第26話全ての元凶は
「やれやれ、まさかこんな奥まで入り混んでくるとは驚きましたよ。客間で待っていてくれとお願いしたはずなのですがねぇ」
困ったように、しかしどこか楽しげにサルタリーは歩み寄ってくる。
「やりたいことがあったもんでな。カード化の研究とやらはずいぶん進んでいるようじゃないか。『幻影の壁』による隠蔽、そしてオルタの顕現……本当に驚かされたよ」
「ふむ、やはり君はアカデミーからの刺客でしたか。敵を自ら招き入れてしまうとは、我ながら間抜けですね。……まぁ以前から怪しまれていたので、いつかこんなこともあるかと思ってはいましたが……しかしやれやれ、あのまま客間にいてくれれば薬入りの茶を飲ませて洗脳したものを。惜しいことをしました。全く大した警戒心だ。刺客として選ばれるだけのことはあるようです」
どうやら最初から俺を疑っていたらしい。とはいえいきなり薬飲まそうとするか普通。
アルフォンスが気をつけろと言ったのは正しかったようだ。こいつ、かなりマッドな奴である。
「ち、ちょっと待ってください! それより私と師匠が会うことが叶わないって……どういうことですかっ!?」
割って入ってきたオルタの言葉に、サルタリーは俺と話していた時とは違い面倒くさそうに答える。
「……言葉の通りだよ。君は向こうの世界に行くことは決して出来はしないのです。勿論、師匠がこちらに来ることもね」
……妙な物言いだな。彼女が召喚により向こう側の世界から来ているのは誰が何と言おうと事実。
なのに絶対に帰れないというのは逆におかしい。それにオルタの師匠であるレジーナには次元を超えて魔法を発動する術すらある。次元は越えられるのだ。
にも関わらずあそこまで言い切るなんて……考え込む俺の脳裏に二つの言葉が浮かぶ。
『それによ、この研究所の近くで人が消えるって噂があるんだよ。最近も女の子が一人行方不明になってるらしいし、きっとこいつらの仕業に違いねぇぜ』
ここへ来てすぐ、アルフォンスが言っていた言葉。
『カードの能力を抽出し、壁自体に付与しているのか。面白い』
そして幻影の壁を見た時に呟いた俺の言葉。
加えてサルタリーの先刻の言葉を合わせれば、導き出される答えは一つ。
「……普通の人間に混ぜたのか。カードの力を」
「その通りだとも!」
正解を当てられ、むしろ嬉しそうにサルタリーは笑う。
つまり、攫ってきた普通の女の子に『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』のカードを付与することで、オルタをこちらの世界に顕現させたのである。
文字通り、人間一人を文字通り生贄に捧げて。
そう考えれば彼女の記憶がないことも、原作オルタと微妙に性格が異なることも、生身で魔法が使えることも全て合点がいく。
「召喚モンスターを永続化させる研究はアカデミーが始まって以来ずっとされていましたが、未だ誰一人成功した者はおりません。……故にそれを成したならば私は最高の栄誉を得られるでしょう。その為なら一般人の一人や二人……いえまぁ十人以上なのですが。ふふ、それがどうなろうと、なんの問題もないとは思いませんか?」
「オルタ以外の実験体は、どうなったんだ?」
「聞くまでもないでしょう。人体にカードを定着させるのはかなり難易度が高いのですよ」
つまりはまぁ、そういうことだろう。
オルタは両手で口元を抑え、溢れそうになる悲鳴を抑えている。
「とはいえあなたもまた失敗作ですがね。言うことは聞かないわ脱出するわ……やれやれ、成功への道のりは長く険しいものです」
「ずいぶん詳しいな。もしかしてお前が教授なのか?」
「えぇ、まぁ。……生徒のフリをしていた方が色々と都合が良くてね。このカードを使って定期的に若返りをしているのですよ」
バインダーから取り出して見せたのは魔道具カード『若返りの秘薬』。
モンスターカードに取り付けてカードを一枚捨てるたびにパワータフネスを500上昇させる効果を持つ。あるいはパワータフネスを1000マイナスさせるたびにカードを一枚引くという効果のどちらかを選べるというものだ。
強化にも除去にも使える面白いカードだが、レアリティはSSRとそう簡単に手に入る物ではない。これまたリアルで使った方が強いカードだな。
「ひどい……! どうしてそんなことができるの!? あなたは人間じゃない!」
「ふふ、技術者というのは大なり小なりそういうところがあるのですよ。私はその中でも多少タガが外れているだけなんです。さぁ『オルタ』君。大人しく私の元へ戻ってきなさい。そうすれば出て行ったことは許して差し上げましょう」
「ふざけないで! そんなの断るに決まってるでしょう! 私を元に戻しなさい! でないとただじゃ済まないわよ……っ!」
攻撃すべく手をかざすオルタ。その掌に光が宿り始める。
それでもサルタリーは微動だにせず、ニヤニヤと笑みを浮かべるのみだ。
「どうぞ? 攻撃なさってください。あなたにはその権利があると思いますよ?」
「バカにして……! 喰らいなさいっ!」
オルタがその手を振るうと同時に、星屑の雨が降り注ぐ。
吹き荒れる魔力の嵐はサルタリーに命中する直前、消滅してしまった。
「ど、どうして……!?」
「ふふ、モンスターを召喚して操ろうというのです。対策くらいしていないはずがないでしょう」
袖を捲り上げると、そこに取り付けられているのは『不壊の肉体』。
あなたはダメージによって敗北しないという効果を持つ結界カードで、ターン開始時にカードを二枚捨てなければそれは破壊されてしまう。
コストは重いが維持し続ける限り決して負けないという完全防御カードである。
それはさておき、カードには『幻影の壁』に付けられていたものと同じく謎の装置が付いている。つまりカードの効果が本人に付与されている為、あらゆるダメージを無効化しているのだろう。カードの正確な効果としては『敗北しない』はずなのだが、本体が傷つくようなダメージは無効化されるということか? まぁリアルでの効果は微妙に違うからな。細かい仕様まではわからん。
「そ、そんな……ズルい!」
「狡くはありませんよ。これも意外と万能ではなくてね。カードによる攻撃からしか身を守れないのです。まぁあなたさえ無力化すれば特に問題はないのですが」
「くっ……」
歯噛みし、眉を歪ませるオルタ。俺はその前に出る。
「下がってろ」
「バルスさん……?」
「これ以上お前にできることはないだろう。そして俺にはやるべきことがある」
バインダーを出し、デッキを取り出す。
それを見てサルタリーは歪んだ笑みを浮かべた。
「ほう、私をデュエルで倒そうというのですか? ……ふふ、先程の話を聞いていなかったのでしょうかねぇ? 私はカードによるダメージを受けないのですよ。即ち、デュエルによるダメージもまた対象の範囲内。私を倒すのは不可能なんですよ!」
「やってみなけりゃわからないだろう?」
「……やれやれ、決闘者というのは誰も彼もそうですねぇ。いいでしょう、世間知らずの学生君に現実というものを教えてあげようじゃありませんか!」
奴もまたバインダーからデッキを取り出す。
あの機械がある限りダメージを受けないから倒れはしない、か。
そんなことは当然理解しているさ。
つまり……倒しても倒しても幾らでも続けられるというわけだろう? 素晴らしいじゃないか。
教授とデュエルすることが俺の目的だったわけだが、それが最上の形で叶ったことになる。
俺の新しいデッキを試す、いい機会だ。
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