④
骨ばった手がグラスを回すと氷と氷がぶつかって高い音を奏でた。
なんて言うのかな、と前置きして三ノ宮さんはゆっくりと話し出す。
「熱量が違うって言われるんだよね。彼女の好きと俺の好きのその大きさが違うって。だけど俺は俺なりに彼女のことがちゃんと好きなんだけどさ……」
三ノ宮さんのハイボールに入っている氷がカランと虚しい音を立てる。
「でも俺は彼女のことちゃんと好きだけど、仕事も好きだし、仕事関係の人間も好きだし、学生時代の友人との付き合いも大事にしたいんだ。だから彼女を優先出来ない日もあるし」
「そしたら彼女は怒るんですね。なんで私が一番じゃないのって」
「やっぱ女の子はそうなの?」
「さあ?」
「さあって。黒田はどう? 彼氏が自分を優先してくれなかったらやっぱり許せない?」
「分かりません」
「分からない? ああ、優先してくれる彼氏と付き合ってるんだ。あ、じゃあさ、男と二人きりで飲みに来てるのとかも彼氏は怒るんじゃない? マズかった?」
私は首を横に振り否定すると、ハイボールをぐいっと傾ける。
「マズくもないし、怒らないし、……彼氏なんていないし、そもそも、お付き合いなんてしたこともないんで分かりません」
「えっ!?」
「あ、すみません。いや私何のカミングアウトしてんでしょうね。ちょっともう酔ってるみたいです」
「いやいや違うよ。びっくりしたけど、なんか意外で。てっきり付き合いの長い彼氏がいるんだと思ってたからさ」
「どうしてです?」
恋人がいるなんて、そんなそぶりをしたことないのに。私のどこに彼氏の影があったのか不思議で仕方ない。
「真面目だし、気は利くし、それに毎日お弁当作ってるし」
「え、どうしてお弁当作ってたら彼氏がいることになるんですか?」
「え?」
逆に三ノ宮さんが驚いて考え込む。
「んー、あ、そうだ。同期のやつがさ彼女にお弁当作ってもらってた時期があって、それでそいつが黒田さんも誰かに弁当作ってんのかな〜って言ってたんだよ。彼女がさ、自分一人のために作るのは面倒臭いけど彼氏のためなら毎日作れるって……。そう言ってたから、てっきり黒田も……」
彼氏なんていませんよ、と静かに首を横に振る。
そっか、と呟いて三ノ宮さんはハイボールを傾け一気に飲み干した。
「はー。……じゃあ彼氏いないの?」
「はい」
「恋人欲しいな、とかは?」
「お、思いますけど……」
「好きな人がいる?」
三ノ宮さんのアーモンドみたいな瞳に一瞬とらわれる。何も言っていないのに、三ノ宮さんは口ほどに物を言う私の目から何かを読み取った。
「会社の人?」
目の前にいます。
「同じ部署?」
あなたです。
「先輩?」
正解です。
「後輩?」
違いますって。
「じゃあ、……佐藤くん? 田中か? 鈴木くん? あと誰がいたかな」
三ノ宮さんってバレてないのは、嬉しいようで悲しい。
「もしかして山本か?」
「違いますよ。全部、……全部違いますよ。彼氏は欲しいと思いますけど、好きな人なんていません」
「な〜んだよ。じゃあ俺今フリーだし、どう?」
「どう、って何ですか?」
「黒田の彼氏に立候補」
ドクン、と大きく鼓動が跳ねる。
「か、彼氏?」
「彼氏。……嫌か? えっとじゃあ、おためしでもいいし、お互い好きな相手が見つかるまでとか」
まさか三ノ宮さんからそんな夢のような提案が出てくるとは思わず、池から口を出した鯉のように口がハクハクと動くばかりで声が出ない。
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