初めての異能バトル

「お前も使っていいんだぜ、異能。異能機関? ってとこのエージェントなら異能くらい持ってるだろ?」


 蒼瀬はぐるぐると肩を回しながら伊織へとそう言った。


「生憎だけど、使い方が全く分からなくてな」

「えっ、マジで……?」

「マジだ」


 蒼瀬は驚いた表情になり、「マジかー……」と呟きながら、頭をポリポリとかいた。

 腕を組んでうーん、と悩んだ後、カッと目を見開く。


「しゃーねぇ! 俺だけ異能を使うのもなんだし、代わりに俺の異能を教えてやるよ!」

「出来れば使うのをやめて欲しいんだけど」

「それはヤダ!」


 蒼瀬は子供みたいにそう言った。

 そして異能についての説明を始める。


「俺の異能は『衝撃波インパクト』! 文字通り衝撃波を出すことができる。ほら、こんな感じに。シンプルだろ」


 蒼瀬は空中に向かってシャドーボクシングをする。

 すると拳の先からパンッ! という音と共に衝撃波が発生した。


「そして、こうやって衝撃波を固めて、溜めて、打ち出せ、ば!」


 さきほど伊織に向かってそうしたように、蒼瀬は腕を引き絞り、打ち出す。

 パァンッ!


「まるでパンチを飛ばすみたいに、衝撃波を飛ばすことができる。どうだ、結構強ぇだろ?」

「つまり、近接攻撃系っぽく見せて、飛び道具もあんのかよ……」


 伊織は冷や汗をかいた。

 戦闘において、リーチとは正義である。

 武器がなく素手しか戦闘手段がない今、蒼瀬は伊織にとっては相性の悪い相手と言って良かった。


「そういうこと。じゃ、再開するぜ」


 蒼瀬は伊織の返事を待たずにまた拳を引き絞る。


「っ破ァッ!!」


 掛け声と共に衝撃波がやってきた。


「くっ……!」


 伊織はその衝撃波を腕で受ける。


(落ち着け。じいちゃんに死ぬほど叩き込まれてきただろ、冷静になれ)


 伊織は息を吐いて心を落ち着けた。

 戦闘中の冷静さは修行を始めた七歳の頃から祖父に叩き込まれているものであり、村雨流の基本中の基本でもある。


(衝撃波の異能は、確かに強い。遠距離攻撃で威力は高いし、普通の奴なら距離を縮めることすら難しいだろう。だが……)


 が、対処は容易い。

 衝撃波の軌道は一直線。

 なら、その直線から身体を逸らせば、簡単に避けれる。


 今、蒼瀬は拳を振り抜いた状態だ。

 それにあの衝撃波を放つまでにまた溜めが必要になる。


 距離を詰めるなら今だ。

 伊織はそう判断し、蒼瀬に肉薄すると。


「……別に、衝撃波を打てるのが拳だけって言った覚えはないぜ?」

「っ!?」


 次の瞬間、蒼瀬の全身から衝撃波が放たれた。

 先ほどのように密度はないので衝撃波自体は弱いものの、不意打ちによって伊織は体勢を崩される。


「オラァッ!!」


 そこに追撃するように蒼瀬の拳が迫る。

 その拳は腕に当たった瞬間大きな衝撃波を発し、伊織をガードの上から吹き飛ばした。

 十メートルは後方に飛ばされた伊織は体勢を立て直す。

 しかし、距離が離れてしまった。


「行くぜ、ラッシュだ!!」


 蒼瀬の宣言通り、ラッシュがやってきた。


「ほら、ワンツー!!」


 避け切れないほどの衝撃波の攻撃がやってくる。

 重くはないが、あまりにも手数が多い。


「どうした! ガードばっかりだぜ!」

「くっ……!」

「もっかい重いの行くぜ!」


 蒼瀬が拳を引き絞る。


「っ破ァッ!!」


 強力な衝撃波が伊織のガードの上からとはいえ直撃し、しかし確実に伊織の体力を削っていった。


「どうした、攻めてこないのか!?  このままじゃ一方的に殴って終わりなんてつまんねぇ結果に終わっちまうぜ!」

「っ……!」


 蒼瀬の言葉に伊織は歯を噛み締める。

 攻めたいのは山々だが、攻めることができないのだ。


 接近してもまたあの衝撃波で体勢を崩される。

 加えて、異能を使う人間との初めての戦闘。

 伊織は攻めあぐねていた。


「伊織! 装填と言え!」


 その時、伊織が劣勢と見たアイリスが伊織に向かってそう叫んだ。


「アイリス……?」

「キミの中にはすでに異能がある! 使い方は本能で分かるはずだ!」

「おいおい! 邪魔は無しだぜ!」


 蒼瀬がアイリスへ向かって抗議した。

 負けじとアイリスもそれに応戦する。


「これは邪魔ではなくアドバイスだ! 大体、そっちばかり異能を使ってて狡いじゃないか! ちょっとくらい助言をしても構わないだろう!」

「むっ、それもそうか……?」


 蒼瀬はアイリスの言葉にも一理あると思ったのか、腕を組んで考え込む。


「あの、お嬢様……」

「しっ、奴はバカだ。丸め込めそうだから何も言うな」


 そんなシャーロットとアイリスの会話は考え込んでいる蒼瀬には聞こえていなかった。


「うーん……じゃあ助言ありで!」

「アリなのかよ……」


 伊織は呆れたように息を吐く。


「確かに俺だけ異能使えるってのも微妙だしな。でもこっからはもう助言は無しだ! それで良いよな!」


 蒼瀬はアイリスに向けてそう言った。


「構わん。必要なことはもう伝えた」


 アイリスは肩を竦める。


「え、助言それだけ? もっと欲しいんだけど」

「ダメだ。あとは自分で考えろ」


 伊織はアイリスに追加の助言を求めるが、アイリスはにべもなく断った。


「じゃ、始めるぜ」

「はぁ、まじかよ……」


 仕方なく伊織は拳を構える。

 蒼瀬は拳を引き絞る体勢になっていたが、反対に伊織は目を瞑っていた。

 集中するためだ。 


「確か、使い方は本能的に分かるんだったよな……」


 伊織は精神を自分の中へと集中させる。

 すると不思議とまるで昔からできていたかのように、驚くほど簡単に異能についての使い方が理解できた。

 そして、自分の中にある力の塊。これこそが……。


「そうか、これが異能か」


 目を開けた伊織の瞳は、輝いていた。


「っ破ァッ!!」


 掛け声と共に衝撃波が飛んできた。

 しかし伊織はその衝撃波が当たる寸前で……避けた。


「チッ……!」


 蒼瀬が舌打ちして、また衝撃波を乱打する。


「その技はもう見切った」


 だが、伊織はその技を完全に見切っていた。

 蒼瀬はジャブを打つように何発かの衝撃波を放った。

 伊織はそれを余裕を持って避ける。


「なんでだよ! さっきまでなす術なく俺のラッシュを受けてたのに……!」

「別に、なんの策もなく受け続けたわけじゃないって。お前が衝撃波を打ってからどれくらいで俺に当たるのかを数えてたんだ。もう衝撃波がくるスピードは完全に覚えた。あとは直線にしかこない衝撃波を避けるだけだ」

「く……っ! なら、もっと速く、強く打つだけだ!」


 蒼瀬の表情から、先ほどまであった余裕が消えた。

 そして蒼瀬は拳を引き絞る。

 身を引き、筋肉に全力で力を込め、溜めを作っていく。

 蒼瀬の拳の先に集まっていく衝撃波が、どんどん大きくなっていく。

 限界まで密度を重ねたその衝撃波は、蒼瀬が今まで打ってきた衝撃波の中で間違いなく一番威力が高かった。


 伊織は蒼瀬の衝撃波に対抗するように、一言呟いた。


「──装填」


 その瞬間。

 砲弾が装填されるような音と共に、伊織の右拳に炎が宿った。


 蒼瀬が衝撃波を放つ直前、伊織は瞬時に距離を詰める。

 それは人間の身体能力をはるかに超えたスピードだった。


「っ!? っオラァッ!!!」


 蒼瀬は一瞬驚愕したものの、構わず最高威力の衝撃波を打つ。

 同時に伊織も炎を纏った拳を蒼瀬へ向けて打っていた。

 二つの拳が衝突する。

 蒼瀬の衝撃波と伊織の拳がぶつかった瞬間、まるで戦艦の主砲が発射されたような爆音が響き渡った。


 両者の衝突。

 勝ったのは……伊織だった。

 蒼瀬の全力の衝撃波など比にもならないようなエネルギーが、伊織の拳から発せられた。


 蒼瀬に出来たのは衝撃波を発して後ろへ自分から飛び、少しでもダメージを減らすことだけだった。

 蒼瀬が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた蒼瀬は気絶していた。

 決闘の勝利条件は、相手の降参か戦闘不能。

 つまり、伊織は勝ったのだ。


「な、なんだこれ……」


 しかし伊織は勝利の余韻に浸るどころか、恐るように自分の拳を見つめていた。


「伊織っ!」

「アイリス……」


 アイリスが駆け寄ってくる。


「よくやった! ……と言いたいところだが、一つ確認させて欲しい」


 アイリスは伊織の肩を掴み、質問した。


「なんだよ」

「……異能を知らないってホント?」

「本当だよ」

「じゃ、じゃあムラサメリュウというのは……!?」

「普通に武術の名前だけど」

「……まじかー」


 アイリスがこめかみを摘んで、天を仰いだ。


「なんで蒼瀬みたいな反応してるんだよ」


 伊織がアイリスに突っ込む。

 その時だった。


「主殿っ!!」

「は?」


 伊織は素っ頓狂な声を上げる。

 なぜなら緑色の目を潤ませた少女が、いきなり伊織に抱きついてきたからだ。


「なっ」

「わお」


 アイリスとシャーロットが驚いた声を上げる。

 いきなり抱きつかれて伊織が困惑していると、


「イ、イナバを匿ってくださいでござる!」


 イナバと名乗った少女はそう言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る