十六羽 世界樹の枝でレッツ・がじがじ!
『ハッ。ごしゅじん、ごしゅじん』
「ん? どうした」
鼻先を足にすぽっと入れていたうさぎさんは、突然ハッとして顔をあげる。
『なにかかじるものはありますでしか?』
「かじる?」
『はいでし。なにぶんそうしょくなものでしから。うさぎさんの歯はずっとのびますので、おていれにとおもいまして』
「ほう……」
うさぎさんの歯は
硬くて
ただ、うさぎさんにも食の好みはある。
健康面なども考慮し、本来うさぎさんにとって最適なお食事を見付けるのは中々大変なのだが、そこは従魔として召喚されたうさぎさん。
食にはうるさくないようで、単純にかじるおもちゃが欲しいだけのようである。
「かじる……ふむ」
『そのへんの枝でかまいませんでし。なにぶんうさぎさんは、そとにでるにはてんてきがおおいものでしから。ごしゅじんにおまかせするでし』
「枝……? なるほど! ならば世界樹の枝でも折ってくるか」
『ミエーーーー!!??』
もちろんうさぎさんは世界樹が何なのかは知らない。
知らないが、ペットショップにいた頃の高級なフードやチモシーを思い描いても、『世界』の名を冠するものは最高品質を意味していた。
とにかく高くて良質なもの。それは間違いないだろう。
そんなものを枝ごと折ってくると簡単に言うのである。
ヤバいに違いないとうさぎさんは感じていた。
余談ではあるが、本来お店で売っているかじり木はうさぎさんが口にしても、食べても安全なものである。
人間が自分で採取した木をあげるとするならば、植物の持つ毒性や害虫を駆除する農薬、化学肥料などを使っていないか……など、気をつけなければならないことを挙げると枚挙にいとまがない。うさぎさんのことを想えば、お店で買うのが無難であろう。
◆
「──というわけだ、枝を譲ってくれ」
「なにが『というわけ』じゃボケェ」
エルフの住まう森の深部。
カルナシオン宅から最も近い、人が住む集落だ。
うさぎさんを下僕二人に任せテリネヴと共にやってきたカルナシオン。
体もすっかり元通りだ。
彼が相対するのは、人間でいうところ六十歳後半ほどに見える男性。
だがその長い耳の先は尖り、高い鼻筋、神秘的で美しい銀の長い髪。
人間とは違う種族だと一目で分かる。
「ケチるなじいさん、ハゲるぞ」
「相も変わらず礼儀のなっとらん奴じゃ……」
時既に遅し……などと言ってはいけない。
広いおでこは彼の個性である。
元々こうなので、安心して欲しい。
「まあ、いんじゃない?」
「て、テリネヴ殿……」
ちょこんとした森人が、まるで長い時を生きるエルフよりも尊い者のように敬意をもって接される。
不思議な光景だ。
「君だってカルナさん帰ってくるの嬉しくて、ドワーフに建材めっちゃ用意してたじゃん」
「っ、うぉっほん!!」
そう。何を隠そう、ここはカルナシオンの故郷なのである。
「ほー?」
カルナシオンは、にやにやとエルフの男を楽しそうに見る。
「っ、と、ともかくだ! 聖域に入ることは許さん!!」
「ちっ。頑固ジジイめ」
「……はー。なぁんでこんな風に育ってしまったか……」
エルフの里の長老エルゲーズ・アーデンハイムは、十八年前うっかり育てることになってしまった義理の息子のことを恨めしい表情で見た。
「ま、いいや。ベムネスラに頼もう」
「!?」
「もうそっちのが早いよね」
「いっ、いかんっ!」
「まぁまぁ、いいじゃん」
「テリネヴ殿はカルナに甘すぎますぞ……」
エルゲーズは「もういや……」と言いたい無力感に襲われた。
「テリー、今度は私が抱えよう」
「お、ラッキー」
再確認だが、テリネヴは省エネ種族である。
基本面倒くさがりな上に、耐花モードで歩くとなるとその歩幅はかなり狭い。
カルナシオンと共に歩けば差が生じるのだ。
「おー。快適快適」
エルフ達の集落から離れ、更に森の奥へと向かう二人。
一般的な人間であれば、
カルナシオンは意気揚々と歩いていた。
「テリーは相変わらず軽いな」
「風で飛びそうだよね」
自分のことなのにどこか他人事のように返すテリネヴ。
本来の姿ではないからだろう。
「──お」
しばらく歩いていると、二人は見覚えのある場所に来た。
「なつかしー」
二人が初めて会った場所。
森の中にしては低木に囲まれ、日当たりがよい庭のような場所。
エルフの里周辺に住む
テリネヴは下僕二号ではあるが、実際には一番初めにカルナシオンの下僕となった者である。
当時まだ幼かったカルナシオンとテリネヴのやり取りは、こうだった。
──うっわ。すごい魔力量。
──? はなをもつドリアスか
──いいなー分けてくんないかな
──いいぞ
──いいんだ
これで契約が完了したのだ。
気の置けない仲なのは、元々の出会いがノリで契約したからだろう。
「テリーは下僕たちの中でも貴重な、話の通じるやつだからな」
「それはそう」
そして互いが互いを認め合うほどの仲。
けっこういいコンビなのである。
とある炎竜が嫉妬するのも無理はない。
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