③
「乾杯〜」
ぐびっと喉を鳴らしながら三ノ宮さんが目の前でビールをあおる。
上下する喉仏が、ああ〜格好いい。
「黒田は酒飲めなかったけ?」
私の手にはウーロン茶がある。
「飲めますけど、今日はちょっと……」
「ん?」
居酒屋の半個室には私と三ノ宮さんの二人だけ。他にも誰かいると思っていた私は二人きりなことに緊張し、お酒どころではなかった。
「あの、後から他に誰か来たりします」
「来ないよ。だから安心して」
な、なにに、安心したら、よろしいのでしょうか?
「悩み事があるんだろ?」
あ、ああ。そうだった。三ノ宮さんは心配して飲みに誘ってくれたんだった。
だけど、退職する話しはぎりぎりまで皆に言いたくないと部長にも釘を刺している。だからここで三ノ宮さんに言うわけにはいかない。
交友関係の広い三ノ宮さんに言ってしまえば明日には情報通の後輩の耳に入るだろうし、そうすると明後日までには全社員が私の退職を周知していそうで怖いのだ。
とにかく、騒がれずひっそりと退職したい。
「黒田?」
「あ、あの、三ノ宮さん、お付き合いされている方は?」
あ……。早まったかもしれない。もう少しお酒が進んでからの方が良かったのかもしれない。
三ノ宮さんの眉間が困ったように寄っている。
「誰かから聞いた? 別れたんだよね」
寂しそうなお顔も格好いいです。
「なに? 聞きたい?」
「い、いえ……。全然そんな、まったく……」
「聞きたいって顔してるけど。ぷぷっ」
あ、笑った。ちょっと可愛いな。
「一緒にお酒飲んでくれるなら話すよ」
「ほんと……ですか?」
私なんかに話していいんですか?
「何飲む? ビール? 甘い系?」
「じゃあハイボールで」
「ぷっ」
「おかしいですか?」
「いやいや、ごめんね。なんかカシスオレンジとかカルーアミルクとか言うかなって思ってたからさ」
「それ、私に似合わないですよ。なんか女の子って感じじゃないですか」
「女の子でしょ?」
「いや」
「黒田は女の子だよ。まっ、じゃあハイボール頼むね」
三ノ宮さんは店員を呼んでハイボール2つと注文する。
「ビールじゃなくていいんですか?」
「うん。黒田と同じもの飲みたい」
キュン。
お、同じもの、って……。なんか、ちょっと、もう……。誤解しちゃうって……。
胸の中でのたうち回っていると、ハイボールが届く。
「じゃ、改めて乾杯」
「乾杯……」
グラスを持つ指がふるりと震える。気付かれてないかな?
カツン、とグラスをぶつけるのは緊張したけど、すっごく嬉しい。三ノ宮さんと2回も乾杯出来るなんてもう死んでもい……、いや死んじゃだめ。
喉を流れるハイボールの味は全然分からない。味覚は先に死んだらしい。
それなら視覚を大いに働かせ網膜に三ノ宮さんの姿を焼き付けよう。なんなら聴覚もフル稼働させて、三ノ宮さんのイケボを脳内リピートできるようにしておかなければ。
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