異能【勝利の鉄槌】

「模擬戦って、本当にやるのか?」


 道場にやってきた俺は、目の前に立つアイリスにそう尋ねた。

 俺の家には村雨流の稽古をするための道場があるが、広さの道場は至って普通の道場だ。

 ただ他と違うのは、『磨穿鉄拳』と書かれた掛け軸が飾ってあるのと、ボコボコに凹んだ分厚い鋼鉄の板が置いてあるくらいだ。


「ああ、もちろん。模擬戦をしてみた方が何かと分かりやすいだろう」

「主殿! 頑張ってください!」

「お嬢様はほどほどに頑張ってください」


 道場の隅で見学しているイナバとシャーロットが声援を送っている。


「さて、キミに渡した異能を話す前に、まずは異能の特徴について教えようか。座学の時間だ」

「勉強か……」


 俺が渋い顔をしていると、アイリスはおかしそうに口元に手を当てて、クスリと笑った。


「そう嫌そうな顔をするな、重要なことだ。さて、まずはキミに渡した異能の名を教えよう」

「そういえば、全然異能について知らなかったな……」

「【勝利の鉄槌ハンズ・オブ・ビクトリー】。それがキミの異能の名前だ」

「【勝利の鉄槌】……」


 俺は異能の名前を反復する。


「この異能の能力は二つ。身体能力を百倍程度まで引き上げる、制限時間内の劇的な身体能力の向上。そして超火力のエネルギー弾を撃つことができる」

「エネルギー弾って、蒼瀬に撃ったあれのことか?」

「その通り、あれのことだ。装填、と言えば手にエネルギーがチャージされ、それを相手に直接叩き込むことでエネルギーが放出される。この戦艦の主砲にも匹敵する威力を持つエネルギー弾を、私たちロスウッド家は英国の伝説の戦艦の名にちなんで

Dreadnoughtbulletドレットノートバレット、略してDNバレットと呼んでいる」

「戦艦の主砲か……確かにとんでもない破壊力だったな」

「そうだ。まあDNバレットは強力な分、弾数には限りがあるから使い所はきちんと見極めるんだぞ? あと危ないから人にはあんまり撃たない方がいい」


 なるほど。要は弾数の少ないロマン砲ということか。

 それと、異能を使った時の異常なまでに身体能力が向上してた理由も判明した。

 あれは【勝利の鉄槌】の効果だったのか。


「さて、今度は異能の特徴について説明していこう」


 アイリスはこほん、と咳払いをして話題を切り替えた。


「異能の特徴についてだが、まず異能は子へと遺伝する。これがキミを婚約者へとした理由だな」


 アイリスは二本目の指を立てる。


「次に、異能には異能機関によって定めているランクが存在する。上からABCDEの五段階だ。だが、これよりも上のランクが存在する」

「上のランクって?」

「Sランクだ。これはその異能の能力や出力が文字通り規格外、つまりABCDEの五段階では評価できないと判断された時に特別につけられる。だから、Sランクは最上位ランクというよりは規格外という区別のためのランクという方が適切だな。ただ、Sランクの異能はどれをとっても異質、強力であることは間違いない」

「へー。Sランクってたとえばどんなのがあるんだ?」

「そうだな。たとえば『不老不死』や、相手の異能の能力をそのまま使えるようになる『模倣コピー』がそれにあたるな」

「確かにそれは強そうだな……」


 アイリスは頷いて、二本目の指を立てた。


「そうだろう。そして二つ目の特徴だが、異能は任意で受け渡すことができる」

「俺に渡したみたいにか」

「そう。異能を渡す意思を持って、相手に自分のDNAが入ったものを渡すことで異能は受け渡せる。キミの場合は緊急だったから、そのキ、……キスで唾液を渡すしかなかったのだが」


 頬を染めたアイリスは咳払いをする。


「こほん、そして異能を受け渡すと必ず劣化する。ランクが下がるんだ」

「じゃあ、俺がもらった異能もランクが下がってるのか?」

「その通り。キミに渡した私が持つ三つの異能の一つ【勝利の鉄槌】は元々Aランクだった。どれだけ下がったのかを今からこれで調べていこう」


 アイリスはそう言って、片眼鏡のようなものを取り出した。


「なんだよそれ」

「これは人の異能の能力や出力など鑑定する異能具だ」

「異能具?」

「異能具とは、異能や魔術で様々な効果を付与した道具のことだ。他にもいろんな効果の道具があるぞ? 火を出したり、当てるだけで治癒効果のある水晶とかな」

「そんなものがあるのか、便利だな」

「ああ、だが便利なほどその分価格はとても高い。これは日本円に換算して五千万円ほどだな」

「ご、五千万!?」

「異能具の値段はピンキリだが、これは異能の能力や出力まで分かるからかなりお高いんだよ。さて、それではキミの異能がどれほどか測っていこうか」


 アイリスは片眼鏡をかけ、顎に手を当てて俺を覗き込んでくる。


「……」


 するとアイリスは突然汗を流し始めた。


「どうしたんだよ。ランクはどうなってたんだ?」

「……Eランクだ」

「Eランク!? 最低ランクじゃん!」

「ああ、本来ならここまで劣化することは稀なんだが……まあ、未だ異能がキミの身体に馴染んでいないのと、キミと私の異能の相性が悪かったんだろう。だがそう焦ることはない、時間が経てばキミの身体にも異能が馴染んでいって、次第にランクも上がっていくはずだ」

「ちなみに能力はどれくらい劣化したんだ……?」

「幸いにも能力自体は劣化していないが……制限時間がとんでもなく短くなっている。身体強化はおよそ十分程で、DNバレットは一日一発しか撃てなくなっている」

「十分!? 短すぎだろ!」

「まぁ、高出力な異能だったからもともと制限時間は短かったが……。それでもAランクの時は身体強化は一時間以上、それとDNバレットは十回は撃てた。まさか一回とは……」


 アイリスは額に手を当てている。


「えぇ、弱くなりすぎだろ……大丈夫なのか?」


 普通に考えれば異能自体強いのだが、元の能力を考えればかなり弱体化している。

 思わず不安を漏らすと、アイリスは安心させるように頷いた。


「大丈夫だ。異能が劣化したことは嘆かわしいが、異能にはランクが低くてもやりようがあるのだ」

「なんだよそれ」

「それを今から教える。では、模擬戦を始めよう。伊織、まずは異能を発動してみろ」


 俺は異能を発動する。


「こうか?」

「うん、できているな」


 俺が異能を発動できたのが分かると、アイリスは頷いた。


「レッスンワン。異能は基本一人一つしか持ってない。ただ、当然私のように複数個異能を持っている可能性があることは常に想定しておけ。そして、相手が異能を発動すると、必ず分かる」

「必ずわかる? なんでだ?」

「異能を発動すると目が光るのだ。こんなふうに」


 アイリスの目が光った。


「うわ、本当だ

「キミも光ってるぞ、ほら」


 アイリスが指差した方向を見ると、シャーロットが鏡を俺の方向に向けていた。

 そしてその鏡の中の俺は──目が光っていた。


「この通り、異能を発動すれば目を瞑っていない限り誤魔化せない。だから異能持ちは必ず分かるというわけだ。さて、実践だ。伊織、私にかかってこい」

「は? え、いや……」


 俺は躊躇した。

 アイリスの格好はお嬢様っぽい服装で、どう考えても戦えるようには見えないし、じいちゃんの教えで女子と戦うっていうのはちょっと抵抗が……。


「超絶美少女で婚約者の私を前にして遠慮しているのは分かるが、いいからかかってこい」

「よし、行くぞ」

「ちょっとは躊躇しないか!!」


 アイリスが変なことを言い出したので、俺は村雨流の構えをとったのだが、なぜか怒られてしまった。


「はぁ……。忠告しておくがDNバレットは使うなよ? 私があれを当てられたら死ぬ予感しかしないからな」

「はいはい」


 俺がやる気になったのを見てアイリスは表情を引き締める。


 ピリ、と道場の空気が少し張り詰めた。


 俺は一歩踏み出した。

 その瞬間、アイリスが指を鳴らした。


 空中に魔法陣が展開され、そこから電撃が伸びてくる。

 俺がそれを避けようとした瞬間、足が固定された。


 いや、違う。

 足元を見れば、俺の足元に気づかれないように小さく展開された魔法陣から光の鎖が伸びてきて、俺の足を拘束していたのだ。


「足元不注意だ。伊織」


 前を見れば、アイリスはしてやったりと笑っていた。


「ぐ……ッ!」


 電撃が俺を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る