第15話 花に彩られた夢

 色とりどりの花があふれる街の中を、ミモザと手をつないで歩く。行きかう人々はみなとても楽しそうで、こうしているだけで心が浮き立ってくる。


「来てよかったわね、ミモザ」


「うん。お祭りって、こんなに楽しいものだったんだね。いつもよりずっとたくさんの人がいて、にぎやかな街がもっとにぎやかで。なんだか、夢を見ているみたいだ」


 うっとりとため息をつくミモザの頬は上気していて、いつもよりさらに美しい。すれ違う女性たちが、みんな彼に見とれている。……実は、私も。


 私の視線に気づいたらしく、ミモザが可愛らしく首をかしげる。


「どうしたの、ジュリエッタ。僕の顔をじっと見てるみたいだけど」


「……綺麗だな、って思ってたの」


「ありがとう、あなたにそう言ってもらえるとすごく嬉しい。でも、あなたもとても綺麗だよ。ほら、見て」


 ミモザははにかむように笑って、近くに立つ石像のところに私を引っ張っていった。私の身長よりも高い石の台座を備えた、とても大きな石像だ。


 台座はとても丁寧に磨き上げられて、まるで鏡のようにつややかだった。そしてそこには、並んで立つ私たちの姿がはっきりと映っていた。


 久しぶりに見た自分の姿は、屋敷にいた時よりも生き生きしているように思えた。それに、幸せそうだ。


「ね、綺麗でしょう」


 すぐ隣で、ミモザが笑う。そんな彼と私、台座に映った二つの姿を見て、思わず息をのむ。


 揃いの花輪をかぶって立っている、一組の可愛らしい男女がそこにいた。


 ほんの少し年の差があるけれど、もう数年もすれば全く気にならなくなるだろう。


 誰もが口を揃えて、お似合いの二人だと言うに違いない、そんな仲睦まじい二人だった。


 ずっと姉弟のような気分でミモザに接してきていたのに、これではまるで恋人か夫婦だ。そう意識したとたん、耳がかっと熱くなるのを感じた。


「……ねえ、僕はもう、あなたに釣り合うくらい大きくなれたよね」


 私の様子がおかしいことに気づいているのかいないのか、ミモザがやけに甘くささやいてくる。熱を帯びた耳元を、彼の柔らかい吐息がくすぐった。


 どうしていいか分からずに、台座からばっと目をそらす。


 すると今度は、つながれたままの私たちの手が目に入った。


 ミモザの手は、自分の手よりも大きくがっしりしている。そんなことに、今頃気がついた。急に鼓動が速くなる。


 困った。嫌じゃないけど、どんな顔をしていればいいのだろう。


 何も言えずに突っ立っていたら、ミモザがふと遠くに目を向けた。


「あっちの方から音楽が聞こえてくるね。行ってみようか」


 たぶん彼は、私が戸惑っているのを察して話題を変えてくれたのだろう。そういう気遣いが得意なところは、小さな頃から変わらない。


 ミモザに手を引かれたまま、音のする方に向かって歩き始める。一生懸命、子供の頃のミモザのことを思い出しながら。


 けれどどうしても、手から伝わる温もりを意識せずにはいられなかった。




 たどり着いた大きな広場では、素敵な光景が広がっていた。


 広場の中央には、数人の楽士。そしてその周囲には、たくさんの男女。


 楽士たちは手に手に楽器を持ち、華やかな音楽を奏でている。かすかな哀愁を感じさせる、切なくも甘い旋律が辺りに流れている。


 男女たちはそれぞれ組になり、音楽に合わせて踊っていた。小さな子供からお年寄りまで様々だったが、やはり年頃の人間が一番多かった。


「ダンスパーティーか……懐かしいな」


 まだ私が令嬢だった頃に、何度も舞踏会に参加した。目の前の光景はとても素朴だけど、舞踏会と同じくらい、いやそれ以上に幸せな光景だと思えた。


 笑みを浮かべて、踊る人たちをゆったりと眺める。と、ミモザがうやうやしく礼をして、優雅に手を差し出してきた。


「ジュリエッタ、どうか僕と踊ってくれませんか」


 まるで王侯貴族のように優雅な仕草に、とっさに返事ができずに立ち尽くす。


「あなたの立ち居ふるまいと、あと本から学んだんだけど……どう、さまになってた? 貴族っぽかった?」


 ミモザは軽く顔を上げると、いたずらっぽい金色の目でちらりと見上げてきた。


 その表情にまたどきりとさせられながらも、そろそろと彼の手を取る。


 ミモザは優しく微笑むと、私を広場の中ほどまで導いていった。そうして、私たちのダンスが始まる。


「あら、うまいじゃないのミモザ」


「見よう見真似だけどね。周りの人を見て、それっぽく動いているだけだから」


「でも、立派なものよ。これだけしっかりとしたリードなら、私も安心して踊れるわ」


 そんなことをささやき合いながら、くるくると踊り続ける。


 花に彩られた風景の中で、花輪を被ったミモザがまっすぐに私を見つめている。


 私たちが踊り、回るたびに周囲の風景はめまぐるしく変わっていき、ミモザの顔に華やかな笑みが浮かぶ。


 それはあまりに美しく、現実味のない風景だった。


 夢を見ているような心地になりながら、ただミモザだけを見つめる。触れ合ったところから伝わってくる、優しい体温だけを感じる。


 どれくらいそうしていたのか、音楽が止み、その場の全員が足を止めた。我に返った私の目の前で、息を弾ませたミモザがにっこりと笑う。


「ああ、楽しかった。ありがとう、ジュリエッタ」


「そうね、久しぶりに踊ったけど楽しかったわ」


「あなたに喜んでもらえてよかった。ところで、あなたには聞こえてた?」


「聞こえてたって、何のこと?」


 踊っている間中、私に聞こえていたのは音楽だけだった。


 首をかしげた私の耳元に、ミモザが顔を寄せてくる。少年の高さと青年の落ち着きを兼ね備えた柔らかい声が、私の耳をそっとくすぐった。


「周りの人たちが僕たちを見て、こう言ってたんだよ。『お似合いの二人だね』って。僕たち、そんな風に見えてるんだね」


 その言葉に、また鼓動が速くなる。ミモザはそんな私を見て、ひときわ嬉しそうに笑った。それから、ぎゅっと私を抱きしめてくる。


「今はまだ僕の方が年下に見えるけど、あと少しであなたより大きくなれる。そうしたらきっと、もっとお似合いに見えるんだろうな」


「あなたは、どこまで育つの? このままの勢いで育ったら、あっというまにおじいちゃんになっちゃいそうだけど」


 動揺を隠すように、そんなことを口にする。ミモザは私を抱きしめたままむくれてみせた。


「ならないよ。あと数年分くらい成長して大人の姿になったら、あとはずっと同じ姿のまま。……だから、人間に混ざって暮らすのには向いてないんだ」


 冬のことを思い出してしまったのか、不意にミモザが暗い顔をする。思わず手を伸ばし、彼の顔にそっと触れた。


 ミモザは目を見開いて、それから私の手に軽く顔をすり寄せてきた。まだ彼が小さな竜だった頃によく見せていた、甘えたがりの子猫のような仕草だった。


「ごめん、暗くなっちゃったね。さあ、もっとあちこち見て回ろう。お祭りは始まったばかりなんだから」


 ミモザは自分の顔に添えられた私の手を取ると、どこか寂しげな笑みを一瞬浮かべた。


 けれどそれ以上何も言わず、私と手をつないでまた歩き出した。その横顔は、もういつもと変わらない穏やかなものだった。






 そうして丸一週間祭りを楽しんだ私たちは、満足な気分で帰路についていた。


 浮かれた足取りで大門の近くまで来た時、前方に人だかりが見えた。門の外を目指す人たちの列が、動きを止めてしまっている。


「もめ事か何かかしら? 物騒な感じはしないけれど」


 そうつぶやくと、ミモザが聞こえたことを教えてくれた。やはり彼は、とても耳がいい。


「急病人が出たみたいだね。医者はまだ来てないみたい。大丈夫かな」


「だったらちょっと、様子を見にいきましょうか」


 病人なら、私が力になれるかもしれない。前世では薬師見習いとして薬について学んできたし、生まれ変わってからも薬草や薬の勉強は続けている。私が調合した薬は、近くの村でも好評だ。


 そして二人一緒に人だかりに近づき、人と人の隙間から中をのぞき込んだ。


 人垣の真ん中で、初老の男性が倒れていた。従者らしき若者が、必死に男性に呼びかけている。


 身なりから見て、初老の男性は間違いなく貴族だ。


 男性は胸をかきむしるようにしながら、力なくうめいている。周囲からは、医者はまだか、今呼びにいったところだ、という声が聞こえていた。


 見たところ、男性の病状は深刻なように思えた。私の手持ちの薬の中に、何か効きそうなのがあったかな。


 男性を見つめて、必死に考える。その時、いくつかの単語が頭の中に突然浮かび上がった。

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