第5話 にぎやかな日々

 一人で立派に生き抜いてみせるつもりだった追放生活は、ミモザが加わったことで楽しくにぎやかなものになっていた。


 人と関わるのはまだおっくうだったけれど、人ではなく竜であるミモザに対しては、気負うことなく接することができたのだ。


 そしてミモザは、小さくてもやはり竜だけのことはあった。この子は私の作業を横で見て、すぐに真似をするようになったのだ。


 その様は、親の手伝いをしたがる小さな子供のようにも見えた。


 ミモザが真っ先に覚えたのは、魚捕りだった。


 周囲の水ごと魔法ですくい取って魚を捕まえている私とは違い、ミモザは川に飛び込むとすぐに何匹も魚をくわえて戻ってくる。


 すごいわね、と褒めてやるとミモザは得意げに胸を張っていた。


 またミモザは、時折一人でふらっと森に出かけるようになっていた。


 そうして、色々なものを持って帰ってくる。森に自生していた果物とか、薪にするのにちょうどよさそうな木の枝とか、そういったものだ。


 それらを受け取って褒めてやると、いつもミモザは嬉しそうに目を細めて鳴くのだ。


 ミモザとのそんなやり取りの数々は、あの王子のせいですさんでいた私の心をじんわりと温めてくれていた。




 ある日、ミモザは半日ほど留守にしていた。


 そうして帰ってきたミモザは、いつも以上に浮かれた様子で水鳥を差し出してきた。どうやら川の方で狩ってきたらしい。


 一瞬驚きで悲鳴を上げかけたけれど、ぐっとのみ込んだ。そして前世の記憶だけを頼りに、恐る恐る解体する。正直自信はないけれど、私がやるしかない。


 楽しそうな目をしたミモザに見守られながらどうにか鳥をばらし終えた時には、全身血と脂で汚れてしまっていた。大急ぎで川に行って洗い落とす。暖かい季節で、本当によかった。


 けれど苦労のかいあって、その日の夕食はとても豪勢なものになった。


 森で摘んできた香草とたっぷりの岩塩をまぶして焼き上げた新鮮な鳥は、かつて屋敷で食べていたどんなごちそうよりもおいしく思えた。ミモザがとってきてくれた鳥だからかな。


 むしった羽毛もしっかりと取っておく。これを貯めこめば、冬用の温かな寝具を作れるだろう。


 お肉をお腹いっぱい食べてミモザも満足そうだ。また取ってきてくれる? と尋ねたら、眠そうに目をまたたきながら大きくうなずいていた。




「どうしたの、これ?」


 そんなミモザは、ある日妙なものを持ち帰った。その小さな手ににぎられていたのは、ころんとしたきれいな石。


 ミモザは得意げな顔で、いつものようにそれを差し出してくる。


 受け取って日にかざすと、紫がかった透き通るような赤が美しくきらめいていた。


 この形と色には見覚えがあった。昔、お父様が見せてくれた宝石の原石がちょうどこんな感じだった。


 これは既に研磨してあるのではないですかと私が尋ねると、お父様は笑いながら「この石は、掘り出されたその時からこの形をしているんだよ」と教えてくれた。


 石のきらめきに、私の心は幸せだった昔に引き戻される。懐かしさと悲しさに、胸がぎゅっと締め付けられる。


 そのままぼうっとしていると、ミモザが小首をかしげてこちらを見ていた。どうしたの、とでも言いたげな顔だ。


「ミモザ、どこでこれを拾ったの?」


 感傷を振り払うようにそう尋ねると、ミモザはいつものように得意げに胸を張った。ついてこい、というような仕草をしながら小屋を出ていく。元気よく。


 誘うように輝き続けている石を机に置くと、ミモザの後をあわてて追いかけた。




 ミモザは森の小道を抜け、いつもの川にやってきた。そのまま上流の方に歩いていって、川が曲がっているところで突然立ち止まる。


 それから流れが穏やかな浅瀬に足を踏み入れて、川底を引っかき回し始めた。


「ここにあったの?」


 そう尋ねると、ミモザは川底をかき回す手を止めずにぴい、と答えてきた。いつになく真剣なその目は、じっと水底を見据えている。


 私もミモザの作業を手伝うことにした。二人がかりで川底の小石をどかし、砂をかき分けていると、すぐに見覚えのある赤い石が姿を現す。


「こんなところに、こんなものがあったのね……」


 驚きに目を丸くしている私の横で、ミモザはさらに浅瀬を掘り続けている。


 じきに嬉しそうな鳴き声を上げて、ミモザが飛び跳ねた。その手には、さらに別の石。こちらは緑色だ。


「すごいわ、ミモザ。……私も負けていられないわね」


 それから私とミモザは、競うようにしてきらきらの原石を探し続けた。




「ちょっと、張り切りすぎちゃったわね」


 しばらく経った後、私は大量の原石を抱えて苦笑していた。その足元では、すっかりびしょぬれになったミモザが楽しそうに鳴いている。


 落とさないように、原石を手持ちのスカーフにしっかりと包む。その包みは、ずっしりと重かった。


 この原石は貴重で高価なものなのだと、お父様はそう言っていた。そんなものがこんなに簡単に、こんなにたくさん手に入るなんて。まるで、宝の山だ。


 もっとも、魔物が棲むと言われているこの森に足を踏み入れる人間なんてそういないだろうし、これだけのお宝が埋もれたままになっていてもおかしくはない。


 お宝と言えば、森の中にある岩塩の鉱脈もそうだ。塩が貴重な内陸部では、塩は高額で取引されると聞いたことがある。


 さらに、この森は薬草がとても豊富だ。誰も摘みにこないからだろう。種類も量もかなりのものだし、貴重なものも多い。


 たぶん偶然なのだろうけど、面白いところに追放されたものだと思う。


 手の中の石の重みを感じながら、遠くに目をやる。


 これを換金できれば、かなりの金を手にできる筈だ。それに今まで集めた岩塩や作った薬も、金と換えられる。


 今のような暮らしをしていればお金なんてほとんど必要ないけれど、いずれ冬がやってきてしまう。


 この辺りの冬は、きっと厳しい。ここは、かつて暮らしていた屋敷からはずっとずっと北にあるから。


 保存食に毛布、薪の山。その他色々なものが、冬越しには必要になるはずだ。


 近くの村に行けば必要な物は売ってもらえると、追放された時にそう教えられてはいる。しかしもちろん、そのためにはお金が必要だ。


 多少の金子は持ってきているけれど、そのお金はいざという時のために取っておきたい。お金に換えられそうなものは、いくらあっても困らない。


「村に行って、人に会う、か……気が乗らないわ」


 ミモザに聞こえないように、口の中だけでつぶやく。


 できることなら、このままミモザと一緒に森に引きこもっていたかった。人間に会うのは、やはり少しばかりおっくうだった。


 けれど今は、そんなことを言っている場合ではない。ミモザと二人、楽しく冬を越せるかどうかがかかっているのだ。


「ねえミモザ、これを売ってもいいかしら」


 そう尋ねると、ミモザは私の言葉を理解しきれていないのか、ぴい? とごまかすように可愛らしく鳴いていた。


「これを売って、そのお金で冬支度を整えようと思うの。冬は寒いし、雪が積もったら出かけられなくなるから、その前にしっかり準備しておかないといけないのよ」


 そう説明すると、ミモザは今度こそ理解したようで、ぴい! と元気よく答えた。




 小屋に戻ってすぐに、村に出かける準備を始める。


 今しがた集めた宝石の半分を物置にしまい、残り半分を肩掛けカバンに詰めた。


 さらに、食料庫で保存していた岩塩と干した薬草、物置に置いていた調合済みの薬もいくつか持ってきた。これらも同じように、カバンにしまっていく。


 その間中、ミモザは浮かれたようにうろうろと歩き回っていた。そのご機嫌な様子に、ふと嫌な予感がした。


「ミモザ、あなたはお留守番よ。竜が人前に出たら大騒ぎになってしまうから」


 先回りしてそう釘を刺すと、ミモザは衝撃を受けたようにびくりと立ち止まった。


 それからそろそろと、上目遣いでこちらを見上げてくる。ぴ? という愛らしい声が大きな口からもれている。


 どうやらミモザは、一生懸命に甘えておねだりしているらしい。どことなくあざとい。


「駄目なものは駄目よ。あなたを連れていったら、私も村に入れてもらえなくなっちゃう」


 そう断言すると、ミモザはしゅんとした顔になり、とぼとぼと机の下に入り込んでいった。そのまま小さく小さく丸まっている。


 その姿に罪悪感を覚えずにはいられなかったけれど、どう考えてもミモザを人前に出すのは無理だ。心を鬼にして、予定通り一人で小屋を出ることにする。


「それじゃあ、行ってくるわね。おみやげを買ってくるから、いい子でお留守番していてね」


 机の下から返ってきたのは、きゅん、という小さな声だけだった。

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