第55話 最後の大掃除
ファビオと兵士たちは、こんな騒動を経て私たちに協力してくれることになった。丸め込んだというか、押し切ったというか。ともかく、彼は味方だ。
けれどまだ、これで終わりではない。レオナルドの裏で悪さをしていた人間、つまりこの件の黒幕を全部突き止めて、今の暴政を止めるという大仕事が残っているのだ。
誰がその黒幕なのかについては、ファビオが全部喋ってくれた。憑き物が落ちたかのように、すんなりと。
「……結局、大臣や高位の文官が多数関与していたのですか……まったくもって嘆かわしい」
そうして黒幕の名を全て知ったロベルトが、思いっきり頭を抱えていた。
「しかも、逆らう者は全て追放されたのですか……大急ぎで彼らを呼び戻さねばなりません」
ヴィットーリオも難しい顔をしている。苦しそうに目を細めていた。
「最近王宮から人が減ったなって、ぼくはそう思ってたんです……でもみんなが、そんなことになっていたなんて……」
レオナルドは泣きそうになりながら、ヴィットーリオの手をつかんでいる。。
「思ったより数が多いね。面倒だから、まとめて片付ける?」
人の姿になったミモザは、けろりとそんなことを言っていた。ちなみに竜が人になったことで兵士たちはまた腰を抜かし、ファビオも立ったまま硬直していた。
「そうね。説得するにせよ力ずくで黙らせるにせよ、一人ずつというのは大変ね。ああ、そうだわ」
言葉を切って、ミモザのほうに歩き出す。
「さっきはばたばたしていて言えなかったけれど……おかえりなさい、ミモザ」
そうして、ミモザを思いっきり抱きしめてしまっていた。
「ただいま。……それはそうとして、人前だよ?」
そんな風に答えながらも、ミモザもしっかりと抱きしめ返してくれた。
「いいの。やっとあなたが戻ってきてくれたんだって、実感したいから」
周囲にはたくさんの人がいるのに、びっくりするくらい静まり返っている。たくさんの視線を感じたけれど、気にしない。
そうして久しぶりに、一番大切な温もりを全身で感じていた。
「さて、それじゃあ話を元に戻すわよ」
しばらくミモザとくっついて元気を取り戻せた私が生き生きとそう言うと、みんなちょっと微妙な視線を返してきた。
とはいえヴィットーリオとレオナルドは嬉しそうだったし、ロベルトは冷やかすような目でこっそりと笑っていた。
「黒幕たちの名前は判明したわ。私たちは彼らを問いただし、改心させるなり罰するなりする」
「たぶん、改心はしないような気がするけれど」
「だから彼らをかき集めるわ。兵士たちは王宮内に散って、彼らが逃げないようにそれとなく退路を断ってちょうだい」
「もし逃がしちゃったら、その時は……分かってるよね?」
ミモザがそんなことを言って、兵士たちににっこりと笑いかける。兵士たちはあの竜がよほど恐ろしかったのか、震え上がりながらもこくこくとうなずいていた。
「その間に、レオナルドとファビオが組んで一人ずつ黒幕をおびき出す。陛下のお呼びとかなんとか、そんな理由をつければいいんじゃないかしら」
「そうやっておびき出された人たちを、僕が拘束するんだ」
「ヴィットーリオとロベルトは私と一緒に待機。全員集まったら、まとめて尋問にかかるわよ」
「僕たちは説得とか苦手だから、頑張ってねロベルト」
私とミモザがすらすらと語る内容を、みんなぽかんとした顔で聞いていた。ただ、どうやら異論はないらしい。
「それじゃあ、さっそく始めましょう」
「ヴィットーリオがここにいることを、あちら側に知られる前に、ね。それじゃあファビオ、案内お願いできるかな」
ミモザがそう言ってぱんと手を叩き、レオナルドの肩を抱いて歩き出す。
「いってらっしゃい、ミモザ。また後でね」
「うん、また後で」
そうしてにこやかに手を振る。この場で微笑んでいるのは、私とミモザの二人だけだった。
幸い、黒幕たちはあっさりと捕まった。全員。
何とものんきなことに、テラスに竜が現れたという一大事にもかかわらず、彼らはみな優雅に寝こけていたのだ。
メイドたちに聞いてみたら、「眠りを邪魔しないように、と言いつけられておりますので……」と答えてくれた。
なんだそれは。どう考えてもおかしい。彼らは今、隣国との戦に備えているはずなのに。ぴりぴりしているどころか、平和ぼけしている。……やはり、何か裏がある気がする。
腕組みをして小声でうなり、座り込んでいる人たちを見下ろした。
ここは王宮のはずれにある一室。そこに集められた黒幕たち、その数ざっと十数名。壁際の椅子に座らされた彼らは、不審げな目をしてこちらの様子をうかがっている。
その横には、涼しい顔のミモザ。黒幕たちを捕まえるにあたって色々あったらしく、彼らはみんなちらちらとミモザの様子をうかがっていた。
「ねえロベルト、ちょっと耳を貸してちょうだい」
ロベルトを連れて、いったん黒幕たちから離れる。そして彼の耳にささやきかけた。
「やっぱり、ファビオが言っていた『隣国が攻めてくる』って情報がおかしいと思うの。誰かが故意に、隣国からの情報をゆがめていたんじゃないかしら」
「……たぶんファビオは、そういう意味では彼らの仲間ではない。ここに集めた人間たちも、みなが一律に首謀者という訳でもないのかもしれないわ」
「ファビオの件については複雑な気分ですが、私もそう思います。ただ、彼らのうち誰が中心人物なのかを割り出すのには、少々時間がかかりそうですね」
「あなたの見事な弁舌をもってしても?」
「お褒めいただきありがとうございます、ジュリエッタ様。ですが、時間がかかることに変わりはなく……いくらなんでも、あちらの人数が多すぎまして……」
問題なのは、人数だけではなかった。これから私たちが問い詰めなければならないのは、王宮の、つまり国の中枢を担う人物たちだ。
だから彼らはみな、知力に話術に胆力、そういった何かしらに優れているだろう。つまり、難敵。
ここに集めるまでは力ずくでなんとかなったけれど、ここからは苦戦するのが目に見えている。
これが普通の臣下なら、レオナルドに命令してもらえば済む。でもここにいるのって、ある意味王を裏切っている連中だし。王の言うことなんて、聞かないだろうなあ。ああ、頭が痛い。
「いっそ、ちょおっと脅してやるのもありかしらね……あのヒゲの先っちょを燃やしてやるとか……」
ひときわ偉そうにふんぞり返っている大臣の、夜中だというのに美しく整えられた大きなヒゲを見ながらそんなことをつぶやくと、ロベルトが苦笑しながら止めてきた。
「いえ、私が頑張りますので、どうぞジュリエッタ様は……」
「だってあいつら、ヴィットーリオを泣かせたのよ? ちょっとくらい痛い目を見せてやってもいいと思うのだけれど」
「落ち着いて、ジュリエッタ」
ひそひそこそこそと言い争う私たちの間に、すっとミモザが笑顔で割り込んでくる。
「確かに、ロベルト一人じゃ大変そうだよね。だから僕が手伝うよ。あなたはここまで大変だったんだから、ヴィットーリオたちと休んでて」
「でも……」
「……それに、あなたが死にかけた分のお礼もしたいし」
ミモザは薄く笑って、黒幕たちとそのそばにいるファビオをちらりと見る。ファビオはびくりと肩を震わせて、そろそろと視線をそらした。
さっきからずっと、ファビオはこの調子だ。どうやらよほどミモザのことが怖いらしい。その態度には、少々腹が立たなくもない。
ただ、いきなりとんでもなく大きな竜が表れて、しかも人になるところを見てしまったら、こんな反応になるのも仕方ないかもしれない。たぶん、ヴィットーリオたちの方が例外なのだろう。あと、私も。
一方でミモザの方は、ファビオのこの反応を面白がってしまっている節がある。
彼は明らかに怖がっているのに、逃げることも、罵倒してくることもない。そんな人間は、今まで一人もいなかった。だから、気になるのだろう。
「せっかくだから、ファビオも手伝ってよ」
ミモザが軽やかな声で、ファビオに呼びかける。元からあまり顔色の良くないファビオは、さらに青ざめながらもうなずいていた。
ロベルトとミモザ、そしてファビオ。この三人が協力して、黒幕たちを取り調べ始めた。
一方で私とヴィットーリオとレオナルドは、メイドたちに用意してもらったお茶を飲みながら別室で休憩することにした。ずっとばたばたしていたし、子供たちにはそろそろ疲れが見えてきていたから。
けれどヴィットーリオとレオナルドは、春先からの別離の時間を埋めるように、途切れることなく話し続けていた。
「ただいま、終わったよ」
そうしていたら、ミモザが顔を出した。やけにご機嫌な顔だ。
「ずいぶんと早かったのね?」
「うん。それがね……」
そうしてミモザが語った内容に、私たちは三人とも笑わずにはいられなかった。
まずはロベルトが黒幕たちと順に話し、非協力的な者や、まだ嘘をついていると思われた者をより分ける。
より分けられた者たちをファビオが説得し、口を割らせる。それでもだんまりを決めこんだのが、三人。状況から見て、たぶんこの騒動の中心人物たちだ。
その三人をテラスに連れ出して、今度は竜の姿のミモザがお説教をぶちかましたのだ。『隣国が攻めてこないって、君たちは知ってるよね? でもそれじゃあだまされてたみんなに悪いから、僕が代わりに君たちを攻めてあげようかな』などと言って。
そして彼は、大きな手で一人をひっつかみ、あーんと開けた口に放り込む真似をしたのだそうだ。
「な、なにそれ、めちゃくちゃよ。しかもまあ、悪役の真似がうまくなっちゃって」
必死に笑いをこらえる私に、ミモザもおかしそうな顔で答えた。
「一人は気絶しちゃったし、残りの二人も腰を抜かして動けなくなってた。だからもう一押し、『王子の追放と王宮の乗っ取りについて、全てを話して。そうすれば食べないでいてあげる』って言ったんだ。そこからはもう、喋る喋る」
「……あの、ミモザさまは……人間を食べるのですか?」
話を聞いていたレオナルドが、かすかに震えながら尋ねてくる。
「食べないよ。かわいそうだし、僕はちゃんとした料理のほうが好き」
それでようやっと、子供たちも安心したようだ。まったくミモザったら、調子に乗りすぎだ。
そうしてミモザは、彼らから聞き出したことも教えてくれた。
きっかけは、先王の死去と、隣国の勢力拡大だった。国が不安定になっているこの隙をついて甘い汁を吸う、そのために彼らは暗躍していた。
彼らはまず、隣国は危険な存在であると、そんな情報をでっちあげた。その脅威に対抗するためには、大至急軍備を強化しないといけない。そう、みなの意見を誘導していったのだ。
ここまできたら、後は簡単だ。国を守るという名目のもと重税をかけ、民からしぼり取った金を自分の懐にしまいこみ、優雅に豊かに生きる。
しかし一つだけ、障害があった。次の王となるはずのヴィットーリオだ。彼は戦いを良しとしないし、意志も強い。彼がいれば、黒幕たちの目論見の水の泡だ。
だから彼らは、適当な罪をヴィットーリオになすりつけ、追放したのだった。
「それを聞いたファビオが、かわいそうなくらいしおれてて。どうしてそんなことを見抜けなかったのかと、かくなる上は職を辞するしかないって思い詰めてて」
「あら、それからどうなったの?」
「ロベルトが平手打ちを入れてた。『己の無力を恥じる暇があったら、さっさとこの国を立て直すのに力を貸しなさい。それでなくても、人手が足りないんですよ』だって」
「……それは見てみたかったわね」
「ともかく、今はロベルトとファビオが手分けして、この事態の後始末をしてる。ヴィットーリオ、レオナルド、君たちは今日はもうゆっくり休んで。明日になったら、一気に忙しくなるよ」
「はい! ……本当にありがとうございました、ミモザ様、ジュリエッタ様」
「ありがとうございます!」
ちょっぴり眠そうな顔で、子供たちがぺこりと頭を下げる。ミモザと顔を見合わせて、二人の手を引いて歩き出す。
「……予想の中では、一番いい結末になったかな」
「そうね。こんなにうまくいくなんて思いもしなかった」
私もミモザも、笑みを浮かべていた。眠気も疲労も、不思議なくらい感じていなかった。
胸の中に満ちているのは、穏やかな安堵と陽だまりのような幸せ、それだけだった。
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