い……!

 おっさんの両目は光を帯びている。

 恐らく身体強化の異能で身体を強化しているのだろう。

 おっさんは咄嗟に目を瞑ったのか、閃光弾に目が眩まなかったようだ。

 アイリスは指を鳴らし、おっさんに向かって魔術を放つ。

 炎が噴射される。


「ふんっ!」


 しかし予想通りというべきか、おっさんは異能無効を使い、炎と魔法陣もろとも消し飛ばした。


「先日の焼き直しだ。対応できるかな?」


 おっさんがそう言うと、身体がスゥッと透明に消えていった。

 俺は辺りを見渡す。


「【変身】で透明になったのか……!」

「伊織、後ろだ!!」


 アイリスの声に振り向くと、いつの間にかおっさんが回り込んでいた。


「ぐっ……!?」


 強烈なボディブロー。なんとか腕で防ぐ。

 重い……! 身体強化に制限を設けて異能の出力の高めてるのに、ここまで重いのか……っ!?

 いや、違う。これは殴られる直前に【異能無効】で打ち消されのだ。


「いいチームプレイだ。だが、いつまで持つかな?」


 おっさんはニヤリと笑ってまた透明になっていく……。


「くっ……!」


 俺は歯噛みをする。

 おっさんの拳は防げないこともない、だが【変身】、【異能無効】、【身体強化】の異能は確実に俺を削っていく。

 このままじゃ、負けるのは確実だ。

 その時、扉に向かってUZIを撃っていたシャーロットがちらりとこちらへと視線を向けた。

 そしてスカートの中からもう一つの閃光弾を取り出し、口で無造作にピンを抜く。

 そしておっさんの方へと放り投げた。

 フラッシュが部屋の中を照らした。


「ぬうっ……!?」


 するとスミスのおっさんも閃光弾は不意打ちだったのか、フラッシュをまともに食らったらしく目を押さえていた。

 当分はここから動けなさそうだ。


「今の内だ、逃げるぞ!」


 アイリスが叫ぶ。

 俺たちは走り出した。

 部屋の外に出ると、シャーロットが手下が少ない方へとUZIを撃ち、道を開ける。


「逃げたぞ!」

「追え!」


 背後から手下たちが追ってくる。

 同時に、俺達へ向けて銃を撃ってきた。


「とりあえず下の階に……くそっ、前からも来たか! チッ、挟まれたぞ!」


 銃弾を魔術で防ぎながら、アイリスが大きく舌打ちした。


「取り敢えずこっちの部屋へ入るぞ!!」


 ちょうど部屋があったので、俺は扉を蹴り破り中に入る。

 逃げ込んだ部屋の中には、ちょうどいい具合の分厚くてデカい円卓が置いてあった。

 机の上にはウィスキーのボトル、酒が入ったグラスやトランプが置いていたが、俺はそれを横に倒し、即席のバリケードにした。


 ウィスキーのボトル。酒が入ったグラス。トランプが宙に舞う。


「こっちに逃げ込んだぞ!」

「袋の鼠だ! ぶっ殺せ!!」


 それらが地面に落ちるのと同時に、入り口から部屋の中へ一斉に銃弾が撃ち込まれた。

 銃弾が部屋の中の壺や絵画を壊していく。

 俺達は円卓を背にしながら銃弾の嵐を耐える。

 しかし、やはり円卓は端の方がどんどんと削れている。

 このままでは俺達は確実に蜂の巣だ。


「ひとまず逃げ込んだは良いものの……絶対絶命ですね。取り敢えず撃ち返します」


 シャーロットはUZIを撃ち返す。

 だが、圧倒的に火力が足りない。


「このバカ! なんで来たんだキミは……っ!!」


 その時、アイリスが俺の制服のネクタイを掴んだ。

 口調こそ強いものの、表情は目に涙を浮かべながらニヤけているという、なんともよく分からない表情だった。


「私がどんな気持ちでキミのことを……! それなのにキミは、キミというやつは……っ! せっかく私が受け入れた提案も全てパーになったじゃないか!」


 ネクタイを掴んでぶんぶんと揺さぶってくるアイリス。


「よ、喜ぶのか怒るのかどっちかにしろ……!」

「ああもうっ……! 伊織、一つ聞きたいことがある!!」


 ちょっと頬を染めて睨んでくるアイリス。

 俺の制服の襟を掴んで、さらに顔を寄せてくると俺に問いかけた。


「なんだよ」

「さっきの言葉は本当か!?」

「さっきの?」

「私が一番大切だっていうのは、本当なのか?」

「あ、ああ、本当だけど……」


 あまりにも真剣な顔で尋ねてくるので、俺は思わず頷いた。

 あれ、一番大切って言ったっけ? まあ良いか。


「本当だな!? 言っとくが私は本気にするぞ、本気にするからな!? こんな人を食ったようなことばかり言って、面倒くさい女だけど、それでも良いんだな!?」


 自覚はあったのか。

 一瞬そう言いかけたが、真剣な表情のアイリスを見て、そんなことを言ったらボコボコにされそうだなと思った俺は踏みとどまる。


「ああ、本気だって」

「……分かった。それなら私も、腹をくくる」

「腹をくくる?」

「ああ、キミに私の二つ目の異能【危機察知】を渡す」

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