十七羽 自称女神!?守り人のベムネスラ


 思い出話に花を咲かせつつ森の中を歩く二人。

 すると、テリネヴは「あ」と言いながら、木で出来たような己の掌を空へと向けた。


「うーん。きわどい」

「任せた」

「はーい」


 そういうとテリネヴは掌より枝を生やし、そこからさらに大きな葉っぱをいくつも重ね、まるで自然が作り出したパラソルのように二人の頭上をおおった。


「おー、荒れてる」


 葉っぱが覆うや否や、頭上にはポタポタと何かが落ちてきた。

 雨のようにも思える雫の音。

 だが空は快晴、おまけに雫は紫がかった色をしている。不穏な色だ。


 ジロリとテリネヴがそれをもたらした枝を見れば、焦ったようにシュンッと大元の木の中へと還っていった。


「ヤバすぎー」


 やれやれといった様子でテリネヴは葉っぱのパラソルを元に戻す。

 その葉には所々損傷があった。


「暇なんじゃないか?」

「だろうね」


 人は暇を持て余すと、突然訪れたイベント事には全力で取り組むだろう。

 今のはまさにその現象だ。


「ちょっとー、やめてよねー」


 やや大きい声で森の奥へと声を掛けるテリネヴ。

 すると、まるで元々存在していたかのように音もなく、一人のすらりとした女性が現れた。


「あらまぁ? ごめんなさいね?」


 彼女も一目見て森人ドリアスだと分かる特徴を持つ。


 一番に目を引くのは、濃い紫色の花がまるで帽子のように逆さになって頭部を覆っている点。魔女の帽子のような広いつばは、五枚の花弁の先がくるりと逆巻いて出来たものだ。


 その頂点、花と茎の境目に当たる部分からは木の根のように硬そうなつたが三つ編みのようにぐるぐると互いに巻き付き、長いポニーテールのように見える。

 先端には閉じたつぼみも。


 青白い肌を覆い隠すかのように長い、タイトな黒いドレスは布製であるものの、袖から見える手の周りには緑の葉が覆われていたりと、どうやらおしゃれに服と森人としての体を融合させた独自のファッションのようだ。


 美しい顔立ちも相まって、森を訪れた者を惑わせるのではないか──。

 そんな不思議な魅力を感じさせる森人ドリアスだ。


「久しいな、ベムネスラ」

「坊やったら、もうそんなに大きくなったのかい? 人間の成長は早いわねぇ」

「話らしてるとこわるいけど、知り合いに毒くのやめてよ」

「おほほ」


 『堕飲だいんのベムネスラ』。一言でいうと、毒の使い手。

 世界樹のある聖域を守る『自称』三女神の一人だ。

 もちろん自称なので神ではない。


 うさぎさん基準であるともちろん『ヤバい』者だが、今この場においてはヤバい者しか存在しない。毒を撒かれたことを、重く受け止める者が皆無なのである。

 どうか察して欲しい。


「久しく人も訪れなかったからねぇ。それも、とてつもない魔力の持ち主だったから……つい」

「つい、で毒撒かないでよ……」

「ベムネスラ、早速でわるいのだが──」

「エルゲーズが森に向かってぼやいていたさ。魔王を封印するならともかく、従魔のために世界樹の枝を折ろうなんて……坊やも相変わらずだねぇ」

「何を言う。あれはこの世で最も清浄な枝だろう」

「違いないけどさ」


 前回、世界樹の枝を求めたのもまた人間たちであった。

 勇者パーティ。

 200年前、魔王との戦いに備えるため世界樹の太い枝で聖女の杖を作ったあと、この森の聖なる泉の水で清めたという。


 200年後にまたそれを求めるのが人間というのはなんとも運命的だが。今回に限ってはエルゲーズでなくても「ボケェ」と言いたくなるはずだ。


「あたしは構いはしないよ」

「いいんだ?」

「さすがは話の分かる女神だ。その名にふさわしい」

「おほほ。口車に乗せられるつもりはないが、分かっているじゃないか」


 現在、世界樹を守るとされる守り人が三人いる。

 だが元々は長い間二人であったため、どちらがより美しいかという論争は二分することで平和を保っていた。


 約二十年前に突然移り住んだ魔族の女性がやってくると、再びその問題が再燃したのである。


 ──誰が最も美しい守り人なのか


 うさぎさんの世界には三人集まればなんとやらという言葉があるが、どうやら彼女らの間では知恵を生むことはなかったらしい。

 ひたすら他を出し抜こうとする競争が起こっている。

 主に森に住むエルフと森人、獣人らが被害を被ってはいるが、命を脅かされることはないので安心してほしい。


 カルナシオンは森の抱える問題を分かった上で、ベムネスラへ丁重に接しているのだ。


「……ただねぇ。理由が理由だし、他の二人が納得するかねぇ」

「たしかに」


 テリネヴは残り二人の顔……特に一人を主に思い浮かべると、「無理そう」と短く言葉を発した。


「手土産……か」

「あたしにはないのかい?」

「もーベムネスラ」

「おほほ。冗談さ」


 ベムネスラは自分と同じ存在であるテリネヴのいさめる声に、素直に従った。


「……テリー、出直すか」

「そうだね。ボク、さすがにあの二人の好みは知らないし」

「おや? あたしの好みは知っているのかい?」


 ずい、っとテリネヴに目線を合わせるように腰を曲げるベムネスラ。

 その瞳はずいぶんと挑発的だ。


「カルナさんの魔力でしょ」

「──! アハハ! そりゃそうだ!」

「私の? そんなものでよければ、やろう」

「えー。減るじゃん」

「減らないと言ったのはテリーだろう」


 都合のいい時に自分の発言を忘れるのは、森人も同じようである。


「じゃ、ちょっとだけ──」


 細長い指をカルナシオンの顎にかけるベムネスラ。

 そのまま顔を近づけ、左の頬へ優しく口づけるように唇を寄せると魔力を吸い取った。


「ん~、最高だねぇ」

「あ~。ボクの取り分が~」

「まだまだあるぞテリー」


 恨めしそうにベムネスラを見上げるテリネヴ。

 ふふん、と得意げに見下ろすベムネスラ。


 森人にとってカルナシオンの魔力は、相当美味しいもののようだ。


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