第9話カードショップに行こう

そうこうしているうちにカードショップに辿り着く。

着きはしたが……本当にここでいいんだよな?

地面から伸びた蔦がびっしりと窓を覆い、中の様子は窺い知れない。

看板の文字は所々消えかけており、一見では何の店かわからない程だ。


「なんとも入り辛い雰囲気ですわね……」


胡散臭過ぎる店構えである。流石に躊躇する俺たちに構わず、アルフォンスが扉を開けた。


「ちわーっす!」


まるで自宅に帰ってきたかのような陽気さである。

なんという豪胆さ。こんな怪しい館に躊躇なく入っていくだなんて、よほど根性が座っているか何も考えていないかだ。……ま、後者だろうな。間違いない。

……はっ、呆れている場合じゃない。こんな時こそアルフォンスへの好感度を上げるチャンスではないか。

二人をくっ付けることが出来れば俺とも距離を取ってくれるかも知れないしな。


「い、いやー、すごいねアルフォンスくんて。勇気あるよホント。なぁローズ?」

「何も考えてないだけですわ。無神経な方です」


だが俺のフォローも虚しく、ローズはつまらなさそうにため息を吐くのみだ。

くっ、そう簡単に上手くはいかないか……まぁ機会はいくらでもあるさ。


「おーい、店員さーん! ……んだよ、いねぇのかな? もっかい大きい声で……」


アルフォンスがカウンターに肘を乗せ、声を張ろうとしたその時である。


「ヒッヒッヒ……いらっしゃい」

「どわぁぁぁっ!?」


突如、カウンターの真下から老婆が現れる。

驚いたアルフォンスは飛び上がり、俺に抱きついてきた。おいおい驚きすぎだろう。

それを見たローズはくすくすと笑っている。


「ふっ、案外肝が小さいようですわね。アルフォンス君?」

「ん、んなこと言ってもあんなもんがいきなり出てきたらビビるだろーがよっ!」

「ヒッヒッヒ……」


可笑しそうに笑う老婆は黒いローブを纏い、首に髑髏の首飾りをかけている。

確かに不気味だが俺に抱きつくのはどうかと思うぞ。

どうせならローズに抱きついてくれればよかったのに。中々上手くいかないものである。


「それに比べてウチの未来の旦那様は堂々としてらっしゃる。流石はバルス様ですわ」

「そ、そんなことないって。俺もめちゃめちゃビビったし!」

「あらあら、得意げになるどころか友人のフォローをして差し上げるなんて、優しさすらも持ち合わせていますのね。ふふふふふ」


くすくすと悪戯っぽく笑うローズ。

ったく、いい加減からかうのはやめて欲しいんだけどな。


「ヒッヒッヒ、若い子たちは賑やかでいいねぇ。何の用だい?」

「すみません、俺たちカードを買いに来たんですが」

「そうかいそうかい。よく見りゃその服はアカデミーの学生さんだね。銅貨までのコモンカードはそこのボックスに、レア以上はバインダーにファイリングしてあるよ。ゆっくり見てっとくれ」


そう言って老婆は座り込む。背が低いから椅子に座ると見えなくなるようだ。

さっき下から現れた理由はそれか。それにしても不気味な外見に似合わず親切な対応である。


「……というかこの店、外観はボロだけど意外とちゃんとしてるよな」


辺りを見渡すと古いながらも掃除は行き届いており、カードの整理整頓もされている。

置かれているカードもシリーズ順にまとめられているし、高額なレアカードは綺麗にショーケースに飾られている。

更に扉の向こうの部屋はデュエルスペースになっていて子供たちが楽しそうに遊んでいた。


「ってあれ? なんであの子たち普通にデュエルしてるんだ?」


デュエルは使い手が魔力を込めたカードのみで組まれたデッキを使って戦うはず。

だがよく見れば子供たちが遊んでいるカードからはモンスターは浮き上がってこないし、ダメージを受けても叫び声一つ上がらない。

むしろキャッキャと騒いで楽しそうにしている。ごくごく普通のカードバトルだ。


「何言ってんだよバルス、ありゃデュエルじゃねぇ。単なるお遊びさ」

「えぇ、あれは我々魔術師の生成したカードを複製したただの紙ですわ」

「つーかよく見ればすぐわかるだろ? 紙質とか絵柄とかでよ」


……確かに、俺たちが使っていたカードに比べると粗雑な偽物って感じだ。遠くから見てもわかる程に荒っぽい作りである。

なるほど、つまり代用カードを使ったデュエルの真似事ってわけね。魔力を使ってないなら効果が具現化するはずもない。

俺も中学生の時などは高額カードでデッキを揃えることは出来なかったので、コモンカードなどにイラストと文面を書いた紙を貼り付けて代用カードとして使ったものだ。当然公式大会では使えないし、偽物じゃテンションも上がらないし、そもそもダサいからすぐ使わなくなったんだけど。


「ん? でもあれは?」


ショーケースに飾られているカードはそれらの偽物とは全く違う。

質感といい雰囲気といい、とても本物にしか見えない。

それによく見ればカードに何か文字が書かれているような……?


「あれは紛れもなく本物のカードだな。つまり作りはしたけど自分では使わない不要なカードをショップに引き取って貰い、店側がそれを展示してるってわけよ。まー他人の作ったカードは使えねぇから、コレクションアイテム以上の価値はないけどな」

「名のある大会ともなれば全国で中継されますからね。特に有名決闘者のサイン入りカードは高額で取引されますのよ」

「くぅーっ、俺も有名になってサインとか頼まれてぇーーーっ!」

「ふっ、バルス様ならともかくあなたでは無理ですわよ。……それにしてもこの店、中々の品揃えですわね。王族にして歴代最強の戦士系モンスターカード使いと名高いバリストン四世。公式大会優勝経験100回以上、魔術王ミラベル。獣の如き凄まじい勢いを持つ、新進気鋭の超獣使いソーマ。……まさに錚々たる顔ぶれですわ」


バリストンにミラベル、ソーマと言えばこのゲームでも強キャラとして名を馳せていた奴らだ。

彼らのサイン入りカードが高額で取引されているのは、プロ野球選手のサイン入りバットとかボールを欲しがるようなもんだろうか。

そういえばこの世界ではデュエルがプロスポーツみたいな扱いになっていたっけ。彼らとも是非そのうち戦ってみたいものだ。


「でもこれ、値札が書いてないな」


ショーケースに飾られたカードにはどれも値段が書かれていない。

一体どういうことだろうか。


「ヒッヒッヒ、羨ましいじゃろう?」

「どわぁっ!?」


と、老婆がいきなり話しかけてくる。びっくりするからやめてくれ。

アルフォンスがまた抱きついてきたじゃないか。


「これらはワシが彼らの試合を見に行った時に書いて貰ったものなんじゃよ。何を隠そう彼らは昔、ワシの店でカードを買って遊んでくれていた子たちでのう。彼らはそれを今でも覚えてくれていて、ワシが会いに行くとわざわざカードを作って、しかもサインまでしてくれたんじゃよ。これを店に飾って、子供たちに夢を与えてくれ、と言われてのう」


遠い目でしみじみと語る老婆、そんな多くの名のあるプレイヤーを見てきたのか。

ただのボロいショップかと思ったが意外と凄い店なのかもしれない。


「子供のいないワシにとって、このカードたちは孫のようなもの。かけがえのない宝物なんじゃ。何物にも変え難いからこそ値札を付けとらんのじゃよ。もちろんこれを欲しがる輩はどこにでもおるがの。以前どこぞの成金コレクターが何百万ジュエルも出すとか言いおったが、ヒッヒッヒ……ビシィッと断ってやったわい」

「よっ、かっこいいぜ! ばあちゃん!」

「魂と思い出が込められたカード、それにふさわしい取り扱いですわ」


アルフォンスとローズが囃し立てる。

売り物でもないのにデカデカと飾っているのはそういう理由か。

ちなみにこの世界の金銭単位はジュエルだ。ゲームと同じである。なんか生々しくて嫌だな。


「つーかよ、そんなことよりカード買おうぜ。ばあちゃん、五パックくれ! 白地のヤツな!」

「はいよ。……えーと、魔術師相手に商売するのは久々だからねぇ。確かこの辺りにあったはず……」


老婆がカードを取り出そうとゴソゴソし始める。

そうそう、本題はこれよこれ。デッキ構築にはなんと言ってもカードが欠かせない。俺好みの様々なチートデッキを組むにはバルスが所持していたカードだけでは全然足りないのだ。もっともっとカードを手に入れないとな。

さーて、どんなレアが出るのやら。楽しみに待っている俺たちの後ろで、不意に入り口の扉が開いた。

入ってきたのは三人組の男たち。ズカズカと近づいてきたかと思うと、手に持っていたバールのようなものでいきなりアルフォンスを殴りつける。


「ぐああっ!?」

「ちょっとあなた方! 何を……ッ!?」


男は抗議しようとするローズの首元にナイフを突きつける。

そのまま後ろから羽交い締めにし、手の空いていた男が声を荒らげた。


「全員動くんじゃねぇ! 少しでも動いたらこの女の綺麗な首が真っ赤に染まることになるぜぇ?」

「くっ……!」


動けない俺たちを尻目に、もう一人の男がショーケースを叩き割る。

そして残骸の中からバリストン、ミランダ、ソーマ……他の有名決闘者たちのカードをどんどん袋の中に入れていく。


「あぁっ! わ、ワシのカード……! か、返してくれぇ……!」


男たちは縋り付く老婆を蹴り飛ばし、


「へへっ、どうせ使わねぇし売らねぇんだろ? だったら俺らが有効利用してやるぜ!」

「有名決闘者たちの中にはサインをしねぇ者も多くいるが、そんな奴らのサイン入りカードが何枚もありやがる!」

「これだけのお宝を売れば俺ら大金持ちだぜ! あばよッ!」


停めてあったバイクに乗り込み、男たちは走り去っていく。


「っ! 待ちやがれっ!」


すぐに追いかけようと飛び出すアルフォンス、だが足がもつれて転んでしまう。

立ち上がろうとするがどうやら立てないらしく、足がガクガク震えていた。


「くそっ! 足がもつれて……っ!」

「頭を強打したからですわ! すぐに救急車を呼びますからあなたはここにいなさい! ……バルス様、私たちで追いましょう!」


そう言ってバインダーからカードを取り出すローズ。え? 一体何をするつもりなんだ?

疑問に思いながら見ていると、手にしたカードが眩い輝きを放ち始める。


「召喚っ!」


同時に、カードが消滅し真っ青な鱗を持つ小型のトカゲが出現する。

あれはレベル3モンスターカード、『走り回る鱗トカゲ』だ。

……そういえばこの世界では魔術師は己の作り出したカードを消費することで、そのカードが持つ特殊な力を発動出来るんだっけか。

一定時間で消えてしまうが、モンスターを呼び出し下僕にしたり、魔法カードで炎を起こしたりすることが可能なのである。

俺はストーリー飛ばし気味だったが、リアルで出てくると圧巻だ。そしてめちゃくちゃ楽しそう。俺もやらねば。


「バルス様もお早く!」

「……えーと、まずはバインダーを出して、と」


乗れそうなヤツ、乗れそうなヤツ……おっ、これなんかいいんじゃないか。


「出てこい! 『陽光の翼、グリフォン=シン』!」


召喚に応じ現れたのは巨大な翼を持つグリフォンだ。


「ゲェッ!? グリフォン=シンって言やぁSSRの上、USR《ウルトラスペシャルカード》じゃねぇか! 100パック買って一枚出ればいいと言われている激レアカードだぜ!?」

「そのような超レアカードを見も知らぬ店の為に使い捨てるなんて……流石はバルス様ですわね。お優しいことです」


そうなのか? めちゃダブってたんだが……まぁいいか。確かに強いが普通の優秀モンスターカードはどうせ俺のデッキには入らないしな。

チートデッキに使われるのはもっと尖った性能が必要なのだ。

ていうかアルフォンス、お前はツッコミ入れてないで大人しく寝てろ。頭打ってんだぞ。


「よっしゃ行くぞ!」

「ああっ! ま、待ってくださいましっ!」


翼を広げ飛び立つグリフォン、眼下ではトカゲに乗ったローズが慌てて駆け出していた。

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