第4話 運命の出会い
「まずは落ち着いて。方角を確認して……ああ、それよりも川を探すべきね。川沿いに下っていけば、そのうち見覚えのあるところに出る筈だし……」
私はようやく、自分が崖から落ちて迷子になっていることを思い出していた。
そして、思いっきりうろたえながら必死で考えていた。ここからどうしよう、と。
この森に棲むという魔物を恐れる必要は、たぶんもうない。
消えてしまったさっきの大きな竜、あれがたぶんその魔物だから。危険そうには見えなかったけれど。
しかし、日が落ちれば狼や熊などに出くわしてしまうかもしれない。
火の魔法があるから多少は戦えるけれど、それでも危険なことに変わりはない。
もう昼は過ぎているし、あまりのんびりはしていられない。早く、帰り道を見つけなくては。
「たぶん川は、あっちの方だとは思うんだけど……さっき落ちた崖がどれか分かれば……いえ、分かったところで登れないから、どうしようもないわね」
ため息をつきながら、上を見る。
高い木々がわさわさと茂っていて、空がほとんど見えない。これでは方角すら分からない。ああもう、本当にどうしよう。
と、下に引っ張られるような感触があった。何の気なしに、今度はそちらを見る。
さっきの小さな竜が、じっとこちらを見上げながら私のスカートのすそをつかんでいるのが目に入った。気のせいか、得意げな表情をしているようにも見える。
竜は小さな胸を張ると、スカートから手を離してとことこと自信たっぷりに歩き始めた。
私が突っ立ったまま見ていると、少し先で足を止めて振り返り、ついて来いと言わんばかりにぴいと鳴いている。
「あなた、どこに行くの? 私は川を探しているから、あなたにはついていけないの」
そう答えると、竜はじれったそうにまた鳴いた。
どうやらこの子は、どうしても私についてきて欲しいらしい。そして竜が向かっている方角は、おそらく川があるだろうと当たりをつけた方角とほぼ同じだった。
仕方なく私が竜に向かって歩き出すと、竜は私を先導するようにしてどんどん歩き出した。
少し前でぴょこぴょこと揺れている小さな頭を見ながら、これからどうしよう、ともう一度ため息をついた。
「やった、川だわ!」
しばらく竜に導かれて進むと、見覚えのある辺りに出ることができた。もう少し下流に進めば、小屋に続く小道が見えてくる筈だ。
「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」
私が礼を言うと、小さな竜はまた得意げに胸を張った。可愛い。
「それじゃ、今度こそ私は帰るから。じゃあね」
今度は、竜も私を引き留めなかった。
……竜は私を引き留める代わりに、私の後を堂々とついてきたのだ。無視しても無視しても、小さな足音がずっと後ろから聞こえてくる。
結局一度も振り返ることなく小屋にたどり着いて、そのまま素早く中に入り扉を閉めた。締め出された形になった竜が、扉の向こうで悲しげに鳴いている。
きゅうんきゅうんという鳴き声を聞きながら、私は竜があきらめるまで立てこもることを決意した。
そして、結局根負けしたのは私の方だった。竜は日が落ちるまでの数時間、絶え間なく鳴き続けたのだ。鳴きすぎてかすれた痛々しい声で、それでも小さく鳴いている。
「……そんなに、うちに入りたいの?」
私がため息まじりに扉を開けると、すぐ外で丸まっていた竜がぽんと飛び起きた。
そうして猛烈な勢いで、扉の隙間からにゅるんと中に入ってきた。そのまま居間の机の下に潜り込み、また丸くなる。何がなんでもここに住み着くつもりらしい。
「いい子にしてるなら、ここに置いてあげてもいいけど」
あまりにも一生懸命なその様子にほだされた私が力なく声をかけると、机の下から元気いっぱいの鳴き声が返ってきた。現金な子だ。
頭を抱えながら、かがみこんで机の下の竜と目を合わせる。
「……それじゃあ、名前を決めないとね。あなた、名前はあるの?」
仕方ない、この竜を飼おう。どうせここには誰も来ないし、何とかなるだろう。そう、自分に言い聞かせて。
私の問いに、竜はぴい? と尻上がりな鳴き声を上げて首をかしげた。どうやら、名前はないらしい。
最初から薄々思ってはいたのだけれど、この子は割と賢くて、それなりに意思も通じている気がする。見た目が幼くてもやはり竜、そこらの獣とはまるで違うのかも。
「だったら、私が呼び名を決めてもいい?」
そう尋ねると、今度は首を縦に振りながら、ぴい! と力強く返答してきた。さて、何と呼んだものか。
今はまだ子供だけれど、きっとこの子はあの大きな竜のように立派に成長するだろう。その時にも似合うような名前がいい。かといって、あまり仰々しいのもどうかと思う。
しばらく悩んだ後、私は一つの名前を口にした。竜の金色の目を見ていたら、ふと思いついた黄色い花の名前。
「……ミモザ、でどうかしら」
「ぴっ!」
その名前を口にすると、竜は嬉しそうに目を細め、ひときわ大きな声で鳴いた。どうやら、これで決まりのようだ。
「それじゃあ、よろしくねミモザ」
決まったばかりの名前で呼んでやると、ミモザはまたきゅっと目を細め、私の足に顔をこすりつけてきた。やはり猫みたいだ。
その日の夕食は、私がこの小屋に来てから一番騒がしいものになった。
私が料理している間、ミモザはずっと足元をついて回っていた。とても楽しそうに。
そして食事――干し魚の焼いたものと、野草のサラダ――の皿を出してやると、ミモザは興味津々で皿をのぞき込み、くるくると嬉しそうな鳴き声を上げながらきれいに平らげていた。
ミモザは体の大きさの割にたくさん食べている。この分だと、あっという間に大きくなってしまいそうだ。いずれ、あの大きな竜くらいになるのかも。
……そうなったら、とてもこの小屋では飼えない。犬小屋ならぬ竜小屋が必要になるだろうか。そんなものをどうやって建てればいいのか、見当もつかない。
まあそうなったらその時と、皿に残った野草のかけらをなめているミモザをぼんやりと眺めていた。
そして夜もふけ、そろそろ寝ようかという時、私たちはさらに大騒ぎすることになった。
暖かい季節だし、ミモザには床で寝てもらおうと思ったのだ。ちょうど、犬とか猫みたいに。
なので小屋の中にあった古い木箱に手頃な布を敷いて、それをミモザの寝床にしようと差し出した。
ところがミモザはその寝床に入ることを全力で拒否し、結局私の寝台に上がり込んで足元で丸くなっていた。
この子は、とにかく私のそばにいたいらしい。そんなところは可愛い。でも、こうもたびたびミモザに押し切られていていいのだろうかと、自分の意志の弱さに天を仰ぎたくなる。
「……おやすみ、ミモザ」
既に幸せそうな寝息を立てているミモザに小声でそう呼び掛けて、私も眠ることにした。
先々心配なことはたくさんあるけれど、それはまた後で考えよう。
ともかく、これからはにぎやかになりそうだ。小さく微笑みながら、目を閉じた。
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