金髪碧眼の美少女が俺の婚約者になった
俺は教卓に立つアイリスを見て頭を抱える。
「昨日のは夢じゃなかったのかよ……!」
俺はそこでハッと脇腹を押さえる。
昨日のが夢じゃないなら、なんで傷跡が無いんだ……?
俺がそんなことを考えていると、アイリスとシャーロットと名乗った少女を見て、教室の中がにわかに騒がしくなった。
「うお、すっげー美少女……」
「しかも二人?」
「名前的に外国人だよな? 日本語めちゃくちゃ流暢だけど」
クラスの連中もアイリスとシャーロットに見惚れているようだ。
「えーと、そうだな。席は……」
「はいはーい! せんせー! 俺の隣にしてくれよ!」
急に俺の隣の席の、少しヤンチャな男性生徒が手を挙げた。
どうやらアイリスかシャーロットのどちらかを自分の横に座らせたいらしい。
いや、でも君廊下側の席だから、それだと俺が席移動しなきゃ行けないんですけど。
そう思った瞬間、ヤンチャな生徒が手を合わせてお願いしてくる。
「村雨クン、変わってくれるよな! なっ!?」
「え、いや……」
俺がそのお願いに困惑していると。
するとアイリスと目が合った。
ニヤリ、とアイリスが笑う。
「いや、席は一番後ろに用意してあるあの二つの席に……」
「先生、私はあの男の隣の席にしてくれないか」
嫌な予感がした瞬間、アイリスが俺を指差し担任に向かってそう言った。
「え、村雨の……? でももうすでに隣に……」
「ふむ、確かに自分で交渉した方がいいな」
アイリスはそう言うとこっちにズカズカと歩いてきた。
「キミ、席を変わってくれないか」
「えっ……?」
俺の隣に座っていたヤンチャな男子生徒にそう声をかけた。
アイリスはその男子生徒に笑顔でもう一度尋ねた。
「変わってくれるよな」
「……はい」
「ありがとう」
ヤンチャな生徒はすごすごと一番後ろの席に移動していく。
クラス中が呆然と見守る中、アイリスは全く気にしていないような顔で席に座った。
俺がアイリスの強引な交渉にドン引きしていると。
「では私はお嬢様の後ろに」
そう言って、シャーロットはアイリスの後ろの席に座っている、メガネをかけた気弱そうな女子生徒に声をかける。
「失礼ですが、ここの席を変わっていただけないでしょうか」
「えっ」
「お願いです」
無表情のシャーロットはじっ、とそのメガネの女子生徒を見つめる。
するとその圧に耐えかねたのか「は、はい」とメガネの女子生徒は頷いた。
「ありがとうございます。代わりに今度お礼をお持ちいたしますね」
シャーロットはぺこりとお辞儀をして、空いた席に座った。
隣の席のアイリスが小悪魔みたいな笑みを浮かべて、口を寄せてくる。
「これからよろしくな、伊織」
***
外国からやってきた美少女二人の噂は、すぐに学園中に広まった。
当然、アイリスとシャーロットは休み時間の間、男女問わずクラスメイトから質問攻めに会っていた。
俺も休み時間の間は教室から出ていたので、平和だったのだが……。
昼休みになると。
「伊織、ちょっと来い」
アイリスが俺の机の前に立ち、そう言って俺の腕を掴むと連れ出した。
「お、おいアイリス……!」
「いいからついて来い。キミ、私から逃げ過ぎだ」
腕を掴まれたまま、廊下中の注目を浴びながら歩いていく。
背後にはシャーロットがついてきていた。
そして、俺が連れて来られたのは理事長室だった。
理事長はいわばこの学園で一番偉い人間で、なぜこんな所に来たのかと疑問に思った俺はアイリスに尋ねる。
「なんでこんな所に?」
「入り給え」
一瞬アイリスの言葉に違和感を覚えたが、そんなものはアイリスがノックすらせず理事長室の扉を開けたことで吹き飛んだ。
そんなことすれば理事長に怒られるのではないか、と思ったが幸いにも理事長は留守だったようだ。
俺がホッと胸を撫で下ろし、理事長室の中に入ると後ろからアイリスとシャーロットが俺を追い越していく。
そして──理事長の机に座った。
シャーロットはその側に秘書の様に立つ。
「ちょ、アイリス何やってるんだよ。流石にそのイタズラは怒られるって……!」
「いいや、何も問題はない。なぜなら──学園は私が買収し、理事長となったからだ」
「……は?」
「なんなら証拠もあるぞ。見るか?」
アイリスはヒラヒラと一枚の紙を振る。
そこには俺の記憶通りに、前理事長の名前のサインが書かれ、判子が押されていた。
「買収なんて、なんで……」
「キミを、【異能機関】エージェントにスカウトしにきたんだよ」
「エ、エージェント……?」
アイリスが革製の手袋を嵌めた手をこちらへと差し出してきた。
「村雨伊織、異能機関のエージェントにならないか?」
どこまでも青い、夏の青空みたいな瞳が、俺の目を見つめている。
「この世には、特別な力というものが存在する。テレパシー、サイコキネシス、降霊術、エクソシズム……。日本では陰陽術か。これらの世界の理を外れた特殊能力のことを、我々は【異能】と呼んでいる。そして異能、またはそれに準ずる才能を持つ超人達を用いて、世界の平和を守る組織。それが我々異能機関だ。キミには機関のエージェントとなり、世界の平和を守ってもらいたい」
「異能って、嘘だろ。まじでそんなのあるのかよ……」
「おや、信じていないのか?」
「そりゃそうだろ。だって常識的に考えてあり得ないって」
「だがそれでは、銃で撃たれた傷が一夜にして治っていることをどう説明する?」
「それは……」
アイリスはそこで言葉を区切ると、革製の手袋を外し、手をこちらに差し出すように前に出した。
「いいか、伊織」
するとその瞬間、手のひらの上に魔法陣が描かれ、黒色の炎が手に現れた。
アイリスがニヤリと笑う。
「っ!?」
「異能は、存在する」
手の中の黒炎はゆらゆらと揺らめいている。
流石にこの光景を見て、俺はアイリスの話を信じざるを得なかった。
アイリスは俺の表情を見て、その炎を握り潰して消火すると、手袋を嵌め直した。
「さて、これで異能については信じてもらえたかな。では、エージェントの話について戻ろう。さっきはスカウトしに来た、と言ったが、実際はキミに拒否権はない」
肩を竦めるアイリス。
「はっ?」
「理由は三つ」
アイリスが三本指を立てた後、二本の指を折り再度人差し指を立てた。
「一つ。キミに渡した異能。あれは我がロスウッド家の重要な資産みたいなものでな、そうそう手放せない」
アイリスが二本目の指を立てる。
「二つ、キミの借金二億円、私がその権利を買い取った」
「は、はぁ……!?」
思わずそんな声が出ていた。
「昨日キミが気絶している間に、ヤクザの事務所に言って権利ごと買い取ってきたんだ。色をつけて三億円ですぐに権利を売ってくれたよ」
「さ、三億って……二億の借金なんだぞ!?」
「異能にはそれだけの価値があるということだ。そしてこれが最後の理由、三つ目だ」
とんでもない大金なのに、アイリスは全く動じてない様子でそう言うと、最後の三本目を立てた。
そしてとびきりの笑顔を浮かべると、アイリスはとんでもないことを言い始めた。
「キミ、私の婚約者になったから」
「…………え?」
俺とアイリスの間に沈黙が流れる。
「ちょっと待て! なんで勝手に婚約者にされてるんだよ!」
「仕方がないだろう。英国にある本家からそうお達しが来たんだから。私も婚約したくてしたわけじゃ……」
「村雨様、お嬢様はこう言っていますが、お嬢様自ら村雨様を婚約者へと指定されていますので」
突然、アイリスの後ろに控えていたシャーロットがそう付け足してきた。
慌てた顔でアイリスが振り返る。
「ばっ……!? 急に何を言い出すんだシャーロット!?」
「事実ではございませんか」
「え、そうなの?」
俺がアイリスに質問すると、顔を真っ赤にしたアイリスが早口で説明し始めた。
「こ、これは違うぞ! だって、伊織には私の異能を渡したし、顔も知らない婚約者候補の奴らより、身を呈して助けてくれた伊織の方が婚約者候補にしたいと思うのは当然のことで……」
「はいはい、そうですねお嬢様」
「頭撫でるなぁっ!」
シャーロットがポンポン、と宥めるようにアイリスの頭に手を置くと、ウガー! とアイリスが怒った。
そして俺を指差してくる。
「大体! 何でキミはそんな平然としているんだ!」
「え、俺!?」
「そうだ! キミに異能を渡す時にキ……キスしただろ! あれは私のファーストキスだったんだぞ! なのにどうしてそんなに平気そうな顔をしているんだ! 私はずっと顔を合わせるのすら真っ赤になりそうなのに……!」
「俺も初めてだったけど……」
「乙女の唇を奪ったんだから、男として責任を取るべきだろう!」
「その通りです。英国では貴族の令嬢の唇を奪ったものは責任を取る、というしきたりがあります」
「え、そうなの……?」
ずっと真顔のシャーロットがそう言うと、本当のように聞こえてくる。
なんでアイリスも驚いた顔をしているのかは疑問だが。
アイリスは咳払いをして、平静を取り戻す。
「とにかく、キミは私の婚約者となった。いいな」
「婚約者については分かったよ。英国のしきたり云々は置いといても、借金のこともあるしな。それで、借金について聞きたいんだけど……ってなんだよその顔」
「……納得いかない」
「はぁ?」
「この超絶美少女の私と婚約して、なぜそんなにテンションが低いんだ。もっと喜ぶだろう普通!」
「はぁ!? お前が一方的に婚約を結んできたからだろうが! てか自分で超絶美少女とか言うな!」
「私の婚約者になりたいって言え!」
「言うか!」
スチャ。
ブチギレた笑顔のアイリスが拳銃を取り出して、突きつけてきた。
「アイリス様の婚約者になりたいです」
俺は両手を挙げてロボットみたいにそう呟く。
「いいだろう」
向けられていた銃口が下がり、俺はほっと安堵の息を吐いた。
銃口を突きつけてくる婚約者がいるか普通……。
「では、キミが気になっていた借金のことについて話そうか。借金は二億円は当然、返してもらう」
「婚約者だから免除とかは……」
「何か?」
「なんでもありません……」
ギロリと睨まれたので目を逸らす。
「安心しろ。三億円で買い取ったが、借金はそのまま二億円にしてやるし、無利子無担保での貸し出しだ。さらにはエージェントとして破格の給料を約束しよう。本来なら一生かかっても返せないだろうが、十年もあれば完済できるだろうさ」
「え、給料もあるの?」
「当然だ。働くものには報酬がないとな。我々は産業革命時代から進歩してるのだ」
「で、その給料って?」
もう給料しか眼中になかった。
「そうだな。月100万ほどででどうだ」
「は……? 月? 年じゃなくて?」
「そうだが。まさか信じていないのか? なら……ほら、キミの口座に振り込んでおいたから。放課後確認しに行くといい」
「マジで!?」
「マジだ」
「うおおおお! やったー!」
俺はガッツポーズを取る。
「なんだか今日一番の喜びようで、釈然としないんだが……」
***
そして俺は放課後、早速銀行へと向かったのだが。
「なんでだよ……」
銀行の椅子に座り、俺は天井を仰いでいた。
「オラぁっ! さっさと金出せやぁ!」
「早く出さないと刺すぞコラァッ!」
「妙な動きしたら刺すからな!」
目出し帽を被り、ナイフや包丁を持った強盗三人組が銀行の受付に向かってそう叫んでいた。
俺は銀行強盗に巻き込まれていた。
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