⑧
朝5時に起きて作ったお弁当はまあまあの出来栄えだった。一番シンプルな白いハンカチに包んで出勤する。
三ノ宮さんはまだ来てない。
だがお弁当はいつ渡すのが正解だろう。
おはようございますと挨拶するついでに「お弁当です」と渡すのがいいか、昼休みになってから渡すのがいいか大いに悩む。
悩んでいるうちに三ノ宮さんは出勤してきた。
「おはよう黒田」
「おはようございます」
「俺朝から外回りでさ、多分直帰になるから」
そう言いながら資料をまとめて鞄に詰め込んでいく三ノ宮さん。
「そうなんですね。今日は忙しいんですね」
「おう。ちょっと頑張って来る」
「……いってらっしゃい」
「行ってきます!」
部署を出て行った三ノ宮さんの背中が見えなくなった。
お弁当渡せなかった。そう思って悲しい気持ちになっていることに気づく。
せっかく作ったのにな。
おはようございますって言ってすぐに渡せば良かったのに。
そっか。今日は一日中外回りでもう会えないのか。もっとずっとしっかり顔を見ておけば良かった。
その時、電話が鳴り思考が中断する。だが私が取る前に他の同僚が受話した。
「黒田さん、電話! 三ノ宮さんから」
はい、と返事して電話を取ると受話器越しに低い声が耳に流れてくる。
「もしもし代わりました」
『黒田? 悪い。俺のデスクの2番目の抽斗見てくれ』
「はい、2番目ですね」
受話器を耳と肩に挟んで三ノ宮さんのデスクを漁る。
『A社の封筒があるか?』
「はい、あります」
『あるか! 良かった。鞄に入れたつもりだったんだが。今から取りに戻るからデスクの上に置いといてくれ』
「三ノ宮さん駐車場ですか?」
『ああ』
「持って行きます」
『助かる。じゃあ頼む!』
受話器を置いた私は、右手にA社の封筒と、左手に紙袋を持って部署を出た。
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