第24話魔法少女の正体は

「私は気づいたらこの研究所にいました。真っ白い部屋でたった一人、ガラスの向こう側では大人たちが私をずっと見ていて……時々変な装置をつけられ、何かの実験をされていたみたいなんです。食べ物もくれたし必要なものは都度渡してくれたが外に出ることは許されず、このまま一生ここで過ごすのかと思うと私はなんだか怖くなっちゃって……でも気づけば朝目が覚めたら部屋の外に出ていたんです。それで逃げようとしたら追っ手が……お願いします! 私を助けてくださいッ!」


抱きついて俺の服を掴んでくるオルタだが、


「あー……そうなんだ……」


と頭を掻きながら低いテンションで返す。


「な、なんで露骨にガッカリしてるんですか……?」

「いやー、別にそういうわけじゃないんだけどな……」

「してますよ思いっきり! ガッカリ顔っ!」


やはりそうか。とはいえ仕方ないだろう。

カードに触れることすら出来ないのだから。これではモンスターを召喚していつでも対戦相手になって貰おうという俺の計画は御破算である。

いや、モチベを落とすな。彼女は一応貴重な存在だ。いきなり記憶を取り戻すかもしれないし、研究すればカードに触れるようになるかもしれない。その時のことを考えれば多少なりとも仲良くしておいた方がいいはずだ。

……でもなぁ。はぁ……俺って一度落ちると気分上げるのに時間がかかるタイプなんだよな。


「な、何よこの人、あまりにも失礼すぎない……? 超絶美少女である私が、霰もない格好をしたオルタちゃんが、悲しい過去を語っているんだから、普通は涙ぐむとか感じ入るとかそういうことするもんじゃないの!? ていうかよく見たらこの人めっちゃ地味な顔してない? それになんか童貞っぽいし、オタクっぽいし、そもそも女友達すらいないに違いないわ」


凹んでいると、オルタはこっちを睨みながらすごいブツブツ言ってくる。

なんだかさっきとキャラが違うような気がするんだが、まぁどうでもいいか。


「で、なんだっけ?」

「ひゃっ! あ、そのー……外に連れて行って欲しいなー、と」


外、か。

オルタの言葉に俺はしばし考え込んだ後、言う。


「それ、おかしくないか? お前的には元の世界に戻りたい、って言うのが本当だろ?」

「元の世界……?」


首を傾げるオルタ。あ、そうか。記憶がないのか。


「君は『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』だよ。召喚によってこの世界に顕現したんだ」

「カードから召喚されたモンスター!? 私が!? ……じゃあさっきの意味わからない質問は……」

「あぁ、向こうの世界ってやつに興味があってさ」


ま、デュエルのついでレベルだけどな。

記憶喪失でも意外と身近なことは覚えていたりするという話をどこかで聞いたことがあるが、彼女からはすっぽり抜け落ちていたらしい。残念。


「じゃあカードを触れさせようとしたのも……?」

「おほん! な、何かわかることがあると思ってね……」


咳払いをして誤魔化しておく。こっちは完全に俺の趣味だしな。


「……なるほど。そう言われたらそうかも……確かに、戻るべき世界があるならそれが正しいのかもしれませんね」

「そうだとも。そうすべきだ! だから研究所の方へ戻ろう」

「うっ……でも、怖いんですけど……」

「俺がいるよ。それに君は『星屑の魔女の弟子』だぜ。すごい魔法もきっと使えるはずだ。その力があれば研究員なんて怖くないって!」


妙に弱気だな。恐らく記憶を失わせていたのは研究しやすくする為だろう。

『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』のパワーは2400。小型化したグリフォンより遥かに高いもんな。

暴れられたら研究所が消し炭になるかもしれないし、当然の措置と言えるだろう。


「魔法見せてくれよ。出来るんだろ?」

「えぇっと……どうでしょう……? というかどうやればいいんですかね……?」

「そんなの俺が知るわけないじゃないか。なんとなく感覚でやってみればいいんじゃないか?」

「うわ、全然人の話聞いてない……そもそも気が利かなすぎるし、指示は気分で出すし、こんな人、いる? あまりにもめちゃくちゃすぎるでしょ。あーこの人絶対に非モテだわー。間違いないわー。なんでよりによってこんな人に助けられちゃったんだろ。普通の人でいいのになー」


オルタが死んだ目で何やらブツブツ呟いていると、それに混じってローター音が聞こえてくる。


「お、ほらほら! 丁度いいところにさっきのドローンが来たぞ!」

「ちょ、いきなりは無理ですって。あなたがやってくださいよっ! さっきのでドーンって!」

「それは無理だ。攻撃系のカードは貴重だしな」


火力カードというのは使い勝手が非常に良く、どんなデッキにも入れやすい。こんな適当に使っていいカードではないのである。

ちなみにグリフォンは倒したドローンをまだガジガジやっている。

犬と一緒で狩猟本能というやつが刺激されているのかもしれない。

グリフォンは犬と鷲の混合生物だって言うしな。あれ? ライオンだっけ。まぁなんでもいいや。


「てなわけで死にたくなけりゃお前がやるしかないぞ」

「ひぇーーーっ!? なんか出てーーーっ!」


悲鳴を上げながら、ヤケクソ気味に手をかざすオルタ。

その手のひらが淡い光に包まれていく。そして、

ずどどどどぉぉぉぉん! と爆音が轟き、通路が虹色の煙に包まれる。

少し遅れて、ガランガラランとドローンが落ちてくる音が聞こえてきた。


「あ、あはははは……本当に出ちゃった……」


へたり込むオルタ。おおー、今のはまさに『彗星乱牙』だ。

フレーバーテキストに書かれた『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』が使う魔法の一つである。

おおー、ちょっと感動。テンション戻ってきたかもしれない。感動していると、ふとオルタが顔を顰めたのに気づく。


「ん、怪我してるじゃないか」


見ればオルタの左足に擦り傷が付いていた。

恐らくさっきの衝撃で飛んできた瓦礫が当たったのだろう。

シミ一つない健康的な白い脚には痛々しい赤が刻まれていた。


「気にしないでください。このくらいなら大丈夫ですよ……ってきゃあ!?」

「治してやるから座ってろ」


オルタを無理やり座らせ、バインダーから取り出すのは『治癒の軟膏』のカード。

このカードはその名の通りモンスターへのダメージを軽減する効果を持ち、それのみならずプレイヤーのライフを回復させることも出来る。

かざしてみるとカードが消え、オルタの傷がみるみる癒えていく。


「わ、傷が塞がっていく……?」


へぇ、すごいじゃないか。

正直このカードはデュエルではほとんど使い道がない。わざわざカードを一枚使ってまでキャラを救う意味が薄い為。どうせならパワーを上げて相打ちを取るか、火力で焼いた方がアドバンテージを取れるからだ。

故にパックから出たはいいがデッキにも入らず放置していたが、むしろ現実の方が使えるカードのようだな。


「傷が治ってよかったよ。さて行こうか」


色々と予定は狂ったが、せめて教授とのデュエルは楽しまねばなるまい。

早く行かねば追っ手がここまで来てしまう。立ち上がって先を急ごうとするが、オルタは座り込んだままである。

怪我は消えたはずだが、まだどこか痛むのだろうか。


「ん? どうしたんだ?」

「え、えぇ……」


オルタは何やら頬を赤らめ、脱力している。

なんかさっきまで死んでいた目がキラキラしているが気のせいだろうか。


「『治癒の軟膏』はUC《アンコモン》のかなり貴重なカード、そんなものを見ず知らずの私の為に使ってくれるなんて……この人、本当はもしかして優しいのかしら? ならさっき突き放したような言い方をしたのは、私を信じてくれたから……? ふ、ふん! だとしても私に冷たく当たったのは許さないから!」


何やらブツブツ呟き始めるオルタ。なんか怖い。


「ん? どうしたんだ? 早く行くぞ」

「あの、名前を聞いてません。あなたの」

「あぁごめん。バルスだ。バルス=イゴマール」

「バルスさん……♪」


柔らかい笑みを浮かべるオルタ。

……本当に一体どうしたんだろう。なんかモジモジしているし。トイレでも行きたいのかな。

まぁよくわからんが先を急ぎたいのは事実だし、彼女には道案内をして貰わないとだしな。

大人しくついてきてくれるなら何の問題もないか。

俺はあまり気にしないことにして、通路を走り出すのだった。

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