第2話 僕

「あ」

僕はしまったと今更気づいた。あまりに内容が荒唐無稽だった。

僕は曖昧に笑って濁そうとした。

「ごめん。冗談が過ぎたね」

ただ、それは失敗したみたいだった。

「ッ!」

なぜだかヒコイは途端に泣き出しそうになっていたからだ。

「どうしたのヒコイ?」

「ごめんね、フェイ。今のは私が悪かった」

「悪かったって……今のは冗談だって」

「……」

ヒコイは僕の顔を両手で挟むと、そっと自分の顔を近づける。

「私の目を見て?何が映ってる?」

「……涙が溜まっててよく分からないかな」

ヒコイは手の甲でゴシゴシ目を擦ると、もう一度「何が映ってる?」と聞いた。

「……僕が映ってる」

随分と、情けない表情をした僕がヒコイの目に映っていた。

そっか。今の僕はヒコイにこう、見えてるんだ。それはとても嫌だな。

僕は今度こそニコリと笑う。

「もう大丈夫だよ」

けれどもヒコイは首を横に振った。

「大丈夫じゃない。そうじゃない。ごめんね、私が分からなかったってだけで冗談なんて言っちゃって。

ねえ、教えて?理解できないかもだけど、フェイが何を考えてるか知りたいんだ」

「……あのね」

僕はポツリポツリと話し始めた。僕が何を調べていたかということを。それにヒコイはうん、うんと静かに相槌を打ってくれた。

僕は顕微鏡の中に特殊な試験薬を使用すると見える、動くものを発見した。

それはどこにでも存在していた。地面、植物、空気中。でも雨水の中には存在しておらず、けれど放置した水にはわずかに存在した。

つまり外には存在せず、龍の回りにだけ存在する何かという事になる。

もう一つ。この動く何かは常に龍と同じ進行方向を向いていた。

つまり、僕らの住む龍と同一な性質を持つ可能性。そして仮説、この何かの群体が僕らの住まう龍そのものではないか?

そういう結論に僕は……ううん、結論というかまだ妄想の類だけど。

「至ったんだ。で、ダンジョンならよりこの何かが見つかるんじゃないかって。確かめに来たんだ」

「そっか。それで結果は?」

「予想通りたくさんあった。あ、後ね、コツ掴むと僕らでも動かせるんだ。だから、こんな事もできるんだよ」

僕は地面に手を突くと何かを動かすように念じる。すると、地面が隆起し近くにいたオオワラジムシを跳ね上げた。

突然ひっくり返されたオオワラジムシはジタバタしながら慌ててくるまった。

おお、さすが何かがたくさんいるダンジョン。家で使った時より効果が高い。

「え、何それ!すごい!魔法みたい!」

ヒコイが素直な賞賛の眼差しを向けてきた。素直に嬉しい。

「うー、ダンジョンならマウントが取れると思ったのにー」

続けてヒコイは純然たる嫉妬の眼差しを向けてきた。気まずくなって僕は視線を逸らした。



僕は自分の両親が亡くなった時に泣かなかった。哀しくなかった訳じゃない。

でも、散々次は帰ってこれないかもと言われ続けてきた。覚悟はいつだってしてきたし、会う時はいつだって互いに最後のつもりで大事に過ごした。

だから、悔いはあってもできるだけの事はしてきたと思ってる。

むしろ自分の親より、ヒコイの両親の死の方がショックだったぐらいだ。

たまたま、なんだけど僕の両親とヒコイの両親の亡くなった時期が重なった。

覚悟のできてなかったヒコイは、わんわんと泣き続けた。

だから僕がしっかりしないと、って思ったんだ。だから僕は泣かなかった。

でも今にして思うと、僕の決意なんて不要だったかもしれない。



一緒にダンジョンに潜ってからしばらく経った。

ヒコイはダンジョンに潜る傍ら、相変わらず毎日のように僕の家に顔を覗かせては一緒にダンジョンに行こうと誘っていたし、僕はそれを断っていた。

「……なあ、だから俺と一緒にパーティ組もうぜ?」

「私、興味ないって。他を当たって?」

外出してる時にヒコイが男と一緒にいるところに出くわした。ヒコイが気づいて僕に手を振る。

「あ、フェイ。外で会うなんて珍しいね。あ、じゃあね」

「チッ。それじゃヒコイ、この話の続きはまた会った時にな?」

「えー?もう話は終わったじゃん。それで、フェイ、どこに行ってきたの?一緒に帰ろう?」

ヒコイが嬉しそうにコチラに寄ってきて、一緒にいた男は憎々し気に僕を睨んでいた。

「勧誘?」

「そ。いやー、優秀な冒険者は引っ張りだこで、断るのも大変なんだよー」

ヒコイが優秀だというのは間違ってないだろう。けど、あの男の表情を思うと、勧誘の理由はそれだけじゃなさそうだ。

ヒコイは可愛い。万華鏡のように表情はクルクルと変わり、一緒にいて楽しい。

それに社交性があって、簡単に相手の懐に入ってくる(何せ僕と親しいくらいだ)。僕がそう思うくらいだ。世間一般的に見たら、さぞ魅力的に映っている事だろう。

「そっか。お疲れ様」「うん」

僕はこの時、内緒にしていた計画を行動に移す決心がついた。



「ねえ、フェイ。家の荷物、減ってない?」

ある日ヒコイに問われて、そろそろ打ち明けても良いかと答えた。

「うん。旅に出ようと思って」

ヒコイは驚く。

「え、旅?どこに?いつからいつまで?」

「3日後。両親の家があるから、戻ってくるつもりだけど、いつになるかは分からないな。場所は……龍の尾」

僕の両親が冒険家として踏破した地だった。

「3日後!もう時間ないじゃん!なんでもっと早くに教えてくれなかったの、急いで支度しなきゃ!」

慌てたヒコイはバタバタし出す。

「落ち着きなよ、ヒコイ。僕一人で行くんだから、君が慌てる必要なんてないんだよ?」

ヒコイが動きを止める。そして悲痛な表情を浮かべて僕に短く問う。

「なんで?」

「龍の事をもっと知りたいんだけど、ココで調べられる事が殆どなくなったんだ」

「違う、そうじゃないよ!なんで一人で行こうとするの!」

「なんで君が一緒だって思うのさ?……ヒコイにも生活があるじゃないか。巻き込めないよ」

僕と一緒に行かないか、なんて言えるハズがない。それは僕が何度も思っては飲み込んだ言葉だ。

「その言い方は……ズルいよフェイ。

でも、なんかこうなる気がしてた。私が一緒にいても足手まといだもんね。そうならないように、すごいって思われるように頑張ってたんだけど。ダメだったみたい」

その言葉に僕は驚く。

「そんな、まさか。ヒコイはすごいよ。一緒にいて足を引っ張るのは、きっと僕の方」

「…フェイが、私の事を、すごいって?そんなの、知らない。フェイに私は、どう映っていたの?」

そういえば、言った事がなかったかもしれない。僕は改めて言葉を選び、口にする。

「……ヒコイは、すごいよ。

人のことをよく見てるし、見えてる。そして人を想って実際に動ける優しい人だよ。それは僕にはなかなか出来ない事だから尊敬できる。

それに自分の気持ちを率直に言える勇気ある人だよ。その言葉で僕は新しい事に気づく事が何度もあったし、その言葉で僕は気持ちを何度も救われてきたんだ。

僕は、あまり人とイイ関係を築くのが得意じゃない。だから、一緒に旅するとなると君に頼りきりになりそうで恐い」

そこまで話したところでようやくヒコイの強張っていた表情が綻んだ。

「そんな事思ってたんだ……全然知らなかった。お互いよく知ってるようでまだまだ知らない事は多いね?

でもね、肝心な事を私聞いてない。それで私と一緒に、いたいの?いたくないの?」

僕はその質問にヒコイから目を逸らした。

ヒコイはそんな僕の顔を掴むと顔を近づけて目を逸らせないようにした。

「フェイ、目を逸らさないで。私を見て?どっち?」

至近距離のヒコイの目に、赤い顔をして怯えた表情の僕が映っていた。相変わらず、ヒコイの目に映っている僕は恰好悪い。

せめて、これを口にする時ぐらいはヒコイにとって格好よく映っていたいと思い、表情を引き締め、声を張って口にした。

「僕はヒコイとずっと一緒にいたい」

「うん」


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「私もだよ」

至近距離過ぎるヒコイの瞳には、僕の見開いた瞳しか映っていなかった。

「ふふ、自分の事なんて自分じゃ分からないもんだね?」

「そ……そうだね」

「二人が見えてる事があって、フェイに見えてて私に見えてない事があって、私に見えててフェイに見えてない事があって。

二人とも見えてない事も多いケド、二人だったら視界が広がると思うんだ。だから、私も連れてきなよ。二人で、見えたものを教え合おう?

私の事は気にしなくていいよ。私のしたい事は、フェイを見続ける事だし、フェイの視界の中に居続ける事なんだから」

「そっか。うん、そうだね。ヒコイ、一緒に行こう。改めてこれからもよろしく」

「うんうん。『人こそ人の鏡なり』って言うしね!」「それ、意味がちょっと違う」「あれ!?」

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合わせ鏡な私と僕 dede @dede2

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