⑥
翌日の昼休み。
休憩室の隅でいつものように一人でもくもくと弁当を食べていると目の前に影が掛かる。
視線を上げるとその影は私の隣の席に腰をおろした。
「三ノ宮さん? お疲れ様です」
「俺のは?」
「は?」
「俺の弁当は?」
もしかして昨日の話しは本気だったのだろうか。
「黒田は真面目だから俺が言ったこと鵜呑みにして弁当作って来てくれると思ってたからさ、だから何も買ってきてないわけよ」
「そうですか。今ならまだ買いに行っても間に合いますよ」
「えー」
えーって子どもか。でもその拗ねた顔も可愛くて好きです。
「その卵焼き黒田が焼いたの?」
「はい」
「しょっぱい派? 甘い派?」
「甘い派です」
「俺も甘い派」
にこ、と笑う顔が最高に可愛くて、それだけでお腹いっぱいになりそうだ。いや、お腹じゃなくて胸がいっぱいだ。
「……食べます?」
勇気を出してそう訊ねてみる。
「うん」
うん、て何だよ可愛いな。
私は箸をひっくり返して卵焼きをつまみ、弁当箱の蓋にのせる。
「どうぞ」
「あー」
三ノ宮さんは口を開けて、人差し指で自分の口を差す。まるで入れろとばかりに。
「じ、自分で食べてください」
恥ずかしさに顔を背けると、ちぇっ、と拗ねた声が届く。それからカチャカチャと箸の音が聞こえてそっと視線を戻すと三ノ宮さんは私の箸を使って卵焼きを口に入れていた。
――や、や、やーーー。は、は箸。私の使った方で食べちゃった……。
「ん、んま。俺これ好き。味付けばっちり」
三ノ宮さんは親指を立てて席を立つと、何事もなかったみたいに休憩室から出て行った。
「箸……」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
使えない。使いたい。でも使ったら間接キ――。
「ス? きゃっ」
やばいよ。心臓爆発しちゃう。
結局、胸いっぱいなことも合わせて私はお弁当に箸がつけれなかった。
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