第70話 交渉のゆくえ
それからも長は、明後日の方を向いたまま小声でぶつぶつと不満を垂れ流している。
そんな言葉を大雑把に聞きながら、内心頭を抱える。
どうやら魔術師たちは、というか長は、私やミモザがちやほやされていることが大いに気に食わないらしい。
彼らは魔法の腕や素質を買われて王宮に召され、その力をもってこの国を長きにわたり守り続けてきた。事実はどうか知らないけれど、彼らはそう思っている。
そしてそんな彼らにとって、ぽっと出の魔女と竜があがめられている現状は許しがたいもののようだった。
だから彼らはこうしてここに引きこもり、自分たちの重要さに王宮が気づくのを待つことにしたと、そういうことらしい。
事情は分かったけれど、これをどうしろというのか。説得はできなさそうだし、叱っても駄目そうだし。
困り果ててそっと長から視線を外したら、長の後ろに控えている、というより隠れているシーシェと目が合った。
シーシェは長の言葉に合わせて、くるくると表情を変え続けていた。呆れ顔に苦笑、その合間に非難の眼差しを織り込んで。さらに彼は時折、目をぐるりと回しておどけてすらいた。
ここでうっかり長が振り返りでもしたら大惨事になりそうだけれど、シーシェは一向に気にしていないようだった。なんというか、やはり彼は図太い。
そしてシーシェのその表情を見れば、彼が何を考えているかは一目瞭然だった。明らかに彼は、長の言っていることに反対しまくっている。立場的に、それを言えずにいるだけで。
そういえば彼は前にも、長にがつんと言ってやってくれ、とか言っていた。長には内緒だ、というのも何回か聞いた覚えがある。
もしかしたら、長の考えに同調していない魔術師が他にいるかもしれない。ふと、そんなことを思った。だったら、そちらから切り崩せないだろうか。
私のそんな考え事にも、背後のシーシェの百面相にも気づくことなく、長は延々と話し続けている。
「白き竜があがめられるのはまだ理解できるのです。しかし魔女は我らと大差ない、ただの魔法の使い手ではありませんか。少しばかり、薬について詳しいというだけで」
ほら、やっぱり私が普通の人間なんだって分かってたんじゃないの。そう叫びたくなるのを、ぐっとこらえる。とにかく今は、長の考えを知りたい。
ところがその時、ファビオが静かに口を挟んできた。ずっと悩んでいた様子だった彼が、どうやらやっと立ち直ったらしい。
「彼女は国を正すのに大いに貢献してくれた。そういう意味で、彼女は特別な存在といえるだろう」
私をかばってくれているようなその言葉に、胸がじんと熱くなる。
これまで私は、彼に嫌われるようなことばかりしてきた。
初対面の時はぶん殴ったし、竜の姿のミモザをけしかけて威圧したこともあった。今回も、仕事が山積みの彼を引きずるようにしてここまでやってきたし。そういえば昨晩も、問答無用で眠らせた。
彼は私のことを嫌ってはいないとは思う。けれど特別好かれてもいないだろうし、ちょいちょい騒動を起こす問題人物だと思われているような気はする。
けれど彼はあくまでも状況を公平に見た上で、私をかばい立てしてくれるらしい。堅物の彼らしいといえばらしいのだが、それでも嬉しい。
……ただ、ここで私を持ち上げると長の機嫌がさらに悪くなるような気もするのだけれど……。
そんな私の思惑をよそに、ファビオはさらに堂々と語っている。
「……そもそも、彼女は追放されたヴィットーリオ様を守り抜いてくれた。そういった意味でも、彼女は功労者なのだ」
「それはたまたま、魔女のもとにヴィットーリオ様がたどり着いたというだけのこと。もしもヴィットーリオ様が我らを頼ってくださったのなら、我らは地の果てまでもお供いたしましたのに」
ファビオはかつて、ヴィットーリオを追放した側だった。そのせいか、この話題になるとどことなくファビオは腰が引けてしまっている。
それをいいことに、長はさらに勢い良く攻め立てていた。
「我らが追放されなければ、この国にあだなす悪しき臣をもっと早く見つけ出すこともできたでしょう。そうなれば、魔女や竜がでしゃばってくることなどありませんでしたのに」
とうとう反論できなくなって、ファビオが無念そうに口を閉ざした。それも無理はない。彼はかつて、その悪しき臣の近くにいながら、そうと看過することができなかったのだから。
長は満足げに笑い、またこちらを見る。
「それにその魔女は、人の心を惑わせます。ヴィットーリオ様も陛下も、すっかり彼女のとりこになってしまわれました。嘆かわしいことです」
「ちょっと、人を悪女か何かみたいに言わないでくれる?」
さすがにここまで言われて黙っていられる私ではない。憤慨しながら口を挟むと、長は不敵な笑みを浮かべ、じろりとにらみつけてきた。
「そうですか、あくまでもしらを切るのですな、魔女よ」
「私はジュリエッタよ。そこまで調べてるのなら、私の名だって知ってるでしょう?」
私の抗議を受け流し、長は言葉を続ける。
「あなたが東の国境でしたことも、我らは知っているのですよ。あなたが国に逆らい、民を率いて大暴れしたことを」
ファビオとシーシェの視線が、私に集中する。ファビオは半目になっていたし、シーシェはとても愉快そうに笑っていた。もちろん、声は出さずに。
背中を冷や汗が伝っていくのを感じる。まずい、そのことまで知られていたのか。
さすがにこればかりは、ちょっと言い逃れが難しい。あの時は、無茶苦茶をしている国の上の連中の言うことになんて従える訳ないじゃない、って気分だったからなあ。
「あ、あれは東の街の人たちが大変なことになっていたから、仕方なく」
「つまり、あなたは理由さえあればいつでも国に牙をむきかねない存在だということです。そんな者が王宮にのさばっていることを、我らは決して認めません」
長はどうあっても、私とミモザを王宮から追い出したいらしい。きっぱりと言い放ったその顔には、強い意志が表れていた。
小さくため息をついてから、ゆっくりと考えをまとめてみる。ひとまず、今後の方針だけでもはっきりさせないと、どんどんまずい方向に追い込まれかねないし。
実のところ、私もミモザも王宮を出ること自体に異論はない。というか、いままでに何度か帰ろうとしていた。私たちの家は、やっぱりあの辺境の古い小屋なのだから。
けれどもし私たちがいなくなってしまったら、ヴィットーリオとレオナルドが寂しがる。それに今でも国は不安定だし、また良からぬことを企む者が出てこないとも限らない。
だからもうちょっと、王宮でにらみを利かせているだけのつもりだった。ついでに、子供たちと遊んでやって。私とミモザなら身分も立場も関係ないから、あの二人を年相応の子供として扱ってやれる。
そんなこんなを考え合わせて、慎重に口を開く。
「……王宮近くに長く居座るつもりはないわ。じきに、辺境の森に帰るつもりよ。ヴィットーリオたちが寂しがるだろうだから、時々遊びにきたいとは思っているけれど。それでは駄目なの?」
「駄目ですな。魔女などという存在と、王家との関係は金輪際きっぱりと絶ってしまうべきなのです」
もう、ここまで譲歩したのに。長はとってもかたくなになっている。
どうにもこうにも、落としどころが見つかりそうになかった。これは一回出直した方がいいのかもしれない。
困り顔でファビオと視線を見かわしていたら、いきなり背後で物音がした。それも、なんだかただならぬ気配だ。
急いで振り向くと、入口の扉をふさぐようにして数名の魔術師が立っているのが見えた。みな、短い槍のようなものを手にしている。
あ、罠だ。私たちが話し込んでいる間に、退路を断とうとしているんだ。
その考えを裏付けるかのように、そこにいた魔術師たちはみんな比較的体格の良いものだった。
ただなぜか、ちょっぴり年を食った人たちばかり。こういうのって、若者が適任だと思うのだけれど。
そんなことをのんびりと考えていると、背後から長の声がした。勝ち誇ったような、どこか得意げな口調だった。
「魔女よ、あなたたちが今すぐに王宮を去り、そして二度と王都に、王族に近づかないと誓うのであれば、我らは大人しく刃を引きましょう」
その言葉を合図にしたかのように、魔術師たちが一斉に槍をこちらに向ける。隣のファビオも、腰に提げた剣に手を伸ばした。応戦するつもりらしい。
戦いが始まるか否かは、私の返事次第。それは分かっていたけれど、長の言葉に従う気にはなれなかった。これっぽっちも。
「いいえ、その条件は飲めないわ」
腹が立って仕方がなかった。子供のようなだだをこねて、くだらない自尊心に振り回されて、こんなところに引きこもっている魔術師たちに。
「ファビオ、帰りましょう。そろそろ戻らないと、ミモザが心配するわ。もう魔術師たちは放っておきましょう」
うんざりしたように言い放って、入り口に向かって一歩踏み出す。そこをふさいでいた魔術師たちが、槍をそろそろと突き出してきた。
彼らは武器には不慣れなのだろう、私の喉元に突きつけられた槍の穂先は震えているし、みな腰が引けてしまっている。
これなら、ロベルトのほうが強いかもしれない。というか、なぜ魔法じゃなくて武器なのだろう。一応魔女と呼ばれる私を警戒しているのか。
無造作に手を伸ばして、喉元に迫るひんやりとした金属をひっつかむ。そのまま加工の魔法を使って、ぐにゃりと曲げてやった。
槍の穂先をくるりと丸め、無造作にちぎり捨てる。そのままにっこりと笑ってやると、魔術師たちはひるんだように後ずさった。
喧嘩は、度胸と気迫がものを言う。彼らはもう、私の邪魔はできない。私に圧倒されてしまったから。
ファビオをうながし、魔術師たちを押しのけるようにしてさらに前に進む。そうして私たちがまさに部屋を出ようとしたその時、とんでもない言葉が背後から投げかけられた。
「あなたがここを去るのであれば、多くの人間が死ぬことになります。それでもあなたは、そのまま進まれるのですかな?」
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