⑰
可愛い服なんてひとつも持ってないな、と思いながらクローゼットを眺める。
だけど、いかにも気合い入れて来ました、という格好で行くわけにはいかないから、いつもの普段着でいいのだろう。
シンプルな白いブラウスに真っ黒のロングスカート。
口紅だけはいつもよりはっきりと濃くつけてみる。
「デートじゃないって。浮かれてバカみたい」
鏡に映る赤い唇があまりに滑稽に見えてティッシュで拭き取る。
「よし。いつも通り」
地味で控えめ。いつもの自分。らしくないことはしない。
時間に余裕を持って家を出る。人を待たせるのは苦手。待たせるより待つ方が好き。
待ち合わせ10分前に着く電車の、一本前に乗る。これなら20分前には着くだろう。
なのに水族館の入口前にはすでに三ノ宮さんがいて驚く。スーツ姿ではない、ラフな恰好。ジーンズもよく似合っていらっしゃる。会社では見ることが出来ない貴重な姿に鼻血が出そうだ。
指で鼻を押えるが赤くはない。よし、大丈夫。
「三ノ宮さん、お待たせしました。すみません」
スマホを見ていた三ノ宮さんの前に駆け寄り頭を下げる。
「早くない? 待ち合わせ25分前だよ?」
「三ノ宮さんこそ早くないですか?」
「黒田は10分前行動する子だから、ちょっと早めにと思って来たんだけど、早めの調整がちょっと難しかったな」
ははは、と笑う三ノ宮さん。
ああ、その顔。永久保存させてください。
「じゃあ行こうか」
「はい」
三ノ宮さんの後ろを着いて入館する。順路に沿って、小さな水槽から大きな水槽へと歩を進めていく。
「あ、マンボウがいるよ」
子どもっぽく指を差す三ノ宮さんが可愛い。撮影可の水槽へスマホのカメラを向ける三ノ宮さん。
それを見て、もしかして、と考えた私は自分のスマホのカメラを起動する。
マンボウを撮る振りをして、こっそり三ノ宮さんの楽しそうに笑う横顔を……。
カシャ。
――うわっ! あーーーー、三ノ宮さんのご尊顔を撮影してしまったーーーー!!
保存! 永久保存! 田舎に帰ってもこれさえあれば生きていける!!
「黒田も撮れた? じゃあ次に行こうか」
「はいっ!」
「ふっ」
何かおかしかっただろうか?
「いや、ごめん。黒田も楽しんでくれてるみたいで良かったなって」
「三ノ宮さんは水族館好きなんです?」
「うん、好き」
とても無邪気な笑顔いただきました。
完全に網膜に焼け付けました。
ありがとうございます。
その後も、水族館を満喫する三ノ宮さんと、そんな三ノ宮さんをこっそり隠し撮りする私はこの時間を存分に楽しむことができた。
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