第2話 多田信忠は飛べないけれど唯の豚ではない

私の名前は多田信忠ただのぶただ

54歳のただのおっさんだが、ただの豚ではない。「ただのぶただ」だ。

子供の頃からこの名前でよくからかわれたものなのでもう慣れっこではある。

紅な豚が公開されたのがちょうど最初の会社に入社した頃だったので、いろんな人にいじられたのを今でも思い出して腹が減る。ぐう。

私は嫌なことを忘れられない性質だ。自分では忘れたいとは思っている。逆に楽しかったことはよく忘れる。残念だ。


そんなことはどうでもいい。

ひょんなことから、この「コーポ大家」を譲り受けて、管理人としての日々を過ごし始めたところだ。

(。´・ω・)ん?

そう、元・大家の大家さんから「コーポ大家」を譲り受けたんです。

名前で遊んでるわけではない。厳然たる事実をそのままお伝えしているだけなのでご容赦願いたい。


今は、缶ビール片手にバルコニーに出てきたところだ。

既に月食が進行していてそろそろ皆既月食になろうかという状態だ。

そう、今日は2022年の11月8日である。

日本では442年ぶりとなる皆既月食と惑星食が同時に見られるという貴重な天体ショーが見られる日だ。

この日を逃すと次に同様の現象が日本で見られるのは322年後の2344年と予想されているので、海外旅行をしない私にとっては唯一無二の機会だ。

ちょっとした双眼鏡も購入して万全の態勢で夜を待った。

天気も大変よろしくて、この東京でもはっきりと月が欠けていく様子が観察できている。

皆既月食になると赤黒い月が地球を照らすのが、何とも言えず神秘的だ。

この後、天王星がこの赤黒い月の裏に隠れてしまう。


天王星と言えば、自転軸が極端に傾いていることで知られている。地球が23度ほど公転面に対して傾いているのに対して冥王星は約98度、つまり公転面に対してほぼ横倒しの状態だ。なので、84年の公転周期のこの惑星の極点では42年間の昼と夜が交互に訪れることになる。

なんとも不思議な惑星だ。


その天王星が今まさに月の裏に隠れようとしている。

その時を見逃すまいと双眼鏡を覗き込む。

今、日本中で月食は同時刻に食の開始、最大、終了が見えているが、天王星食は場所によって結構違う。

例えば、東京では20:41ごろに隠れ始めるが、京都では20:32、福岡では20:22ごろといった具合だ。


おおっ、弱い光の天王星が、今、月に食べられましたー。ぱちぱちぱち。

一分ほど余韻に浸りながら双眼鏡を覗き続けていると、どこからともなく声が響いた。


『ダンジョンを初期設定にしました。変更する場合はメニューから実施してください。』


「はい?」


今、どこから声がした?

周りを見てもバルコニーに面した部屋の中の白面はくめん以外誰もいない。

白面は大家さんが飼っていたメンフクロウのオスだ。

大家さんと一緒にお話していた時から私にも慣れてくれていたので、そのまま私が飼うことにした。

真っ白でとても綺麗だ。

まさか、白面が喋った…わけないよな。

しかも、ダンジョン?初期設定?

何、そのゲームみたいなの。

住人の誰かが大音量でゲームでもしてるのかな。

しばらく様子を伺ってみたが、さっきのような声は聞こえてこなかった。

空耳、か?

幻聴とかやだなあ。薬の影響かなぁ。

多発性骨髄腫の治療で今はちょっと強めの薬を飲んでたりする。

週一で飲む薬は昨日服用していてその影響で昼ぐらいまで気分が優れなかった。


『スキルを獲得しました。スキルはステータスで確認できます。』


「はい?」


また聞こえた。

えー、なになにドッキリ?

昔からテレビっ子だった私はヒーローものやアニメの類はよく見ている。

この歳になった今でもリアルタイムで見るのは辛いが、録画して昼間の空き時間とかに見てたりする。

昔の悪の組織との対決とは違い、最近は転生ものや異世界ものが多いということもちゃんと知っている。

その中でよく使われているのが、ステータスで自分の能力値やスキルを確認できるということも。

これはあれか。

住人の誰かが悪戯していて、私が調子に乗って例の言葉を言おうものなら笑ってやろうというドッキリを仕掛けているのだろう。

仕方がない、こんなことをしそうなのは103のクリスか、203の尾茂さんだろうけど付き合ってあげるとしよう。


「ステータスオープン。」


かくして、私の脳裏にステータスが表示された。マジか。

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