「黒田サンキュ」

「いえ」


 A社の封筒を渡すと三ノ宮さんが中を検める。


「よし、これこれ。ありがとな、これお礼」


 そう言って三ノ宮さんは缶のカフェオレを差し出す。


「そんな。これくらいのことでお礼なんて、いただけません」

「……さっき一瞬暗い顔してたから、やっぱり何か悩み事あるんだろ? コーヒー1本飲む時間あるし、話し聞くよ?」


 暗い顔って、お弁当を渡せなかったと思った時だろうか。そんなに表情に出した覚えはないけど、三ノ宮さんはそれに気付いたらしい。


「悩み……って言うほどのものじゃないんですけど、……三ノ宮さんにお弁当渡せなかったなって」

「弁当?」


 こくんと頷いたまま視線を下に向ける。両手で持った紙袋、その中に白いハンカチで包んだ大きなお弁当箱がある。


「もし、食べる時間があれば……。あ、でも外回りだしどなたかとお昼の約束もされてますよね……」


 そもそもお弁当を渡す日ではなかったんだな、と思って気持ちが沈む。

 一人で何やってるんだろう。


「俺の、弁当? 作ってくれたの?」


 顔を上げれないまま、小さく頷く。


「食べる。絶対食べるからもらっていい?」

「む、無理しないでください」

「無理じゃない。ありがとう」


 優しい声が落ちてくる。

 今のそのありがとうは録音しておきたかったな。


 両手を持ち上げると三ノ宮さんが紙袋を受け取る。


「じゃ、やっぱりお礼にこれあげる。お礼にならないか……。お礼考えといてね。何でもいいから。じゃあ行ってくるよ」


 三ノ宮さんは私の空いた両手にカフェオレを置いて、にこやかに機嫌良く社用車に乗り込んだ。


「カフェオレありがとうございます」

「お弁当ありがとう! 行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 車が走り出す寸前、三ノ宮さんが手を振った。


 それを網膜に焼き付けるけど、今のは写真におさめたかったな。

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