第30話VS教授、中々々編

「すごいっ! やりましたね! バルスさんっ!」


抱きついてくるオルタ。しばし俺の胸元に顔を埋めた後、すぐに顔を離す。


「うわっ!? わ、私ってばなんてことやっちゃったの!? 思わず興奮のあまり抱きついちゃったけど、こんなことしたら勘違いさせちゃうじゃないの。童貞のバルスさんには私みたいな美少女が近くにいるだけで刺激が強いのに、触れるどころか抱きついてしまうなんて……陽キャ相手なら誤魔化せてもガチ陰キャのバルスさんが相手じゃ絶対誤解されちゃうじゃないの。……ま、まぁ私は別にそこまで動揺はしませんけど? でもあんまりグイグイ来られても困るっていうかぁ……あぁっ、困っちゃうわっ!」


何か嬉しそうにブツブツ呟き始めるオルタ。

一体どうしたのだろう。相変わらず情緒が迷子である。


「落ち着けオルタ。まだ終わってないぞ」

「へ? い、いやでも今さっきライフを削り切りましたよね……?」

「ライフを削り切ったからと言って勝ったとは限らない、か」


そう呟く俺の視線の先、雷煙に包まれていたサルタリーがよろりと身体を動かす。


「くくく……その通りですよオルタ君」

「な……ど、どうしてそんな平然としているの……!? 普通はデュエルによる決着がついた決闘者は気絶するはずっ!」


まぁ今までに勝負がついた後も意識を失わない人は結構いたのだが……それでもここまで平気な顔で立っていられた者は誰一人としていなかった。

対して鍛えてなさそうなヒョロい身体にも関わらず、強烈な電撃を浴びせられたサルタリーは全くダメージを負った様子はない。


「あり得ない……一体どうして……?」

「やれやれ、私の話を忘れてしまったのですか? カードテキスト同様、君は無能ですねぇ」


くっくっと笑うサルタリー。

確かに『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』はポンコツキャラとして描かれてはいるが……まぁそれはそれとして、手品のタネは彼が腕に付けている機械のせいだ。

そう、ライフがゼロになっても敗北にならないという効果を持つ『不壊の肉体』のカードが取り付けられた機械。

そのせいでライフがゼロになっても無傷でいられるのである。


「ズルい! 今度こそズル過ぎですよっ! ねぇバルスさんっ!?」

「まぁ想定はしていたが……実際やられるとなるとたまらないな」


奴が自信満々に勝負を受けた時に『もしや』とは思っていたが、本当にそうなるとはな。

流石に公の場では使えないだろうが、こういうルール無用のデュエルではその効果は絶大である。


「ふはははははっ! では勝負を再開しましょうか? んんん? そういえばまだあなたのターンでしたねぇ? 私も忙しいですし、何もやることがないならターン終了を宣言して下さいな。ま、もはやスカスカとなった君のデッキで何が出来るのかは知りませんがねぇ!」

「……手札が七枚になるようにカードを捨て、ターンエンドだ」


手札に保持できるのは七枚まで、大量に引いたカードを墓地へと捨てる。


「ふふふ、最後まで諦めないその姿勢は大したものですよ。いつまで平静さを保っていられるか、見せて貰うとしましょうか。……私のターン、ドロー!」


手札にカードを加え、もう一枚と共に捨てながら高笑いと共に解き放つ。


「コストに手札を二枚支払い、魔法カード『虚空』を発動! 生まれ出よ黒き虚ろの空間! 場にある全てのモンスターを飲み込め!」


カードから生み出された漆黒の球体が場の中央に現れ、一瞬縮小する。

そして、ごおおおおおおお! と轟音を上げながら俺のモンスターたちを飲み込んでいく。

最後に残ったのは虚無、そして一筋の黒煙のみであった。


「これでようやく綺麗になりましたねぇ。さぁて、続いて私が召喚するのは『双頭のゴーレム』です。レベル4、パワー1200タフネス1000。このモンスターは二体のモンスターとして扱う!」

「ゴオオオオ!」「ギギギギギ……!」


カードから召喚されたゴーレム、二つの頭が歪な音を上げながら俺を睨みつけてくる。

双頭シリーズのゴーレム版か。中々厄介なモンスターを持っていたようだな。


「君の場にモンスターはいないので決闘宣言は行えませんが……まぁいいでしょう。ゆっくりとトドメを刺せばいいだけですからね。ターンエンドです」

「……俺のターン、ドロー」


先刻のコンボにより、俺のデッキにはもうモンスターカードは一枚足りとも入っていない。

それどころかデッキ枚数は残りたったの五枚だ。デッキがなくなった場合そのプレイヤーは敗北となる為、何もしなくともあと五ターン後には俺は敗北してしまう。

ライフは奴から吸収した分を含めてまだ4600あるが、この状況では……


「ターン、エンド……」

「ふはははは! やはり何も出来ないようだ! それにしてもデッキ圧縮がこんな形で裏目に出るとは残念でしたねぇ。デッキアウトが先か、それとも私に殴り殺されるのが先か……さてさて、見せて貰いましょうか。無駄な足掻きというものを!……ふふふふふ、はーっはっはっはぁ! さて、『双頭のゴーレム』で殴るのもいいですが、ここはもう少し絶望を与えてあげましょうか。『双頭のゴーレム』を生贄に捧げる。二体として扱うこのモンスターは二体分の生贄となり、レベル6モンスターを召喚可能! 更に、墓地にある『魔導ゴーレム、コロン』と『魔導ゴーレム、マロン』をゲームから取り除くことで合体召喚を行う!」


合体召喚とは、手札か墓地、場のいづれかにある特定のモンスターをゲームから取り除くことでゲーム外からモンスターを呼び出すシステムだ。

プレイヤーはサイドボードなどに別途用意していた特定のカードを直接召喚することが可能なのである。

通常の生贄召喚よりも手順が必要となることから、その戦闘力は当然普通のモンスターを上回る。


「『魔神ゴーレム、魔虎龍マコロン』を合体召喚!」


墓地にあるマロンとコロンが浮き上がり、空中でその形を変えていく。

変形、そして合体し現れたのは一際大きなゴーレムだ。


「ウオオオオオオオオオオッ!」


両拳を鳴らし、雄叫びを上げるマコロン。

その胸には虎が、両肩には龍が取り付けられ、雄々しく腕組みをしながら俺を見下ろす。


「レベル6モンスターである魔虎龍はパワー3000、タフネス3000と高いステータスを持ち、呪文や効果の対象にならないという能力を持つ。加えてバーニアによる噴射による速攻を持っており、場に出た直後にて攻撃が可能! ぶちかませ! タイガーブレイク!」

「オオオオオオオオオッ!」


背中に装備されたバーニアが火を吹き、一気に迫る。

振りかぶられた拳が、俺の胴に突き刺さった。


「が……っ!?」


どごおおおおおん! 壁に叩きつけられると同時に爆音が轟き響く。

ぐっ……一気にライフが削り取られたな。


「君のライフは残り1100です。あと一撃……ふふ、どうやらデッキアウトより先にライフがゼロになる方が早そうですね。これでターンを終わるとしましょう。そして魔虎龍はターン終了時、更にそのパワーとタフネスに1000が加えられます」

「ウオオオオオオオオッ!」


咆哮と共に更なる変形をする魔虎龍、パワー4000タフネス4000か。

その上除去も効かないし、ちょっとこれはどうしようもないな。


「き、汚いわよっ! 本当ならバルスさんが勝っていたのに、そんな卑怯なやり方でひっくり返すなんて……決闘者として恥ずかしいとは思わないの!?」」

「全くぅ? ……まぁそもそも私の本業は研究者ですから。誇りある決闘者の魂とやらなどは微塵たりとも持ち合わせてはいないのですよ。一時期はチャンピオンリーグ四天王にまで上り詰めた時期もありましたが、どうにも性に合わず抜けてしまった程ですしねぇ」


くっくっとほくそ笑むサルタリー。

リーグ四天王は強さは勿論、皆の手本となるべく決闘者としての誇りと魂を重んじたデュエルを行わねばならない。

何故四天王を抜けたのかと思っていたが……なるほど、単にその資質がなかったのか。この性格なら納得である。


「まぁ、実際大したものですよ。私がライフをゼロにされたのは四天王を降りて以来初めてのことですからね。おかげで対策していたのを忘れ、少々慌ててしまった程です。しかしここは客の視線も何もない、ルール無用の地下闘技場アンダーグラウンド。こんなものでもなければ君の勝利だったことは認めましょう。ですが勝ちだけは譲ることは出来ませんねぇ。何せ私にはやらねばならぬことがあるのですから。こんなところで立ち止まっている場合ではないのですよ! さぁ決着の時ですバルス君、諦めなさい!」

「……まだだ」


そう呟いてカードを引く。

構わずターンを開める俺に、二人は声をかけてくる。


「ば、バルスさん……気持ちはわかりますがこれ以上はどう足掻こうと……」

「その通りです! 最後まで諦めないその姿勢は素晴らしいとは思いますが……くくっ、ここまで来たら勝つ手段はありはしないでしょう! 大人しく負けを認めなさい!」


心配するオルタ、勝ち誇るサルタリー、俺はその二人にむしろ疑問の言葉を返す。


「何言ってんだ。負けるならさっさと投了してるっての」


負けの決まった勝負を長々やるなんて時間の無駄だ。

勝つ見込みがゼロなのに最後までやること自体、相手に失礼でもあるしな。


「えーと……それってどういう……?」

「まだ、勝てるつもりでいるのですか……?」

「当然だ。大体デッキ操作したからどのカードを引くかは最初からわかっているだろう? 心配しなくてもちゃんと勝つ気さ、俺は。……さて、そろそろターンを始めていいか?」


しばし呆然とした後、サルタリーは苦笑いを浮かべながら言う。


「……面白い。何ができるか見せて貰おうではありませんか」

「では……俺のターン、ドロー!」


デッキの一番上、エンドカードを呼び寄せる「それ」を俺は手札に招き入れるのだった。

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