模擬戦闘


 たまらず俺は道場の床の上に倒れ込む。

 すでに手や足は痺れて全く動かなくなっていた。


「勝負あり、だな」


 アイリスが上から勝ち誇った顔で覗き込んでくる。


「レッスンツー。このように、異能にも相性がある。キミの【勝利の鉄槌】の能力による身体強化は確かに汎用性が高く、身体能力が跳ね上がるが、このように電撃や毒などにめっぽう弱い。異能には相性があるということを身体で覚えることだ」


 電撃による痺れは一時的なもののようで、すぐに呂律が回るようになってきたので、俺はアイリスに向かって恨み言を吐く。


「こ、こんなの…………勝てない……だろ」

「ふむ、ちょっと電撃を強くしすぎたか。シャーロット、治療してやってくれ」


 アイリスがそう言うと少し離れたところで俺たちを見守っていたシャーロットがやってきて、俺のそばにしゃがむと手をかざしてきた。

 すぐにその手から温かい感覚が体に流れ込んでくる感覚を覚えた。

 これは……アイリスに治癒魔術で撃たれた傷を治してもらった時の感覚に似てるな。


「シャーロットの持っている異能は【治癒】。キミが銃で撃たれた傷を治したのも彼女だ」


 しばらくすると身体が楽になってきて、起き上がることができた。


「シャーロットの異能のランクはCだ。銃創や骨折くらいなら治してもらえるが、腕を生やしたりすることは出来ないから注意するように」

「……やっぱり異能のランクによって強さが決まるんじゃないか。さっきのどうとでもなるってのはどういうことなんだよ」


 俺はアイリスの言葉を思い出す。

 アイリスは確かに俺の異能がEランクと分かった時、「ランクが低くてもやりようがある」と言っていた。


「ふふ、知りたいか?」

「もったいぶってないで教えろよ」

「よかろう。いいか伊織。異能には拡張性が存在する」

「拡張性?」


 馴染みのない言葉に俺は首を傾げる。


「つまり、異能の能力や出力は変えることができる。もちろんそれをするには条件が必要だが」

「条件ってなんだ」


「制限のことだ。妥当性のあるデメリットを異能に設けることで、メリットを享受することができるんだ。いまいちパッと来ないだろうから、ゲームの縛りプレイだと考えてくれればいい」

「なるほど、それなら俺にも分かるな。俺あんまりゲームしたことないけど」


 両親が死んでからはずっとじいちゃんに村雨流の修行漬けにさせられたからな。

 じいちゃんもあんまりお金なんて持ってないし、ゲームなんてできなかったのだ。


「結構。では、一番オーソドックスな条件付けをしよう。異能の制限時間を縮めるんだ。十分から五分に縮めてみろ」

「了解」


 アイリスの言う通り、制限時間を五分に制限して異能を発動する。

 そんなことできんのか、と思ったがこれも意識すればなんとなく理解できる。


「制限時間を五分に縮めたぞ」

「うん、瞳の光も増している。ちゃんと制限できてるな」


 アイリスは俺の瞳を覗き込んで確認する。


「今、キミの身体強化は時間を十から五分に制限した分、二倍になっている。そこに元の能力の二倍をかけて二百倍。これがキミの今の身体強化の能力だ」

「確かに……強くなってる気がするな」


 身体から溢れ出る力とか、活力がいつもと段違いだ。

 それに感覚も触覚も全てが経験したことがないくらい鋭くなっている。


「逆に、制限時間を伸ばしたいときは身体能力の数値を下げるといい。さて、この状態でもう一度戦ってみよう」

「え? いや、流石にこの状態だと勝てる気しかしないんだけど……」


 もうあの魔術は見たし、避けられることも加味して動く。

 それに加え、今の俺の身体能力は二百倍。どう考えても勝てる気しかしない。


「良いから、ちょっとあっちに離れて戦え」


 アイリスに促されるまま少し離れたところに立つ。


「合図したらかかってこい」


 そう言ってアイリスは指を鳴らすと、魔法陣を展開して自分に魔術をかけ始めた。


「何やってるんだ」

「強化の魔術を自分にかけているんだ」

「おい、自分だけ魔術で強化するの狡くないか」

「敵がいつでも事前準備も無しでフェアにで戦ってくれるとでも?」


 俺が不平を述べるとそんな正論が返ってきた。

 全くもってその通りだったので、俺は黙ってアイリスが強化し終えるのを待つ。


「よし、強化終わりだ。かかってきていいぞ」

「じゃあいくぞ」


 アイリスから許可が出たので、俺は足を踏み込もうとしたその時。


 パァンッ!!!


 破裂音と共に肩に強い衝撃。

 じいちゃんから拳を食らった時と同じぐらいの衝撃を受け動きを止められた俺は、アイリスが手に持っていたものを指差した。


「おい、それ……」

「レッスンスリー。ほとんどの異能持ちが防ぐことができず、どんな異能持ちでも一瞬で無力化できる武器がある。それが──銃だ」


 アイリスが手に持っていたのは拳銃だった。


「おいふざけんな! いきなり撃ってくるやつがあるか!」


「安心したまえ。撃ったのは弾は非殺傷弾だよ。だがこれで身をもって銃の威力が分かっただろう。異能持ちも人間だ。銃弾を喰らえば負傷するし、大抵の人間は一発喰らえば戦闘不能に陥る。加えて、銃弾を防げる異能を持っている人間はごく少数だ。実際、異能持ちの戦いでは必ず銃を交えた戦いになる」


 アイリスは近づいてくると、俺にその銃を手渡した。


「これをキミに渡しておく。必ず必要になるからな。弾は非殺傷弾を支給するのでそれを使え」

「なるほど。じゃあ、自衛のために貰っとくが……その前に二つ質問がある」


 俺はその銃を受け取った。


「一つ目。なんで実弾を使わないんだ?」

「異能機関のルールとして、極力人を殺さないことになっている。我々は平和の組織だからな」

「なるほどな。二つ目。……なぁ、これって犯罪じゃないのか?」

「……銃弾は実弾じゃないから」


 アイリスは俺から目を逸らしてそう答えた。


「ふざけんな! 本体は本物だろうが! 職質されたら捕まるぞ!」


 本物の銃を持ってることがバレたら普通に捕まるってことだろそれ。


「まあまあそう言うな。キミも銃を持ちたくはないだろう。だが、持たざるを得ない状況なんだ」

「……どういうことだ?」


「話は変わるが、私の家、ロスウッド家は異能持ちの中では珍しく異能を二つ継承している家だった」

「おい」


「まぁ聞きたまえ。関係のある話だ。私の家に伝わる異能は勝利の鉄槌Aと危機察知Cの二つ。先ほど目を瞑りながらキミの手刀を避けたのは危機察知Cの能力だな」

「ああ、なるほど。そういう異能だったのか……」


 俺は今更ながら、攻撃が避けられた理由に納得する。


「その上、私は生まれた時から魔力Cの異能も持っていた。つまり、合計三つの異能を持っていたと言うわけだな」


 俺はアイリスの話を頭の中でまとめて、結論を出した。


「……それ最強じゃん」


 全盛期のアイリスは常人をはるかに凌駕した身体能力を長時間維持し、戦艦の主砲並みの火力を持ってて、魔術で遠距離もカバーし、危機察知で奇襲もできない。

 そんなチートみたいな人間だったのだ。

 もう呆れた声しか出ない。


「そう、あの時の私はまさしく強かった。自分で言うのもアレだが、これでも異能世界ではロスウッド家は有名なのだ。だからこそ、気をつけろ」

「気をつける? 何をだ」


「その私が敗北しているんだよ。今回の標的。婆娑羅ばさら会トップの『狐』にな。奴の異能は恐らく異能を打ち消す異能──【異能無効】。まさしく無敵の能力だ」

「それってまさか……」


「ああ、奴の異能はまさしく規格外。文句なしの──Sランクだ」

「Sランク!?」


 俺は驚愕する。


「その通り。私なんかよりも遥かに強力、いや規格外の能力だ。そして異能の力が無効化される以上、最後に勝敗を決するのは純粋な戦闘能力だ」

「俺には村雨流が……」


「キミの村雨流の強さは重々承知だが、銃弾を避けれるわけじゃないだろう? 異能無効を持っている相手と戦う以上、最後は純粋な異能抜きの戦闘になる可能性が高いのだから、銃は必須のカードになる可能性が高い。絶対に持っておけ。もし銃が見つかったりしても異能機関ならなんとかできるから心配するな」

「確かにな」


 一瞬銃ということで怯んでしまったが、弾も非殺傷のものなら別に持ってても良いか。

 もしバレてもアイリスと異能機関とかいうところが隠蔽してくれるだろうし。


 そういえば先日の道路での魔術と銃の銃撃戦全くニュースとかになってないから、異能機関とやらの隠蔽能力は高いのだろう。


 ……いや、あのレベルの銃撃戦を隠蔽できるって、どんな権力を持った機関なんだよ。


 今更ながら異能機関が怖くなってきた。

 少し異能機関に恐れを抱いていると、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえばさっきから気になってたんだけど」

「なんだ?」

「なんで異能の呼び名が魔術じゃなくて【魔力】なんだ?」

「お、なかなか鋭いな。いい質問だ」


 アイリスは指をくるくると回して説明し始める。


「実は勘違いされていることが多いのだが、魔術自体は異能でない。魔術とはただの使い方に過ぎず、万能の力である魔力こそが異能の本質なのだ」

「……?」


 俺が疑問符を浮かべていると、アイリスが説明を付け加えた。


「もう少し砕いて言えば、魔術とは先ほど言った異能に制限や条件を加えて能力や出力を変化させることと一緒なんだ。でも、それをするには元となる異能が必要だろう?」


「あー……なんとなくわかった気がする。つまり、【勝利の鉄槌】の制限時間を圧縮したり、逆に伸ばしたりするのが『魔術』で、【魔力】は【勝利の鉄槌】ってことか」


「その通り。才能みたいなものだ。まず魔術を使うための元になる力を持ってなければならない。そして物理法則を捻じ曲げ、変幻自在に世界に超常現象を引き起こす万能の力、それが【魔力】だ」


 アイリスは手から水や炎を出して、それをウニョウニョと変形させたり自由に動かしたりする。


「へー、めちゃくちゃ便利だな」

「いや、実は結構魔術を使うのは大変だったりする」

「え、そうなのか?」


「ああ、魔術とはさっき言った条件や制限を積み重ねたものなのだ。たとえばだが言葉の真偽を判別する魔術。これには条件や制限を科す工程を約五十は重ねないといかん」

「ひゃ、五十回……!?」


「ちなみに、これでも魔術の中ではまだ少ないくらいだ」

「これで少ないのか……!?」


「その気持ち、とてもわかるぞ。だがこの複雑な工程を重ねることで魔術はその万能性を発揮できる。なので私たち【魔力】の異能を持っている人間はその複雑な工程を『魔術』という学問として魔術学校で学ぶのだ」

「魔術って勉強しないと使えないのか……なんかイメージと違うな」


 一般的なイメージはこう、勉強といっても呪文を覚えるとか、そんなイメージだった。


「ははは、たしかにそれは分からんでもない。だが今の魔術といえば法律とプログラミングをかけ合わせたようなものなのだ」


「ほー……」


「我々のような【魔力】を持つ異能力者はこの複雑な工程を二千年以上に渡り研究し、知識を蓄積してきた。その結果、魔術とは学問へと昇華した。魔術を研究する人間の中には魔術こそ異能の中で最も研究が進んだ異能であり、万能の異能である唱える学者もいるくらいだ。そして、その言葉はあながち間違いでもない」


 難しい話でこんがらがりそうだったが、どうにか理解できた。

 イナバはこういう話苦手そうだな……とイナバの方を見てみると、予想通りと言うべきかシャーロットに膝枕をしてもらい、気持ちよさそうに寝ていた。


「ところでだ、伊織」


 アイリスが俺の名前を呼んだ。


「どうした」

「異能を使用して、五分はとっくに過ぎているぞ」

「あ、本当だ」


 俺は身体強化の異能をオフにする。

 その瞬間、身体がとてつもない疲労感に襲われた。

 くらりと視界が回る。


「うっ……」

「レッスンフォー。制限時間を超えた異能の使用は体力を消費する。使い過ぎるとこのように最悪倒れるから、こまめにオンオフを切り替えていくことだ」

「お前、わざと言わなかったな……」

「これも経験だよ」


 暗くなっていく視界の中、アイリスはニヤニヤと笑顔を浮かべていた。

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