第25話彼女に何が起きたのか。

「えーいっ!」


掛け声と共に繰り出される星屑の雨が降り注ぐ。

ちゅどどどどどどーーーん! と爆音が轟く中、研究員たちが悲鳴を上げる。


「ぎゃーーーっ!」

「退避だ、退避だーっ!」


蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを見送る。

流石のレベル5、普通の人間では銃を持ってても対抗できないようだ。


「ふぅ、追い払いましたよ。バルスさん!」

「ご苦労さん」


それにしても素直になったな。俺としてはありがたいけど。

とりあえず、一息吐いたことで辺りを見渡す。

随分と頑丈そうな部屋だ。先ほどの攻撃でも壁に穴一つ空いておらず、それどころか焦げ目もついていない。

おー、とんでもない硬さだな。オルタみたいなのを呼び出すなら当然かもしれないが。


「で、ここがオルタが閉じ込められていた場所か?」

「はい……そこのガラスの向こう側です」


ガラスの向こうに広がっているのは真っ白な部屋。

天井には魔法陣が描かれており、部屋の隅にはカプセルのようなものが置かれている。

おそらくここが召喚施設も兼ねているんだろうな。


「中を見てみるか。『土球』をキャスト」


発動させるのは最弱の攻撃魔法カード。石弾をぶつけてモンスターに500ダメージを与えるというカードだ。

はっきり言って使い道皆無のゴミカードだが、バインダーに永遠に眠らせるくらいならこの辺で適当に使っていいだろう、という訳である。

カードから石弾がすごい速さで飛び出すが、ゴゴン! と音がするが、それで終わり。

……おいおいこのガラス分厚すぎるだろ。確かに雑魚カードだがそれでも人間一人昏倒させるくらいの威力はあるのに、ヒビ一つ入ってないんだが。


「っ! ……ダメです。私の魔法でも壊れません。すっごく硬いですよこの壁」


オルタも挑戦してみるがやはりダメ。

そりゃ記憶戻った瞬間壊されるような壁にするはずがないか。しかし半端じゃないなこいつは。


「朝起きたら外に出ていたんだっけか。何か覚えてないのか?」

「うーん、どうだったかなぁ……ダメです。思い出せません」


やはり思い出せないようだ。

考えられるとすれば空間転移的な魔法を無意識に使った、とかだろうか。……いや、それはないな。『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』は弟子故に強力な魔法は扱えない。失敗ばかりするポンコツ魔法使いのカードだ。

なら誰かが助け出した、とか? うーむ、考えても答えは出そうにないな。


「ん? これは……」


何かの装置にセットされているのは一枚のカード。それは『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』であった。


「オルタを召喚した後の抜け殻ってところか」


早速カードを調べてみる。

まずは触れてみる。特に変わった様子はなし、か。

次に召喚を試してみる。……うん無理。まぁ当然だな。本人がここに顕現している訳だし、そもそも俺が所持しているカードじゃないから召喚は出来ないんだっけ。

そしてじっと見てみる。重さ、質感、共に本物と変わらないように見える。やはり何の変哲もないカードだな。ぺろっ。

と、舐めてみた瞬間である。


「何してるんですかぁぁぁぁぁぁっ!」


すごい勢いで突っ込んできたオルタにカードをひったくられた。

顔を赤らめ、カードを胸に抱え、プルプル震えている。


「びっくりしたなぁ……ちょっと舐めてみようと思っただけなんだけど……」

「私はこのカードから出てきたんですよ!? つまり私そのものなんですよ!? それをあなたはいやらしくペロンペロンと舐め回して……! あああ、ありえないですよっ! 本当にっ!」


いや、ちょっと味を見ようとしただけなんだけどな。

舌は人体で最も感覚の優れた箇所、微細な変化を見るには舐めるのは効果的な方法の一つだ。

というか舐めてない。触れただけだ。ベロンベロン舐め回すは流石に誇張が過ぎるぞ。

名画や骨董品など、贋作と本物を見分ける為に舐める鑑定人もいる程なのだ。

まぁでもあまり行儀はよくはなかったかもな。反省反省。


「んもう、信じられないわ。カードを舐めるなんて不潔すぎ! やっぱりこの人、絶対非モテだわ! し、しししかも私のを……なんて……! あぁもう、一体何を考えてるのかしらっ!」


何やらブツブツ呟きながら頬を赤らめるオルタ。やっぱりトイレか?


「おーいオルタ、トイレに行きたいなら俺は向こう行ってるから……ん?」


だが少し様子がおかしい。

全身は脱力させ、目は虚ろ。さっきまでの紅潮していた顔は青白く染まっていた。

放心状態でどこか遠くを見つめている。


「どうした? 大丈夫か?」

「……」


オルタは答えない。

ペシペシと頭を叩いてみるが無反応だ。お漏らしをした訳じゃなさそうだが……

しばし様子を見守っていると、突如オルタの身体がびくんと跳ね上がる。


「うわっ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


どうやら意識が戻ったようで、ゼェゼェと息を荒らげている。……びっくりしたなぁ。

額に浮かべた汗を拭いながら俺を見て言う。


「す、少し記憶が戻りました……どうしてあのガラス壁から抜け出せたのかも……カードに触れた瞬間、頭の中に情報が流れ込んできて……」

「おおっ! そうなのか!」

「はい……どうやらお師匠様の魔法で助けて貰ったみたい、です」

「師匠?」


というと『星屑の魔女、レジーナ=ウォーロック』のことか。

レベル7にしてこのゲーム最強の一角と言われるカード。

理由は能力やステータスではなく、このカードとシナジーを生み出すカードが数多く存在するからだ。

例えばレジーナが場にある限りパワーとタフネスが上昇するとか、レジーナを手札から見せることで効果が倍増する魔法カードとか、レジーナをデッキから手札に抜き出すカード、レジーナへのダメージを身代わりするモンスターなどなどである。

ちなみにオルタもその一枚、巷にはそれらを多数入れたレジーナデッキというものが存在するのだ。

大抵そういうのはファン(趣味)デッキと呼ばれ大して強くはなかったりするのだが、レジーナデッキはその圧倒的強さと使い易さから一時期はトーナメントでも出場者が三割を超えるほどだった。

オルタを外に出したのはその中でも強力なカード『星間跳躍』。対象のモンスター一体を決闘から取り除き、そのまま場に置くというものである。

簡単に言えば決闘の結果を無効化するというよくあるものだが、これは恐ろしいことに何度も使える結界カードだ。

張られたら最後、これを破壊しない限り相手は二度と決闘による勝利が掴めない。更に恐ろしいことにこのカードは呪文カードと同じくいつでも出せる為、奇襲としても使えるのだ。

……と、カードの説明はともかくとして、それで救い出されたようだな。


「だが妙だな。師匠はこっちの世界にいないんじゃないのか?」

「お師匠様はいつも遠くから私を見守ってくれてますから。よくお使い中に犬に襲われそうになった時、遠くから魔法で追い払ってくれたなぁ。ふふふ」


うっとりした顔で嬉しそうに微笑むオルタ。なんという情けなさだろうか。犬くらい自分で追い払えよな。レベル6カードだろ一応。

まぁレジーナ程の魔女ともなれば別の次元にいても発動させるくらいワケはないのかもしれない。


「あぁもう私ってば、どうしてお師匠様のことを忘れていたんだろう。あんなにお世話になってたのに。……でも思い出せてよかった。お師匠様は私を忘れてなかったんだ。もう、あの人ってば見た目は冷たいんだけど実は結構優しいところがあるのよね。普段は冷たく当たってくるのに、意外と私のこと見てるっていうか、ツンデレっていうのかな? なんだかんだで愛されてる感があるから厳しい修行にもついていけるのよ。こんな状況の私も見守ってくれてたのね。ありがとうございます、お師匠様……」


すごく上機嫌だ。師匠のことを思い出せたのが余程嬉しいらしい。


「師匠が好きなんだな」

「もちろんですよっ! 向こうの世界に帰ったらすぐにお礼を言わなきゃ! さぁっ、心機一転! 帰る方法を探しましょうっ!」


ガッツポーズをしながら張り切って駆け出すオルタ。

ま、元気が出たのはよかったか。

そんな彼女の後ろ姿を見ながらため息を吐いた、その時である。


「残念だがそれは叶いませんよ」


現れたのは俺をここへ案内した青年、サルタリーであった。

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