お嬢様と脱衣所で出会った

「なんでお前が俺の家にいるんだよ……!?」


 俺は寝転がっているアイリスと、シャーロットに向かってそう叫んだ。


「なぜって、それは私たちがキミの家に住むからだが?」

「鍵は!? どうやって入ったんだよ!」

「昨日キミをこの家に運んだ時に合鍵を作らせてもらった」

「マジかよ……」


 俺は頭を抱えた。

 確かに俺は昨日気絶したので合鍵を作る暇はあっただろう。

 俺はそこで重要なことを思い出した。


「は? ちょ、ちょっと待て。一緒に住むってどういうことだよ!」

「ん? 言葉通りの意味だが?」


 アイリスは後ろを振り返るとコテン、と首を傾げて不思議そうな顔で疑問符を浮かべている。

 そんな顔をしたいのはこっちの方なんだが……!


「何で一緒に住むことになるんだよ! お前らは自分の家に住めよ!」

「そんなことを言われても、先日イギリスから日本にやってきたばかりだから家がないんだ。無理なものはしょうがないだろう」

「開き直るな!」


 俺にそう言われても、アイリスは腕を組んでどこ吹く風だ。

 偉そうな奴だな。いや、貴族だからか本当に偉いんだっけか。

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。

 このままじゃ本当にこの家に居座られる。その前に何とかしないと……!


「私とキミは曲がりなりにも婚約者同士なんだ。同棲ぐらい恥ずかしい話じゃないだろう。それとも、私みたいな美少女と一緒に暮らすのが嫌なのか?」


 アイリスが小悪魔めいた笑顔でこちらを見上げてくる。


「嫌だ」

「何だと!?」


 グギギ、とアイリスが悔しそうに歯噛みをする。

 なんとなくだが、なんかコイツと一緒だと気が休まらない気がする。


「てか、金持ちならホテル暮らしくらい余裕だろ。なんでホテルに泊まらないんだよ」

「私もそうしたいのは山々だが、無理なんだよ。最近ホテルで襲撃にあってな」

「襲撃……?」


 物騒な言葉に思わず眉を顰める。


「ああ、昨日私は異能機関から依頼を受け、英国からあの狐面の男を追って日本にやって来たんだが、ホテルのスイートルームに到着するなり奴らに銃をぶっ放されてな」

「イカれてるな」

「当然私たちも抵抗したが…………ホテルで銃撃戦をしたからな、今日はどのホテルに行っても門前払いだったよ」

「確かに、そういう顧客のブラックリストって、すぐに出回るらしいからな……」


 そりゃホテルに泊まれないわけだ。

 明らかにやばい連中に狙われていて、銃撃戦を始める可能性のある奴なんて泊めたくないだろう……ん?


「いや、だったらこの家も襲撃されるかもしれないってことじゃねーか!」

「安心したまえ。前と同じ轍は踏まん。周囲を黒服に監視、護衛をさせてある。そうそう襲撃など出来んよ」

「本当か……?」

「それにしても奴め……ホテルで活動できないようにして、まずは拠点を作らせないつもりだな? だがそうはいかん」


 アイリスは狐面の男を思い出しているのか、ガジガジと爪を噛みながら虚空を睨んでいる。


「てか、話を聞くとますます嫌なんだが。ここも襲われるかもしれないってことだろ」

「そうそっけないことを言うな。異能を分け合った同士じゃないか。一蓮托生だろう?」

「良い笑顔でサムズアップするな」

「ここに住むのは私とシャーロットだけだ。もちろん護衛の黒服はここに住ませない。安全のために外から見張ってくれているがね」

「えっ、あの人も住むのか」

「メイドですので」


 銀髪の美人メイドことシャーロット・ホワイトの方を見れば、澄ました無表情でぺこり、と頭を下げられた。


「私はメイド抜きじゃ生活できないぞ」

「偉そうに言うな」

「シャーロットのメイドとしての能力はかなり高いぞ? というかキミにも必要なんじゃないのか。キミ、生活力皆無だろう?」

「うっ……」

「それに、部屋がとても散らかっていたそうじゃないか」

「な、何でそんなこと知ってるんだよ」

「昨日村雨様を自室までお運びするときに、軽く掃除させていただきましたので」

「なっ……!? 今朝やけに部屋が片付いていたのはそう言うことか……!」


 朝の不思議が繋がった。

 歯ブラシが三本だったのも、家がやけに綺麗だったのも、制服がパリッとしてたのも全部昨日俺が気絶している時に、シャーロットがやってくれていたということだ。

 アイリスがダメ押しとばかりに、条件を付け加えてくる。


「ああ、そうだ。住ませてくれるならお礼として食費と家賃とその他諸々の経費を持つぞ? それに今ならメイドが家事もしてくれる特典までついてくる」

「……もう好きにしてくれ」


 俺は両手を上げて降参することにした。

 正直、アイリスに交渉ごとで敵う気がしない。


「交渉成立だな」


 アイリスはニヤリと笑った。




***




 そして、夕食の時間を終えて、俺は自分の部屋で過ごしていた。

 ちなみに夕食はシャーロットが作ってくれたローストビーフだったが、これまで食べた中で一番美味かった。

 天井を見上げると、俺はグッと伸びをする。


「さて、そろそろ風呂に入って寝るか……」


 ぐるぐると肩を回しながら階段を降りて、洗面所兼脱衣所に向かう。

 ガララッ、と扉を開けたそこには。


「おや?」


 ちょうど風呂から上がったのだろうアイリスが、バスタオルで自分の体を拭いているところだった。

 お風呂上がりで一糸纏わぬ姿のアイリスは、その美しいという形容詞がピッタリと当てはまりそうな身体を無防備に晒していた。

 Cカップくらいの、大き過ぎず小さ過ぎない胸は綺麗な形をしていて、その下に目をやればくびれた腰が美しい曲線を描いている。

 それにスラリと伸びる肢体は細く健康的で、玉のような肌を伝う水滴と、濡れた金髪はさらにアイリスの神秘的さに拍車をかけて……。


(いや、何をじっくり見てんだ! 俺は変態か……!)


 どうやらアイリスがちょうど風呂から上がってきたところにばったりと出くわしてしまったらしい。

 しまった……! ずっと一人暮らしだったからその感覚だった……!

 俺は慌ててアイリスに向かって言い訳をする。


「違っ、これは、その……!」


 しかし、あまりにも焦りすぎているせいで呂律が回らない。


「ん? なんだ伊織、まさか私の裸に見惚れているのか?」


 アイリスはニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべ、聞いてくる。身体を隠すそぶりは一切ない。

 それどころかずいっ、と腰に両手を当てて前のめりになってくるくらいだ。

 もしかしてコイツ、俺のこと男だと思ってないんじゃないか……!?


「と、とにかくすまん……っ!」


 俺は顔を真っ赤にしながら、腕で顔を隠して物理的に視界を遮ると、脱衣所の扉を閉めた。


「おやおや、村雨様は積極的ですね」


 と、ちょうどその時シャーロットがやってきた。

 シャーロットはふふ、と笑うように口元に手を当てている。顔は無表情のままだったが。

 ちょうど場面を見るに、俺がアイリスの風呂を覗こうとしたのだと勘違いされたらしい。


「いや、これは違くて……! 歯を磨きにきただけなんだ!」

「ええ、私は理解しております」

「なんだ、よかった……」

「男性はそのような欲求が溜まりやすいと聞いておりますので。私は理解しておりますよ」

「いや、違うって! 言い訳とかじゃなくて本当に歯を磨きにきただけなんだよ!」

「大丈夫です。村雨様、お嬢様は恐らく気にしていないはずです。それに村雨様は婚約者なのですから、お嬢様の裸を見ても許していただけると思いますよ?」


 シャーロットはいつもの無表情こそ変わらないものの、まるでいいおもちゃを見つけたかのようにイキイキと目を輝かせていた。

 俺を虐めるのが楽しくて仕方ない、という瞳だ。

 ああ、そうか、と俺は理解した。

 コイツはアイリスと同類の外道だ……!

 うん、さっきまで「やっぱり敬語の方が良いんじゃ……」とか思ってたけど、もうタメ口でいいや。


「よぅし、大体拭き終わったぞ!」


 その時、アイリスが脱衣所の扉を開けて出てきた。

 また全裸なのではないかとびっくりしたが、今度は流石にシルクのパジャマみたいなのを着ていたので、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 いや、そうじゃない。さっき裸を見たことをしっかりと謝らないと。


「その……さっきは本当にすまん」

「ん? ああ、私の裸を見たことか? ハハハ、気にするな。私も不注意だったからな!」


 アイリスは豪快に笑う。

 やっぱり俺は異性として意識されてなさそうだな。平民だからかな。


「お嬢様、まだ髪が濡れています」

「これで十分だろう」

「駄目です。きちんと乾かさないと髪が痛みます。それとお嬢様、服が逆です。村雨様に裸を見られて動揺してるのは分かりますが、服を着る時は裏表くらい確認してください」

「なっ……ち、違うぞ! 私は動揺してない!」


 アイリスは明らかに図星を突かれたようにギクっとしていた。

 慌てて否定するアイリスだが、それが逆に図星を突かれたのだと強調していた。


「そうですね。今は必死に隠しているんでしたよね」

「だからちがーう!」


 シャーロットはアイリスを適当にあしらうと、脱衣所の中に入ってアイリスの髪をドライヤーで乾かしていく。

 ヴィ〜ン、とドライヤーの音が聞こえている間も、それに負けない声でアイリスはシャーロットに向かって釈明をしているのだった。

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