美少女忍者の主殿になった
「主殿しかもう頼る人がいないのでござる!」
「ちょ、ちょっと待て。何だその主殿って」
「あ゛る゛し゛と゛の゛お゛ぉぉぉぉぉ! イナバを助けてください゛ぃぃぃぃ!!」
「ちょ、一旦離れろって……!」
主殿ってなんの話だ?
俺は困惑しながら、泣きながらしがみついてくるイナバと名乗った少女を引き剥がそうとした。
しかし背筋に冷たいものを感じて、ハッと振り返る。
「キミ、何をしているんだ……?」
笑顔を浮かべたアイリスが腕を組んで、指をトントンとしていた。
ただし、その顔は全く笑ってない。
「私という婚約者がありながら他の女子を侍らせるとは、随分いいご身分じゃないか。え?」
「抱きつかれたのは俺のせいじゃないんだが!?」
「彼女はキミを知ってるみたいだが?」
「本当にマジで初対面だって!」
アイリスが冷たい視線を送ってくるので、無理にでもイナバを引き剥がす。
「とりあえず落ち着けって」
「う、うう……イナバは、イナバはもう限界なのです……」
イナバは制服の裾で涙を拭う。
アイリスはため息をついて、イナバにハンカチを差し出す。
「はぁ……。ほら、これを使え。兎にも角にも話を聞かねば始まらん」
「かたじけないでござる……」
イナバはアイリスからハンカチを受け取る。
そしてイナバが落ち着くと、アイリスは質問した。
「まずは状況を整理しよう。キミの名前は」
「イナバの名前は稲葉ひふみでござる。イナバのことはイナバと呼んでください」
「私はアイリス・ロスウッドだ」
「シャーロット・ホワイトでございます」
アイリスとシャーロットがそれぞれ自己紹介する。
俺それに続いて自己紹介しようとしたのだが。
「俺の名前は……」
「知ってるでござるよ。村雨伊織殿でござるよね?」
「なんで知って……」
「イナバの家系は代々村雨家を陰から補佐する家系で、主従の関係なのです。主殿は知らなかったのでござるか?」
イナバは首を傾げる。
「すまん、全く知らなかった……」
記憶を辿るが、じいちゃんは全くそんなこと言ってなかった。
イナバはガーン! とショックを受ける。
「そうなのでござるか!? まあ、近年は関わりすら無かったそうなので仕方がないですね……」
「…… なぁ、さっきから気になってたんだが、そのござるってなんだ?」
俺は流石に突っ込まざるを得なかった。
「このござるはイナバの口癖なのでござる。イナバ、忍者でござるので」
「いや別に。なるほど、陰から支えるってのは忍者ってことか。ウチは侍だったらしいし、主従っていうのはありえるな」
俺がイナバの言葉に納得していると。
「ニンジャ!?」
アイリスが食いついた。
「ニンジャと言ったか!? 今ニンジャって!」
「そ、そうでござるけど……」
首を傾げるイナバにアイリスは「なんということだ!」と頭を抱える。
「え、えっと何か問題が……?」
「いや全く問題ない! まさか本物のジャパニーズニンジャと出会えるなんて思ってなかっただけだ!」
「お嬢様はずっとニンジャに憧れてましたので」
興奮しているアイリスに代わりシャーロットが俺たちに説明してくる。
「えっ、ニンジャに……?」
「英国から日本に来る最中もずっとニンジャのことを仰ってました」
「? なんだかよく分からないけど、イナバ人気者でござる? ニンニン」
イナバがパァッと笑顔になり、漫画やアニメで忍者がよくやる印を結ぶポーズをとる。
「絶滅したと聞いていたが、本当に出会えるとは……!」
アイリスはよほど嬉しいのか、瞳を輝かせながらブンブンと手を振っている。
普段は貴族然とした振る舞いをしているアイリスだが、こうして見ると年相応なのだと実感させられる。
だが興奮しすぎているせいで質問することを完全に忘れているので、俺はアイリスを制止した。
「とりあえず落ち着けって、話が進まないから」
「そ、そうだな……」
アイリスはハッと我に返ると、恥ずかしそうに頬を染めると咳払いをした。
「イナバ、なぜ奴に襲われていた」
「あの人はイナバの借金取りなのでござる。まだ返済日じゃないから返せないって言ったら襲ってきたのでござる」
「借金とは?」
「イナバの家は大きいのでござるが、古いので維持費が結構かかるのでござる。それに道場もあるので借金をしないといけなくて……」
「両親とかいないのか?」
「両親はすでに鬼籍に入ってるでござる。親戚も頼れなくて……」
イナバはシュンとした表情になった。
「すまん、変なことを聞いて」
「いいでござる。もう何年も前のことなので」
イナバは首を振った。
アイリスがイナバに質問する。
「それで、匿って欲しいとはどういうことなんだ?」
「そうなのです! 今、イナバの家の周りにあの借金取りの人たちが見張ってて、帰れないのでござる! 主様、どうかこのイナバを匿っていただけませんか!」
「いや、そう言われてもな……」
「私は別に良いと思うぞ。幸い部屋にはまだ空きがあるんだから匿ってやれば良いじゃないか。忍者だし」
アイリスが賛成の意見を述べる。
「最後のが本音だろそれ」
「お願いです主殿! 少しの間で良いんです!」
「いやだ」
「どうしてでござるか!?」
「うーん、だって怪しさ満点だし……」
「イ、イナバは怪しい忍者じゃないでござるよ!?」
「いや、忍者って大体怪しいもんだろ」
「あれ? そう言われればそうでござるね?」
「んじゃ、納得してもらえたみたいだしここで……」
「わー! 待ってください主殿!」
イナバが俺の制服の裾を引っ張って引き留めてきた。
「俺はお前の主殿になったつもりはない!」
「主殿は主殿です! イナバが今そう決めました!」
「今決めたって言ったよな、今!?」
「どうしてこのいたいけな忍者を放って置けるのでござるか!」
「どう考えてもお前から厄介ごとの匂いしかしないからだ!」
あと本当に助けて欲しいやつは自分からいたいけとか言わない!
「イナバ、主殿のお役に立ちます! 異能だって持ってるのでござるよ!」
するとイナバの言葉にアイリスが我に返った。
「むっ、そういえばそうだったな。イナバ、キミはどんな異能を使えるんだ?」
「はい! 風を操れるでござる!」
「それってどんなことができるんだよ」
「えーと、こう、強い風をビューっと吹かせたり、風に乗って素早く移動できたりすることができるでござる!」
イナバがえへん! と自慢げに胸を張る。
「……解散」
「なぜでござるか!?」
めちゃくちゃ弱そう。
「風遁ってやつだな! すごい、ますますニンジャっぽいな!」
しかしアイリスは俺とは正反対に、目をキラキラと輝かせていた。
「今の説明を聞いてそんなに興奮してるのはお前だけだよ……」
「えっ、今の説明そんなにダメだったのでござるか……? うぅ……あ! えっと実践するでござる!」
イナバはそう言って駆け足で俺たちから十メートルほど離れると、こちらに手を振った。
「今から風のバリアを張るので、イナバに何か石を投げたり、銃を撃ったりしてくれないでござるか? ……むん!」
イナバの瞳が光ると、イナバの前に縦二メートル、横三メートルほどの長方形の空気の層みたいなのが作られた。
「準備できたでござる! さ、今からなんでもしてください!」
「ふむ、私が撃とう」
アイリスがそう言ってスカートのホルスターから銃を取り出し、イナバの風のバリアに向けて発砲した。
パァン!
乾いた音と共に銃弾がイナバに放たれた。
しかし、その銃弾はイナバの風のバリアに当たると、そのまま落下していった。
「おお、本当に防げているじゃないか! さすがニンジャだ!」
「確かに銃弾を防げるのはすごいな……」
「本当でござるか!?」
俺が素直に感心していると、ここが自分の売り込みどきだと思ったのか、イナバがさらに説明を加えてる。
「それだけじゃないでござるよ! 他にも風を刃みたいに飛ばしたり、風で相手の体勢を崩したり、空気の大砲を飛ばしたりすることができるでござる!」
「色々出来るじゃん。なんでそれを最初に言わないんだよ……」
あの弱そうな擬音の説明からは想像もつかないような優秀さだ。
「本当でござるか!? じゃあ、イナバを匿って……」
「いや、それはちょっと」
「なぜでござるか!?」
「だって怪しいし……」
なんか胡散臭いんだよな。
「忍者だから怪しいに決まってるでござるよ!」
「そうだぞ伊織! ニンジャな上に風遁まで使えるなんて最高じゃないか! 匿ってやれば良いじゃないか!」
アイリスがイナバに抱きつき、擁護してくる。
「ダメ!! ウチでは飼えないから元のところに戻してきなさい!」
「やだ、絶対やだ! 連れて帰るもん!」
俺がダメだというとアイリスは頬を膨らませて、さらにイナバに抱きつく。
ダメだ。ニンジャに対する愛が強すぎて駄々をこねる子供みたいになっている。
「主殿……イナバを助けてください」
同時に、イナバがまるで捨てられた子犬みたいな潤んだ目で、上目遣いにお願いしてくる。
「ぐっ……!」
元々犬っぽいイナバがその目をすると、俺の中で罪悪感が一層引き立てられる。
イナバがじっと俺の目を見つめてくる。
「……ああもう、分かったよ! 好きにしてくれ!」
俺は両手をあげて降参した。
「ありがとうございます主殿!」
俺たちは忍者を匿うことになった。
***
「お、美味しいでござる……!!!」
シャーロットの作った夕飯を食べたイナバは涙を流しながら食べていた。
「こんなに美味しいご飯久しぶりでござる……!」
「こんなに感動していただけるなら、作った甲斐もありますね」
シャーロットは無表情ながらもどこか嬉しそうだ。
「イナバ、ずっとまともなご飯を食べれてなかったので感激でござる」
「今までどんな食生活だったんだよ……」
「お金がないので、ずっと雑草を食べてたでござる」
「雑草……」
アイリスが青い表情になっていた。
貴族のお嬢様であるアイリスには想像もつかないような食事だろう。
「雑草って、俺より酷い食生活だな……」
「私はお腹を壊さないのか心配です」
「忍者はお腹が丈夫なので大丈夫でござるよ」
「おお、さすがは忍者だ!」
「忍者ならなんでも良くなってないか……?」
はしゃぐアイリスに、俺はそうツッコミを入れた。
「それはそうと伊織。この後、道場に行くぞ」
「道場……? なにするんだよ」
俺の家、もとい元じいちゃんの家には道場がついている。
昔はここで村雨流の門下生に稽古をつけていたらしいが、今はほとんど俺の稽古場として扱っている。
道場に行くってことは、何か身体を動かすことでもするのだろうか。
アイリスはニヤリと笑う。
「模擬戦をするんだよ」
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