銀行強盗に出会った

 俺は頭を抱える。

 すると俺の隣に座っていた浅黒い肌の、スーツに包まれたごつい巨体が渋い声で笑う。

「ははは、少年。お互い最近ツイてないな」


 俺の隣には廃ショッピングモールの前で出会ったマッチョのおっさんが座っていた。


「おっさん、こんなところで何してんだよ」

「見ての通り金を下ろしにきたんだ。だが、まさかこんなところで銀行強盗に出会うとはな。初めての経験だ」

「俺も初めてだよ」


 あってたまるかそんな経験。

 これからどうしよう。お金を引き出す雰囲気でもなくなったし帰りたいんだが……。

 でも、最初に銀行強盗が入ってきた時「動くな!」って言われたからな。動いたら強盗たちを刺激する可能性がある。

 銀行強盗たちを見て、おっさんはポツリと漏らした。


「奴ら、素人だな」

「そうなの?」

「ああ、あんな方法では銀行強盗は絶対に成功しない」

「詳しいな」

「そういうものに縁がある仕事をしてきたからな」


 銀行強盗たちは職員に向かって怒声を浴びせている。


「さっさとしろ! 早くしないとこいつらを刺すぞ!」


 そして職員が金を用意するのが遅いことに苛立ったのか、近くにいた母と子供にナイフを突きつけた。


「ふむ」


 その様子を見て、おっさんは立ち上がった。


「どうしたの、おっさん」

「奴らを懲らしめてやろうと思う」

「いや、相手刃物持ってるぞ」

「そんなものは関係ない。重要なのは、奴らが私の美学に反していること。ただそれだけだ」

「美学って?」

「女性や子供には手を出さない」

「なるほどね……おっさん、俺も手伝うよ」

「相手は刃物を持っているが?」

「そんなのに遅れを取るような鍛え方はしてない」

「ほう、なら三人のうち二人は私が相手をしよう。言い出しっぺは私だからな」

「分かった。じゃあ俺はあっちね」


 おっさんが指差した二人とは違う、残り物を俺は指差した。


「よし、では行こう」


 おっさんはそう言って、スーツの内側からサングラスを取り出して装着した。


「なんでサングラスかけてんの? 危なくない?」


 サングラスは視界を悪くするだけなので俺がサングラスを装着した理由を尋ねると、おっさんはニヤリと笑って肩を竦めた。


「なに、私は強すぎるから彼らにハンデをやらんとな」


 俺たちが銀行強盗たちも近づいていくと、あちら側も気がついたのかナイフや包丁をこちらに向けてきた。


「な、なんだお前ら!」

「近づくんじゃねぇ!」


 銀行強盗たちはおっさんの威圧に押され気味だった。

 それもそうだろう。誰だってこんな巨体が近づいてきたらビビる。


「おい、あんたの相手は俺だよ」


 三人がおっさんに気を取られている隙に、俺は獲物の一人に近づいていた。

 俺は村雨流、もといじいちゃんの教えに従い、相手を冷静に観察する。

 落ち着きもなく、構えも素人。

 村雨流の技を使うまでもないな。


「え?」


 俺の方を見た瞬間、左手で包丁を持っている手を掴んで無力化し、右手で鳩尾を思いっきり殴る。


「がはっ……!?」

「よい、しょっ!!」


 鳩尾に拳を叩き込まれて怯んだところを、腕と襟と掴んでそのまま地面に一本背負で叩きつけた。

 叩きつけられた強盗犯は気絶する。

 思いっきり不意打ちだったが、戦いの場でこれだけ油断している方が悪い。

 何やら視線を感じるとそちらの方を見てみれば、おっさんが腕を組んで俺を見ていた。

 そして頷きながら拍手を送ってくる。


「見事な腕前だ。どうやら鍛えてきたというのは嘘ではなかったみたいだな。何か武術でもやっているのか?」

「どーも。そうだよ、マイナーな古武術だけど」


 おっさんの賛辞に俺はお礼を返した。


「さて、今度は私が見せる番だな」


 おっさんはネクタイを少し緩めると、強盗犯の二人へと近づいていった。


「な、なんだよお前ら!!」

「ち、近寄るなぁ!」


 強盗犯の一人がやぶれかぶれにナイフを振り回す。


「ふむ、これしきのことで戦意喪失か?」


 しかしおっさんは呆れたようにため息をついて、その腕を難なく掴み取る。


「なら、お仕置きの時間だ!」


 おっさんは強盗犯を掴んだ腕をブン! と振る。

 すると強盗犯は真横に飛び、柱に叩きつけられた。


「人一人を真横に飛ばすとか、マジかよ……」


 側からおっさんの戦う様子を見ていた俺は感嘆の息を漏らす。

 人を真横に飛ばすなんて、とんでもない筋力だ。

 俺は流石にその筋肉に感心せざるを得なかった。


「貴様が最後だな」


 おっさんが最後に残った誘拐犯に近づいていく。


「わ、分かった! 俺が悪かった! だから許してくれ!」

「覚悟のないものが弱者を人質に取るなど言語道断。しっかりと反省しろ!」


 おっさんは固く拳を握り締めると、最後の強盗犯に強烈なアッパーをくらわせた。

 一メートルは強盗犯の体が飛び、そして床に落ちた。

 完全に気絶している。


「これで終いだな」

「おっさん、すげぇな」


 パンパン、と手を払うおっさんに俺は拍手を送った。


「少年も鍛えればこれくらいになるさ」


 ははは、とおっさんは豪快に笑う。


「いや、流石にそこまで良い体格にはならないけど……」

「たくさん食え、そして筋トレをしろ。そうすればビッグな男になれるさ……と、そろそろ行かねばならんな」


 腕時計を見てそう呟くおっさんに、俺は尋ねる。


「どこに行くんだ?」

「ここからおさらばするのさ」

「なんで逃げるんだよ。別に俺たち悪いことはしてないじゃん」

「考えてみろ、警察が来たらどうなる? 長々と事情聴取をされて何時間も拘束されるぞ」

「うわ、確かにそれは嫌かも……」

「だろう。警察が来ていない今のうちに行くぞ」


 おっさんはくい、と首を出口の方へ向けて、歩き出す。

 しかし何かを思い出したように「そうだ」と立ち止まると、俺に尋ねてきた。


「そうだ少年、名前を聞いていなかった。名前は?」

「村雨伊織だ」

「そうか、伊織だな。私の名前はアダム・スミスだ。経済学の父と同じ名だ。覚えやすいだろう」


 スッ、とおっさんが手を差し出してくる。

 俺はその意図を理解し、握り返した。


「よろしく、スミスのおっさん」

「ああ、また会おう、村雨の少年」


 挨拶を交わし終えると、スミスのおっさんは去っていった。


***


「あー、疲れた……」


 俺はぐったりしながら家に帰ってきていた。

 今日はアイリスが転校してきたり、勝手に婚約者にされたり、銀行強盗に出会ったりと散々な一日だった。

 結局アイリスから振り込まれた給料も受け取れなかったし。


「今日は早めに寝るか……」


 玄関の鍵を開け、廊下を歩き、居間の襖を開けた。


「お、伊織。戻ったか、お帰り」

「村雨様、おかえりなさいませ」

「……は?」


 するとそこには、居間にゴロンと寝転がって漫画を読んでいるアイリスと、煎茶を飲んでいるシャーロットがいた。


「な、なんでお前らがここにいるんだよ……」

「あれ? 言ってなかったか」


 アイリスは首を傾げる。

 そして笑顔で「まあいいか」と呟くと、宣言した。


「今日から私たち、ここに住むから」

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