第32話VS教授、後々編

決着は着いた。

黒焦げとなったサルタリーを見下ろし、一息吐く。


「さて、と。目的も果たしたことだし、帰るとするか」


満足感に包まれながらその場を後にしようとする俺にオルタが声をかけてくる。


「あのー、バルスさん? 私を元に戻す話はどうなったんでしたっけ……?」


おっと、そういえばオルタを元の世界に戻す為にここまで来たんだっけ。

だが実は攫ってきた人間を媒体にカードの能力を移した存在だということが明らかになり、目的が有耶無耶になっていたのである。

いやー、完全に忘れていたな。ていうかどうすればいいのだろうか? 俺に答えがわかるはずもない。

どうするべきか考えていると、部屋の中央にあったテレビの電源が点く。

画面に映ったのはサルタリーだ。重々しい沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「君たちがこれを見ているということは、どうやら私は倒されたようですね」


まるで遺言みたいに言ってるが、ちゃんと生きているぞ。

普通に気絶しただけで殺してはいない。断じてだ。


「バルスさんバルスさんっ! もしかしたらこの映像の中に私が元の身体に戻れるヒントがあるのかもしれませんよ!」

「……だったらいいけどなぁ」


サルタリーは結構イヤらしい性格だ。そんな親切なことをしているとは思えない。はっきり言って期待薄である。

ていうか予め録画していないとこんな映像は作れないんだし、その時にオルタのことを気にしていたはずがないだろう。

ま、なんにせよ一応最後までは見てみるとするか。


「この映像は私が倒された時に自動再生されるようになっています。私を狙うということはアカデミーかリーグの手の者か……まぁどちらでもいいでしょう。私の研究を狙ってきたのでしょう?」


……全然違うんだなぁこれが。

研究はまぁ気にならないこともなかったが、基本的にはデュエルをしたかっただけだったりする。


「ふふふ、ともあれここまで侵入し、私を負かすとは大したものです。そんなあなた方に私の研究の全てを差し上げようではありませんか。……くくっ」


……このいやーな笑い方、やっぱりこいつ絶対何か企んでいるぞ。


「見て下さいよバルスさん! 私が元に戻る方法がついに語られるみたいですっ!」

「絶対違うと思うぞオルタ」


あまりに純粋すぎる。気をつけておかないといつか悪い男に騙されるぞ。そう言いかけた時である。

ドゴオオオオオオオオン! と突如爆音が響き渡った。


「きゃあああああっ!?」

「な、なんだぁ!?」


立っていられない程の振動に俺たちは地面に手を突いて耐える。

しばらくして大きな揺れは収まったが、断続的な揺れは続いている。


「たった今、研究所を爆破しました。それが発動の条件だった者でね。さぁ我が研究の成果、とくとご覧あれ!」


ごぉう! と爆音と共に真っ赤な炎がガラス戸の中に巻き起こる。

中に浮かぶ魔法陣から吹き上がる炎、その中から現れたのは巨大な犬の頭だった。

こいつは『地獄の番犬、ヘルべロス』、レベル5のモンスターカードである。

だがこの巨体は明らかにおかしい。他のモンスターに照らし合わせて考えれば、ヘルべロスくらいのモンスターならもっと小さくなるはずだ。

一体どうしてこんな大きさに……? というかなんで頭だけ……?


「カードによるモンスター召喚、これが短時間しか出来ない原因は魔力が圧倒的に足らないからです。その対策としてこちら側の物質に能力を付与してみましたが、そうすると本来よりもかなり弱くなってしまう。完全なる召喚を叶えるにはどうしたらいいか……そこで私は考えました。より大きなものを生贄にすればいいのではないか、とね。その為の贄として選ばれたのがこの研究所なのですよ」


本来、術者の魔力とカードそのものが生贄に捧げられることで召喚は成る。

研究員や自分自身、そして俺たちという大量の生贄を使うことでヘルべロスをこの場に顕現させようとしたというのか。


「あ、ありえない! おかしいわよあなた! いくらなんでも無茶苦茶すぎる! そんなことして何になるっていうのよ!?」

「やれやれ、こんなことをして何になる? とでも言ってそうですねぇ。いいでしょう教えてあげます。この世界に私という存在を刻みつける為ですよ」


そしてオルタは完全に行動パターン読まれている。

ていうか録画でこんなことやるとは、サルタリー自身も相当に興が載っているらしい。


「この世はクソです。誰も彼もが私の素晴らしい才能を認めようとはしない! かつて私を捨てた母も、学生時代に私を除け者にした校友たちも、四天王となった私を追放したリーグの連中も、教授として研究に勤しむ私から研究資金を取り上げようとしたアカデミーの連中も! 誰も彼もだ! ……なんという屈辱、なんという理不尽。本来ならば有能な私に愚民どもが意見するなど、あってはならないことなのですよ!」

「そんなのただの逆恨みでしょう! あなたが集団の中でやっていけなかったってだけじゃない!」


だから画面に返答してどうするんだオルタよ。

しかしなんというか……嫌なやつだとは思っていたがこうも除け者にされ続けてとなるとちょっと可哀想だな。

どうでもいいけど俺もよくショップを出禁にされてたから、ちょっと親近感が湧かないでもない。


「故に、私は愚か者どもに我が力を見せつけてやることにしたのですよ。それがこれだ! 地下で投薬を続けた我が愛犬を依代に、研究所そのものを生贄に捧げることで『地獄の番犬、ヘルべロス』は完全以上となって顕現する! さぁ行くのです我が下僕よ! あらゆる全てを燃え尽くすがいい! ふはーっはっはっは! はーっはっはっは!」


ブツン、と画面が消える。

どうやらヘルべロスが暴れた衝撃で電源が落ちたようだな。


「グオオオオォォォォ!」


ごおう! とヘルべロスが吐いた炎で辺りが照らされる。

見れば先刻よりも外に身体が出てきており、二つ目の頭が魔法陣から覗いていた。


「くっ……星よ降り注げ! 星系統魔術『流星雨』!」


ドドドドド! と星屑の嵐が降り注ぐ。


「オオオオオオオオッ!」


痛がる仕草をしながらも、ヘルべロスは構わず抜け出してくる。

多少のダメージはありそうだが、それでも質量の違いだろうか徐々にではあるが押し返されていた。


「お、押し戻せません……っ! バルスさん、逃げ……て……」


苦悶の表情を浮かべるオルタだが、俺は構わず前に出る。


「バルスさんっ!? い、一体何をするつもりなんですかっ!?」

「あいつを止める」


こんな化け物が暴れたらアカデミーが破壊されてしまう。

ここは俺が心を気なくデュエルをする為に必要な場所だ。壊させるわけにはいかない。

その為にはレアカードの一枚や二枚、使うしかないだろう。

バインダーから取り出した一枚のカードを、ヘルべロスの前へとかざす。


「『強者送還』をキャスト、レベル5モンスターを手札……というか元いた場所へと還す!」


カードが消滅し、効果が発動する。

光に拘束された対象はそのまま送還される。はずなのだが……


「グゥゥゥゥ……ウォォォォォン!」


首を振って大きく暴れ始める。

衝撃で大きな亀裂が生まれ、バキバキと音を立て光は砕けていく。……そして、最後は細かい粒子と化した。

なんてこった。カードの効果が防がれたというのか。


「だ、ダメですっ! 効いていませんよ!?」

「ヘルべロスは呪文や効果の対象にならない、なんて能力はないはずなんだがな……」


動揺していると、足元の塊がもそりと動く。

サルタリーだ。目が覚めたのか。


「ふふ……無駄ですよ。依代によって作られたモンスターはカードのみの力では除去することは出来ません。私の機械も壊れてしまいましたし、ヘルべロスを還す術はもはやないのです! 今度こそ諦めるのですねぇ! ふはははははっ! 」


よろよろと身体を起こしながらも得意げに笑い出す。


「ヘルべロスはこちらとあちらの中間的存在、どちらの影響も完全には及ばないのです! カードにより生み出した力如きで、我が配下を倒すことは不可能!」


両方の属性を持つが故に、カードの効果だけでは倒せないというわけか。

見た感じ全く効果がないわけではなさそうだが、ヘルべロス自体の質量が大きすぎてそれだけでは無理なのだろう。

恐らく高レベルモンスターを召喚してもサイズ的に倒せないだろうし、現実世界の兵器では被害は半端なさそうだな。

なんてことをやっているうちに、三つ目の首が魔法陣から抜け出してくる。分厚いガラスにはヒビが入り、今にもこちら側へと出てきそうだ。


「どうやら崩壊は時間の問題のようですねぇ! 無駄な足掻きはやめなさい。我が最高の研究成果は君如きにどうにかできるものではないのですよ!」

「……残念ながら、お前の言う通りのようだ。俺ではどうしようもない」

「そ、そんな……あのバルスさんまでが諦めて……? も、もうどうにもならないって言うんですかっ!?」


俯く俺を見て慌てるオルタ、サルタリーは上機嫌で笑い出す。


「そうでしょう、そうでしょうとも! さぁ、諦めて私と共に新たな地獄の贄となろうではありませんか!」

「いやー! 死にたくないーーーっ!」


溶けるガラス、亀裂が走る壁、吹き出る炎。

俺は恐怖に暴れるオルタの手を掴み、一枚のカードを渡す。


「確かに、俺には無理かもしれない。……だがオルタならどうかな?」

「はい!? わ、私ですかぁっ?」


不意に名を呼ばれたオルタの声が裏返る。

そう、同じくあちらとこちらの世界の中間存在であるオルタの魔法はヘルべロスに少なからずダメージを与えていた。

望みがあるとするならば、それは彼女の魔法である。


「でも、私の魔法じゃあんな大きいモンスターは……」

「あれじゃあな。だがもっともっと強い魔法ならどうだ?」


俺の使った魔法カードは簡単に外されていたが、オルタの魔法は弱くても多少なりだろうがヘルべロスにダメージを与えていた。

オルタの力ならヘルべロスを倒すことは可能なはずである。


「たとえばこれとか」


動揺するオルタに手渡したのは魔法カード『星間跳躍』だ。

対象のモンスター一体を決闘から取り除き、改めて場に戻すという効果で、オルタを分厚いガラス部屋から脱出させたカードである。

これを使えばヘルべロスを元いた場所へと還せるかもしれない。


「お師匠様の魔法を私なんかが……? む、無理です! そんなのできるわけないですよっ!」

「だが、お前がやるしかないんだよ」

「う……っ!」


両肩を掴み、じっと見つめる。

今、彼女が使っている魔法はその気になっただけで使えたのだ。気合を込めれば同じことができないとも限らない。というかやるしかないのだ。


「大丈夫だ。出来なくても責めはしない。ダメ元でやってみるだけでいい」

「で……でも……」

「頼む。オルタ」


ガラスにヒビが入り、そこから炎が噴き出す。

それに煌々と照らされながら、オルタはゆっくり頷いた。


「わかり、ました……やります。やればいいんでしょう!?」

「うん」

「どうなっても知りませんよ! ……開け、星の扉よッ! 『星間跳躍』っ!」


カードをかざすオルタだが……何も起こらない。


「ふはははは! 愚かしいですねぇ! 『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』は弟子たちの中でも特に落ちこぼれの存在です。魔法は簡単なものしか使えはしない出来損ないの魔女! カード本来のスペックから逸脱したことは不可能なのですよ!」

「くっ……」


オルタはテキストで出来損ないだのポンコツだの、好き放題書かれている。

そんなオルタに高度な魔術は使えない。そう言いたいのだろう。だが俺は構わず声をかけ続ける。


「諦めるな。気合いと根性だ。腹から声出せ!」

「無茶、苦茶を……言わないで下さぁぁぁぁぁぁいッ!」


ヤケクソじみた声を上げた瞬間である。

ジジ……と、ヘルべロスの周囲が僅かに歪んだ。


「おおっ! すごいぞオルタ! 僅かだが歪みが生じたじゃないか! やればできる! あと少しだ!」

「え……ほ、本当に……?」

「ば、バカな……そんなことあるはずが……」

「さぁ、頑張れオルタ! 気合を込めろ! 根性を見せろ! やればできる!」

「は、い……っ! うううううう……うわぁぁぁぁぁぁッ!」


オルタの全身が淡い光に包まれる。

光は徐々に色濃さを増していき、真っ暗な中でより映えている。それはまるで夜の闇に瞬く星々のように……


「お師匠様、私に力を貸して下さい! お願い、発動して! 『星間跳躍』っ!」


ぐおん! と空間が大きく歪み、巨大な魔力球が出現する。

それは一瞬にしてヘルべロスの全身を包み、異空間へと飲み込んでいく。


「オオオオオ……ォォォォォ……!」


呻き声を上げながら消滅していくヘルべロス。

そして、全ては消え去って辺りに静寂が訪れた。


「や、やった……んですか……?」

「あぁ、よくやったなオルタ」


呼吸を荒らげるオルタを労う。

どうなることかと思ったが、なんとかなってよかったな。

これで俺のデュエルスペース……じゃなくてアカデミーは守られたわけだ。よかったよかった。


「あ、ありえない……土壇場で覚醒しただと? 気合いと根性で成し遂げただとぉっ!? そんな、そんな都合のいいことがあってたまるかぁぁぁっ!」


絶叫と共に崩れ落ちるサルタリー。

正直言って俺も驚いたよ。まさか本当に気合いと根性でなんとかなってしまうとはな。

『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』のテキストには最後に一文、こう書かれている。

思い込みが激しく、時に本来の自分以上の力を発揮することも……? と。

俺はそれに賭けたのだ。それを十全に発揮できるよう手を回したのだ。


オルタが気合を入れていた時に俺はこっそりとカードを使い、空間に揺らぎを生んだ。

それをオルタに見せつけ、しっかり鼓舞したのだ。「もう少しだ」「お前ならできる」と。

たったそれだけではあるが、あの瞬間からオルタの目にやる気の光が灯っていた。

人はある程度出来そうもなければ、挑戦しようとすら思わないものだからな。

しかしそれができるってことは余程思い込みが強い証拠だ。豚もおだてりゃ木に登る、とでも言ったところか。


「やったぁーーーっ! やりましたよバルスさんっ! 私、お師匠様の魔法が使えましたっ!」


嬉しそうに抱きついてくるオルタ。

……ま、すごく喜んでいるみたいだし、わざわざ種明かしをして水を差す必要もないだろう。

俺はされるままになりながら、安堵の息を吐くのだった。

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