合わせ鏡な私と僕

dede

第1話 私

「お日様も高いというのに、フェイときたらひたすら顕微鏡ばかり見つめて……。まったく、そんなんだから『龍と心得た蛙子』なんて呼ばれるんだよ?」

「僕は僕だよ、龍でも蛙でもない。でも敢えて言うなら龍は僕じゃなくて両親だよ。僕は両親のようには成れない」

彼は覗いていた顕微鏡から顔を上げると外していた眼鏡を掛けた。

「始めから目指してもない癖に」

「ヒコイ、言っただろ?僕は僕だ。龍とも蛙とも両親とも違う。両親は、尊敬してるけどね」

「まったく、フェイったら」

ため息が出る。私はもっと世間にフェイの事を認めて貰いたいのに。本人はこの調子なんだから。


「というか、呼ばれてないよね?そんなマイナーな諺、使われないよね?ヒコイは意味知ってて言ってる?」

「知ってるよ?えーと、子供に対する親の見込み違いって意味だよね。そんな意味の事を言われてるって聞いたんだよ。

誰に聞いたかって、あなたから聞いたんだけどね!(私も聞いたことあるけど)

フェイこそ、良く知ってたね?私、説明してマウント取る気満々だったのに。だったのに。なんで私が確認されてるんだか。だか!」

「ご、ごめんよ。僕もたまたま知ってて……。でも、そんな架空の生き物に例えられてもね、イメージ湧かないよね」

私の憤慨した様子に、随分と焦った様子だった。

「他にもあったよね、『井の中の蛙、大海を知らず』とか。架空の生き物が架空の場所を知らないって言われてもね?」

大海って海の事だよね?大きい水たまりなんて想像の範疇外、さすがに空想の場所だと思う。

「それ、続きあったよね?『されど空の高さを知る』、だっけ?」

「こ、こいつ、まだマウント取ってくるの……っ!?」

「ご、ゴメンよっ!?」

「うーうん、許さないよ?でも一緒にダンジョン行ってくれたら機嫌直してあげる」

「……また?」

露骨にイヤそうな顔をされた。

「いや、またって。一回も誘いに乗ってくれた事ないじゃない」

「そうだっけ?でも今回もダメだよ。もうすぐ雨になるよ。ヒコイもそろそろ帰った方がいい」

フェイがそんな事を言い出すものだから今朝のテレビの記憶を掘り返す。

「そんなの予報になかったよ?」

「そうなの?うーん、ちょっと外出ようか」

私達は一緒に外に出てみると「あ、ほら」風上に、少し遠いけど黒い雨雲が立ち込めていた。

「あ、ホントだ。もぅ残念。じゃ、帰るけど。雨が終えたら、きっとだからね!」

「前向きに検討させて貰うね?」

「社交辞令が前面に出てらー!」

不満は残ったがぐずぐずしてるとすぐに雲がやってくるので後ろ髪引かれながら帰路につく。

徐々に周りの人たちも雨雲に気づいたようで、段々と慌ただしくなってきた。

フェイに早い段階で教えて貰ったものの、家を目前にして間に合わなかった。

「ぎゃーっ!?」

周囲が灰色に染まって見通しが効かなくなり、ビショビショに体が濡れた。

雲の中に突入したので、道の淵が淡く光り始めた。それを頼りに、何とか家に帰りつく。

「あー、ひどい目にあった」

と、一人グチりながらタオルで髪を拭いていたが、ふと気が付いた。

あれ、雲に気づかなかったらフェイの家、流れで泊まれたんじゃ……。

いや、いやいや!?でも、やっぱ帰ってきて正解だったよ、しばらくお風呂入ってないもん!

雲でまったく外の様子が分からない家の窓を見つめる。

外に出れないのはヤだけど、今回の雲は大きいといいな。お風呂に入れるぐらいには水が貯まってくれると嬉しい。

毎日拭いてるから清潔だとは思うけど。お風呂の方が気持ちいいし綺麗になった気がするもの。

今度フェイに会える前には、お風呂に入って綺麗になれてるといいな。


フェイのご両親が亡くなってから久しいけれど、お二人は有名な冒険家だった。

冒険者ではなく冒険家。ダンジョンに潜るのではなく未踏の地に踏み込んで白日の下に晒す人たち。

もちろん冒険者も生活するために必要な魔石や食料や物資を手に入れるために大事な仕事なのだけど、

人が住める地域を増やしたり、新しいダンジョンを発見してくれる冒険家は花形職業だった。

そんな二人の息子だから周りの期待は大きかった。

けれどフェイは友達と活発に遊ぶような子供ではなく、一人で本を読んだり実験したりともの静かに過ごす子供だった。だから周囲の目は次第に覚めて行った。

もちろん、ご両親はフェイすごいと思ってたし、私もフェイすごいと思ってたし今も思っている。

職業柄二人揃って不在が多かったから私の家に預けられることが多かったけど、二人がフェイの事が大好きだったと私は知っているし、フェイもきっと分かってる。

だからご両親が亡くなられた時にフェイが泣かずに淡々としていたのもフェイが冷たい人間だからじゃないって私は知ってる。

周囲は情の薄い子供って、とんだ落ちこぼれって、そんな色眼鏡で見られる事になったけど、そうじゃないって私は知ってる。

私が知ってるって事をフェイが知っているかは、私は知らないけど。


「フェーイ、雨終わったよー!ダンジョン行こうよー!」

今回の雲は幸い大きく、長らく雨だったけど無事お風呂に入ることも出来て、さっぱりした状態でフェイに会いに来た。

座っていたフェイは本から顔を上げて私の姿を確認すると、また本に視線を下げた。メガネは机の上だった。

「いいよ」

「えー、たまにはいいじゃんかー」

「だから、いいよ」

「いつもいつも顕微鏡ばかり覗いてないで私にも付き合ってよ?」

「だからいいってば!?噛み合わないな?ねぇ、人の話聞いてるっ!?」

気付けばフェイに両手で顔を掴まれて無理やりフェイの方に顔を向けさせられていた。近い。フェイの顔が相当近い。

フェイの瞳の中に真っ赤な私が映りこんでいるのが見えて、益々顔が火照る。

「ふにゃっ!?な、なに!?」

「だから、一緒にダンジョン行くって言ってるんだよ。ちゃんと話聞いてよ?」

「え、嘘!?いいの!?絶対行きたくないんだとばかり……ってか、そろそろ手を離して!」

「あ、ごめん」

フェイはパッと私の顔から手を離した。

ふぅ。私はフェイから距離を取ると軽く呼吸を整える。名残惜しいけど、あの距離感でまともに話せる気がしなかった。

「でも急にどうしたの?あんなに頑なだったのに?」

「用ができたんだ。それで、できれば近くに太い龍脈が通ってるところがいいんだけど」

「龍脈?うーん……」

私は記憶を引っ張り出す。

「この辺だとそんなに太いのないよ?」

「比較的でいいよ。太くて有名な龍脈なら僕だって知ってる」

「それもそっか。装備はどうする?冒険者ギルドでレンタルする?」

「これ、使おうと思うんだ」

フェイが懐からアドベントカードを数枚取り出した。

「フェイ、アドベントカード持ってたんだ?ダンジョン、行った事なかったと思ってたのに」

「これ、父さんのなんだ。折角だし、使わせて貰おうと思う」

「そっか、おじさんの……。うん、じゃ、早速冒険者ギルド行こうか。フェイの気が変わらないうちに!」

「だから気分じゃなくて用が……ま、いっか。うん、行こう」

そう言ってフェイは、メガネを掛けて大きなリュックを背負った。

「……それ、持っていくの?」「うん」「邪魔だよ?」「いるんだ」

私たちは一番近所の冒険者ギルドに顔を出した。受付の列に並ぶと、すぐに私たちの番になった。

受付嬢さんが笑顔で応答する。

「ギルドカードの提示をお願いします」

私は自分のカードをカウンターに置いた。私のカードの横に、フェイもカードを置く。

「フェイ、登録してたの?これから登録すると思ってた」

「父さんのカードを譲渡して貰う時についでに登録したんだ」

「ああ、なるほど」

「……はい、確認しました。ダンジョンに潜られるという事でよろしいですか?」

「はい。あの、この近辺で一番太い龍脈の近くってどのダンジョンか分かりますか?」

「少々お待ちください」

受付嬢さんは手早くタブレットを操作する。

「この辺だとE町のダンジョンでしょうね。はい、バイザーとフリースペースのアドベントカードです。オプションで追加のカードやレンタルは?」

「わかりました。オプションはなしで。ありがとうございます」

私はバイザーとカードを受け取ると、ギルドを後にして電車でE町に向かった。


というわけでダンジョンに着いた。念願叶って、フェイと、初ダンジョンっ!

「ッシャ!!さて、じゃあ入ろうか!入り方分かる?」

「ううん」

「うんうん、よしよし。ついに、ついに私にもマウントを取れる機会が!」

ニマニマしている私を眺めて、フェイは呆れた声を出す。

「自分で言っちゃうんだもんなぁ。でも、ヒコイ先輩?色々教えてくださいネ?」

私は鼻息荒く答える。

「任せてよ!まず、入り口のこのスキャナに、ピッと音がするまでギルドカードを翳しまーす」

私は入り口の壁にある、黒い四角い透明感のある個所にギルドカードを翳すとやがて音が鳴り、緑色の小さなランプが点灯した。

「翳したギルドカードはバイザーにちゃんとセットしてね。じゃ、フェイもやってみて」

「うん」

フェイのギルドカードもピッと音が鳴り、緑色のランプが点灯した。

「……ねえ、これ、ギルドカードを読み込ませなかったらどうなるの?」

私はフェイの質問に一瞬、思考が停まった。

「さあ?何にもないと思うけど。けど、そしたらバイザーが機能しないから、アドベントカードも使えなくてとても困るよ?」

「そっか。そうだよね。ごめん、変なこと質問して」

「ううん。じゃ、装備のアドベントカードもバイザーにセットしよっか」

私は立て続けにバイザーにカードをセットする。セットすると、カードは消えて、代わりに私の剣と、防具が装着された状態で出現した。

「ヒコイは剣使いだったんだ?」

「うん。スタンダードにね。学べる機会多いし、他を選択する理由もなかったから。フェイは……って、おじさんのだからアレか」

「うん。ちょっと待って」

フェイもカードをバイザーにセットした。するとフェイの手の中に細い棒が納まる。

「おじさんって言ったら棍だもんね。……いや、おじさんのだから高性能な武器なんだろうけど。うん、棒きれにしか見えないや。

フェイ、棍なんて使えるの?」

「うーん、試してダメなら考えるけど、昔少しだけ手ほどき受けたから、大丈夫だと思う」

「わかった。でも無理はしないでね。それじゃ先に行こう!」

私たちは二人して、しばらくダンジョンをウロウロ歩き回った。

「お、第一モンスター発見っ!」

「あれが、モンスター?」

「そ。あれは『オオワラジムシ』。初めてがあれで良かったね、大人しいモンスターだよ」

それは光沢のある灰色がかった色をした虫型のモンスターだ。私ぐらいの大きさで、硬い外殻に覆われ、無数の足が忙しなく動いている。それが7,8匹。

私は正直苦手なのだが、ファンな人も多いらしいので好きの多様性って幅広いと思う。

「じゃ、通り過ぎて次行こうか」

「え、倒さないの?」

「倒すの、すごい面倒なんだ。見てて?」

私は全力でモンスターに切りつける。けれどもガキィンという音ともに弾かれてしまった。おまけにオオワラジムシは丸まってしまう。

「ね?外殻がとても硬いの。弱点はお腹なんだけど、すぐに丸まっちゃってね。襲ってはこないから、スルーして次行こう?」

「……ちょっと僕も試していい?」

「いいけど。無理だと思うよ?」

するとフェイは丸まったオオワラジムシをコロコロと転がして壁際に運んだ。そして継ぎ目が正面に来るように位置を調整する。

何度か動作を確認すると、

「シッ!」

と、渾身の突きを継ぎ目に向けて放った。フェイの突きはオオワラジムシの継ぎ目をこじ開けて中に突き刺さる。

しばらく痙攣したあと、力が抜けて息絶えた。

「おお!すごい」

「良かった、上手くいって」

そう言ってフェイは照れ臭そうに笑った。あ、あれ?これ、もしかしてダンジョンでもマウント取れないんじゃ私?

い、いや、気を取り直そう。

「じゃ、早速ドロップ確認しようか。貰ったフリースペースのアドベントカード翳してみて?」

「あ、その前に僕の用事済ましていい?」

「30分ぐらい猶予あるからいいけど、何するの?」

「これ」

フェイは背負ってきたリュックから顕微鏡を取り出した。

「ココでも顕微鏡っ!?」

「うん」

フェイはオオワラジムシから体液を採取するとプレパラートの上に乗せ、スポイトで液体を数滴たらすと顕微鏡にセットして覗き込みだした。

ちなみに顕微鏡を覗き込んでいるフェイの横を残りのオオワラジムシが歩き回っている光景はなかなかシュールだ。

「ほんと、好きだね顕微鏡」

「別に顕微鏡が好きな訳じゃないんだけど……あ、見つけた。これは……予想以上だ……」

「ねえ、いつも何を見てるの?」

「見てみる?」

フェイは顕微鏡から顔をあげると、顕微鏡を私に向けた。

私は顕微鏡を覗き込む。覗き込んだ先には、糸クズみたいに細長い何かがたくさん動き回っていた。

「何これ?生き物なの?」

フェイは神妙な声で言った。

「たぶんそれ、龍」

私は顔をあげてフェイを見た。真顔だった。私は素っ頓狂な声で珍しくフェイに意見する。

「またまたー?さすがに私でも分かるよ。龍って私たちの住んでるココの事じゃん。こんな小さいハズないよー?」

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