第12話 お誕生日おめでとう

 夏もそろそろ終わりを迎え、秋の足音が近づいてきていた。昼はまだ暑いけれど、朝晩は涼しく、過ごしやすくなっていた。


 春からずっと練習し続けたおかげで、加工の魔法もかなり使いこなせるようになっていた。


 なので、いよいよ小屋の増築に手をつけることにした。冬越しの準備もあるし、あまり先延ばしにはできない。


 実はまだちょっぴり自信がないけれど、思い切りと度胸で乗り切ろう。ミモザが基本的な魔法を使えるようになったから、色々と手伝ってもらえるし。


 そうして二人がかりで、風の魔法を使いまくった。木を切り倒し、小屋の裏手まで運んでいく。


 ミモザは竜の姿に戻れば、魔法を使わなくても木を倒したり運んだりできる。


 けれど、さすがに小屋の近くをあの姿でうろつくのはまずい。今まで村人がこの小屋に来たことはないけれど、万が一ということもある。


 そうやって集めた大量の木材を加工の魔法で変形させ、小屋の隅、その外側に新しい部屋を作っていく。


 ここは、新たな物置部屋にする予定だ。


 一年以上ここで暮らしていくうちに、物がずいぶんと増えていた。


 干し魚、薬草、岩塩、宝石の原石などの森の恵み。毛布、小麦粉、野菜などの村の人たちから譲ってもらったもの。


 それらに加えて、東の街で買い込んだ服やら本やらその他もろもろ。


 そういった品々は今の物置部屋にはもう入りきらなくなっていて、居間にまで積み上げられていたのだ。これでやっと、きちんとしまっておける。


 ついでに、食料庫も建て増しした。


 地下収納庫を備えた本格的なもので、これなら余裕をもって冬越しの食料をしまっておける。加工の魔法を使えば、土を変形させて地下室を作ることもできる。


 去年の冬は食料の残りが心もとなくなってしまって、雪の降る中を魚捕りに出かけるはめになってしまったのだ。


 ミモザは楽しそうだったけど、正直かなり寒かった。今年はあんなことがないようにしっかり準備しておきたい。


 そうして思ったよりも小屋の増築が楽に終わったので、調子に乗って水路も作ってみることにした。


 近くの川から水路を掘り、小屋の近くに作った小さな池に水を引く。そしてその池から川へと向かう、もう一本の水路を掘り上げた。


 こうしておけば水が流れ続け、いつでも新鮮な水がすぐに手に入る。よし、これで冬の間の面倒な水くみともこれでお別れだ。


「……結局、かなりあちこちいじってしまったわね」


「うん、とっても素敵になったよね。やっぱり魔法ってすごいね」


 一通りの増改築が終わった小屋を見ながら、私たちはそんなことを言い合っていた。




 変わったのは小屋だけではない。最近では、新鮮な獣の肉もよく食卓に上がるようになっていた。ミモザのおかげだった。


 そもそもの始まりは、東の街で買った料理の本だった。その本には、獣の解体方法も書かれていたのだ。


 帰ってきてから、ミモザはその本を読みふけっていた。しかも、あれこれと空中で手を動かしながら。


 どうしたのかなと思っていたある日、彼は竜の姿で森の奥に分け入り、大きな猪を狩ってきたのだ。


「そ、それ……さすがに私には解体できないわ……」


「大丈夫。僕に任せて」


 そして遠巻きに私が見守る中、彼はあっさりと猪を解体してしまった。初めてとは思えないほど見事な手際だった。


「本を読みながら想像してたのと大体同じで、助かったよ」


 肉の山を前に、ミモザは晴れやかに笑っていた。


 肉の一部はその日の夕食になり、余った分は干したり塩漬けにしたりして食料庫に収まった。


 毛皮は後で加工して、冬用の敷物になる予定だ。ミモザはこの成果に気を良くしたのか、それからは水鳥に加え獣も狩ってくるようになった。


「やっぱり、こういうのは男の仕事だからね」


 ナイフ一本で鹿を解体しているミモザに、離れたところから呼びかける。正直、血の臭いは苦手だ。


「……確かに、私にはちょっと手に余るけど……怪我には気をつけてね」


「大丈夫、僕は竜だし頑丈だから。そこらの獣なんかには負けないよ」


 どうしても心配げな目を向けてしまう私に、ミモザはそう言って笑いかけた。




 そうして冬に備えてあれこれと働きながら、私はもう一つの準備を着々と進めていた。






 秋も深まってきたある日、ミモザは豪華な夕食が乗った机を前に目を丸くしていた。


「どうしたの、この料理? ずいぶんたくさんあるね」


「今日はあなたのお誕生日でしょう? 私たちが初めて会った日だもの」


 私がそう答えると、ミモザはあ、と小さな声を上げた。


 その白い頬に、ほんのりと赤い色が浮かんでくる。綺麗だな、とそんなことをこっそり思った。


「そっか、人間って生まれた日を祝うんだったっけ……忘れてた」


 ミモザは村の人と話したり本を読んだりして、人間の文化にはかなり慣れていた。でも、誕生日を祝うという感覚は彼の中にはまだなかったらしい。


「贈り物も用意してあるのよ。ほら」


 小さな布の包みを差し出すと、ミモザは呆然とした顔で受け取った。


「初めての……お誕生日の……贈り物……どうしよう、嬉しすぎてどんな顔をしていいのか分からないよ」


「ふふ、まずは開けてみて?」


 その言葉で我に返ったように、ミモザがいそいそと包みを開ける。その目に、見る見るうちに涙が浮かぶ。


「うわあ、素敵だなあ。これ、もしかしてあなたが作ったの?」


「ええ。あなたが出かけている隙に、少しずつね」


 私が選んだ贈り物は、様々な色に染め分けた革紐を複雑に編み込んだ飾り紐だった。


 首にかけてもいいし、腕に巻いてもいい。それにこれなら、ミモザがもっと大きくなっても使える。


「実家にいた頃に習った細工物なの。その編み目はお守りとして使われるのよ」


「そうなんだ、ありがとう。……ああ、嬉しいな」


「さあ、そろそろご飯にしましょう。冷めちゃうわ」


 さっきからずっと感嘆の声を上げっぱなしのミモザをうながして、私たちは食事の席に着いた。




 今日の食事はミモザの好物尽くしだ。色鮮やかな飾り紐を誇らしげに首に巻いたミモザは、とても幸せそうに次々と料理を平らげていった。


 彼は見た目よりもたくさん食べる方だけれど、今日は特に食が進んでいるようだった。大量のごちそうが、清々しいほど勢い良く消えていく。


「ああ、すっごくおいしい。誕生日って、とても幸せな日なんだね……あ」


 ふと、ミモザの手が止まる。その表情から笑みが消えた。


「どうしたの、ミモザ?」


「……ねえ、あなたの誕生日っていつなの?」


「春よ。ちょうど東の街に行っていた頃ね」


 私がさらりと答えると、彼はひどく悲しげな顔になり、がっくりとうなだれてしまった。


 先ほどまでの幸せそうな様子はどこへやら、まるで絶望しているような姿だ。


「……お祝い、できなかったね。あなたの誕生日……」


 ずんと落ち込んでしまった彼を、あわててなだめる。そんなことで、暗い気分になって欲しくなかったから。


「いいのよ。日にちを教えてなかった私が悪いんだし。それに、あの頃はまだ誕生日を祝いたいなんて気分じゃなかったから」


 私はミモザの誕生日を祝いたいと思って準備をしていたけれど、自分で自分の誕生日を祝おうという気にはとてもならなかった。


 だからその日も、取り立てて何かをすることなく普段通りに過ごしていたのだ。


 けれどミモザは私の誕生日を祝えなかったことがよほど残念だったのか、うつむいたまま動かない。


 彼の顔はさらりと流れる白い髪に半ば隠れてしまっていて、その表情はうかがい知れなかった。


「……来年は、ちゃんと僕がお祝いするからね」


 やがて、そんな弱々しい声が彼の口からもれてきた。


「ええ、楽しみにしているわ」


 私が笑ってそう答えると、やっとミモザは顔を上げた。そこには、決意のようなものが見て取れた。


「うん、絶対に最高の誕生日にしてみせるからね!」


 そうして私たちは、ようやく食事を再開した。いつものように色々なことを話しながら和やかに食事を口に運んでいると、またミモザが考え込みながら口を開いた。


「参考までに聞きたいんだけど……あなたは今まで、どんな風に誕生日を過ごしていたの?」


 そう問いながらも、ミモザは私の様子を慎重にうかがっている。昔の辛い記憶を思い出させたくない、そう思っているのだろう。


 けれど同時に、彼は私の過去に興味を抱いているようだった。


 なのでことさらに明るくにっこりと笑って、昔の話を語って聞かせることにした。できる限り、楽しそうな声と表情で。


 私が生まれ育ったのは、王都にほど近い屋敷。私の誕生日には、毎年盛大なパーティーが開かれていた。婚約してからはあの王子も顔を出していて、二人で一緒に踊っていたものだ……。


 ふとよみがえる忌まわしい記憶に、どす黒い気持ちが込み上げる。


 それをミモザに悟られないように、にこやかに話し続けた。あの王子のことさえ思い出さなければ、それはただの幸せな思い出でしかなかったから。

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