第23話現れし魔法少女

「見事だったぞ。アルフォンス君」


むくっと起き上がるノーキン。

鍛え抜かれた肉体のおかげか、全身黒コゲにも関わらず平気そうな顔をしている。


「うおっ! 本当に起き上がりやがった……すげぇなアンタ」

「日々筋肉をイジメ抜いているからな。この程度の刺激は電気マッサージと変わらんのだよ」


白い歯を見せ笑うノーキンだが、どう考えてもそんなレベルじゃないぞ。脳筋ヤバい。


「とはいえ流石にこれ以上は動けそうにない。立場上君の味方はできんが、頑張りたまえ」

「おう! おっさんも無理すんなよな」

「わかっている。……あぁ待て」


立ち去ろうとするアルフォンスに声をかけるノーキン。


「これは純粋に君たちを心配してのことだが……教授には気をつけた方がいい」

「あん? どういうこったよ?」

「教授は研究者としても素晴らしい経歴を持っているが、その本領はデュエルにある。アカデミー内の他の教授たちと比べても圧倒的な実力を誇り、成績は常にトップだそうだ。何せかつては四天王の座にいたこともあるらしいほどだからな。現に私など歯牙にもかけぬ強さだったよ」

「四天王……マジか……!」


ごくりと息を呑むアルフォンス。四天王といえばプロデュエリストの頂点、チャンピオンリーグを守護する最強の四人だ。

原作でもかなり強く、初見プレイヤーの九割が敗北すると言われている。

まさに今までとは格の違う相手と言えるだろう。


「それだけではない。教授とデュエルを行なったものは二度と意識を失ったまま戻ってこれないのだ。私も一度だけデュエルをしたことがあるが、しばらく夢の中を彷徨っていたらしいよ。目が冷めたのは三日後、教授が無理やり起こしてくれるまで眠り続けていたらしい。恐ろしいことにね」

「ま、マジかよ……普通は半日もすりゃあ目が覚めるもんだろ……」

「本来はな。だがあの人の使うカードは異次元すぎる。もう一度言う。決して教授と戦ってはならない」

「お、おう……」


めちゃめちゃビビっているアルフォンスだが……四天王か。

いいじゃないか。原作四天王は俺がチートデッキを使っても中々苦戦させられたものだ。

こっちが隙を見せれば即死クラスのコンボをかましてくるので、加減する余裕もなかったのでまぁまぁヒリヒリした戦いが出来たっけ。

そんな相手と生身でデュエルできるなんて素晴らしい。……そういえば後半なんか言ってた気がするがあまり気にする必要はないだろう。


「君の友人が心配だな」

「へっ、言っておくが俺の親友バルスもとんでもねぇ強さなんだ。俺とは比較にもならねーほどな。だから心配なんかしてねーぜ」

「……ふっ、そうか。ま、せいぜい気をつけるんだな」

「おう!」


そう言って今度こそ別れる二人。周りの研究員たちは拍手を送っているがそれでいいのか。

まぁ時間を稼いてくれたのは確かなんだし、今のうちに奥へ進むとしよう。

是非とも教授とは邪魔が入らないうちに戦ってみたいしな。うんうん。

よいしょっ、と起き上がり歩き出す。


「でもこの辺には何もないしなぁ……戻るのも面倒だし……」


どうするべきか、考えていると不意にグリフォンが飛び出す。


「クルルルゥーーー!」

「っておい! どこ行くんだよーっ!?」


倉庫らしき場所の奥へと飛んでいくグリフォンを俺は追う。

しばらく走り、ようやく壁に追い込んだその時である。

ぬるん、とグリフォンが壁の中に入っていった。


「何っ!?」


壁をすり抜けただと? カードから出てきたから実体がないとかそういうオチか?

いやいや今まで普通に俺の頭に乗ってたしそれはない。ということはこの壁が『見た目』だけ、とか……?

とりあえず触れてみる。……と、近づけていた俺の指先は何の抵抗もなく壁の向こう側へ突き抜けた。

おおっ、やっぱり。どうやら壁の向こうは通路になっていたようで、まっすぐ一本道が続いている。


「クルゥ! クルルゥ!」

「でかした」


得意げに飛び回るグリフォンを褒めながらふと壁面を見やると、そこには一枚のカードが謎の機械に刺さっている。


「これは『幻影の壁』……?」


レベル2、パワー0、タフネス1000の壁モンスターだ。このカードが攻撃を受けるたびコイントスを行い、表が出れば全てのダメージを0にする、という効果を持っている。

俺は運ゲーは嫌いなのでこの手のカードは使わないが……まぁそれはともかく。たしかここではカード実体化の研究をしているとか言っていたな。

……だがよく見ればこれはカードから召喚したものではないな。似てはいるがモンスターの場合なら壁であろうともっと意思がある動きをするはず。

しかしこいつはそこらにある壁同様、微動だにしていない。つまり元々のカードの性質が強く出ているということだ。


「カードの能力を抽出し、壁自体に付与しているとでもいうのか……面白い」


恐らくカードを取り付けたこの機械の効果だろうか。

入り口で見た肉塊(ナノマシンやバイオチップとかなんだっけ?)を見る限りでは研究は大して進んでなさそうだったが、案外そうでもないのかもしれないな。


「とりあえず隠されてるってことは他者には見せられないようなものがあるに違いない。教授とやらがいるかもな。……行ってみるか」


壁を抜けると狭い通路が現れる。歩くことしばし、


「ゥゥゥ……!」


突如、グリフォンが唸り声を上げ始める。

向こう側から聞こえてくる反響音。何か、来る……?


「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ!」


荒い呼吸と共に現れたのは一人の少女だった。

ただ学生服ではなく、ましてや研究服でもない。

一言で言えばちょっと露出度が高めの魔女のコスプレをした少女だった。


「た、助けて下さーーーいっ!」


涙目になりながら駆けてくる少女の背後からは三体のドローンが追って来ていた。

一体どういう状況かはよくわからないが、彼女に事情を聞くにはあれを倒さねばならないようだ。


「これを使うか。『斬烈空牙』!」


ドローンを倒すべく攻撃カードを放つ。

これは最大三体のモンスターを対象に選び、1500ダメージを割り振って与えるという魔法カードだ。

だが現実で使うとダメージ割り振りはできないようで、風は二体のドローンを吹き飛ばすだけで終わってしまう。

残った一体が少女に迫ろうするが、


「クルッ!」


最後の一体をグリフォンが飛び出し仕留める。

両前脚で押さえつけ、プロペラ部分を噛み砕いたことドローンは火花を散らしていた。


「クルルーーーゥ!」

「おー、ナイスだったぞ!」


勝利の雄叫びを上げるグリフォンをよしよしと撫でてやる。

小さくなっても元は高レベルモンスター、この程度の雑魚マシンくらいなら瞬殺だな。中々頼もしいじゃないか。


……それにしてもこの子、どこかで見覚えがあるような気がするんだよな。

正確にはこの衣装がだ。髪型もピンクとイエローが入り混じったようなビビッドカラーだし、なんかコスプレっぽいというか、うーんどこだっけ。

首を捻っていると、尻餅を着いていた少女は俺を見上げながら言う。


「す、すみません。助かりました……」


上気し赤らんだ頬、熱っぽい瞳、額に浮かんだ僅かな汗。

正面から彼女を見て、俺はようやく思い出した。


「……オルタ?」

「え!? 私のことがわかるのですか!?」


驚き目を丸くする少女。と言っても俺は彼女自身を知っているわけではない。

彼女は『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』。WDGに存在するモンスターカードの一枚そっくりなのである。

オルタはWDG初の美少女キャラということでその人気は非常に高く、このカードのホロ版(プリズムコーティングされた所謂キラレア。カードの効果は同じだが封入率は箱に一枚、つまり希少価値が高いのだ)などは50万もの値が付けられた程だ。

能力的にはそんなに強くないので俺としてはだが、コレクターアイテムというのはそういうものらしい。

このカードで数々の凶レアを交換して貰ったのはいい思い出である。WIN-WINってやつだな。うんうん。

ってそんなことはどうでもいい。何故『星屑の魔女の弟子、オルタ=プラネット』が俺の前に実体として存在しているかだろうか。

……いや、そんなことはここの研究で作り出されたに決まっているよな。

それより彼女は会話も出来る人型モンスターなんだ。ここは話を聞くべきだろう。


実は俺も人型モンスターを召喚しようとしたことがある。

召喚される前の『向こう側の世界』ってどんな感じなのか、普段何しているのかとか……まぁ色々聞こうと思ったのだ。

しかし対話しようにも今召喚しているグリフォンのようにジェスチャーなどがせいぜいで会話は不能だった。


尚、そうしようとした一番の理由はデュエルの相手にもなるかもしれないと思ったからである。

喋れなくてもデッキは俺が作ったのを貸せばいいし、いつでもデュエルができる最高の環境出来上がりというわけだ。

しかし残念ながら召喚モンスターには俺の言葉が通じることなく、どんなに説明してもルールの理解どころかカードに触れてもくれなかったのである。残念。

だが普通に喋っている彼女なら俺の問いにも答えられるはず。そしてデュエルも出来るはずだ。

とはいえ彼女も今は混乱している。いきなり色々聞いても答えられないだろうし、ここは一旦落ち着いてと。

すーはーと深呼吸をし、逸る気持ちを抑えながら問う。


「君、デュエルできる?」


うん、何はともあれまずはこれを聞かないとな。

なんかグリフォンが白い目を向けてくるが気のせいに違いない。

答えを待っていると、オルタはおずおずといった風に手をあげてくる。


「あの、すみませんけど……よくわからなくて……」

「とりあえずこのカード持ってみてくれないか?」

「はぁ……」


期待を込めてカードを渡す。受け取ろうとするオルタだが、


「……熱ぅっ!」


バチッ、と触れた瞬間火花が飛び散ると共にカードが消滅してしまった。


「あちち……ダメです。熱くてとても触れません」


ふーふーと赤くなった指に息を吹きかけている。

なんてこった。オルタはカードに触れないようだ。しかもカードも消えてしまうなんて……なるほど、だからモンスターたちは触ろうとしなかったのか。

ということは彼らとのデュエルは無理ということ……? あまりのショックに俺は打ちひしがれるのだった。

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