鉛刀一割

三鹿ショート

鉛刀一割

 空を飛んで移動することができる人間が、羨ましい。

 そのような能力を有していない人間は、自動車などを使い、時間と金銭を使って動かなければならないからだ。

 だが、私が羨んでいるのは、そのような人間だけではない。

 自由に姿を変えることができる人間や、動物と会話することができる人間など、この世界には様々な能力を持った人間が存在している。

 全ての人間がそれぞれ異なる能力を有しているために、私も例外ではないのだが、使うことができるのは、一度だけである。

 検査機関において、自身の能力について伝えられたとき、何かの冗談ではないかと思ったが、そうではなかったらしい。

 誰もが己のために使うことができる能力を有しているにも関わらず、私の能力は、他人のためにのみ使うことができるものだった。

 だからこそ、自分のために能力を使うことができる人間が、私には羨ましかったのである。


***


 他者に危害を加えるために能力を使うことは禁じられているものの、喧嘩や犯罪行為などでそれらが使われることは珍しくはない。

 ゆえに、彼らのような人間を取り締まる集団が存在していた。

 その集団が作られたのは、己の家族や恋人などを殺められた人々が、自分たちのような人間を再び生み出さないためだということが理由だった。

 今では全員が全員、そのような悲劇を経験しているわけではないが、正義感を持った人々であるということには変わりなかった。

 彼女もまた、その集団を構成する人間の一人だった。

 取り締まった人間について笑顔で話す彼女に対して、私が無言で彼女の傷口を消毒することが日課と化している。

 私は、彼女のことが心配で仕方がなかった。

 今は軽傷で済んでいるが、生命に関わるような重傷を何時負ってしまうのか、分からないのだ。

 私の言葉に、彼女は笑みを浮かべながら、

「それほどまでに危険な人間の相手をすることはありません。私たちが相手をするのは、他者の生命を奪うわけではなく、ただ相手を傷つけて優越感を味わうような人間です。それ以上に危険な相手は、然るべき機関が対応するでしょう」

 その言葉は、何度も聞いていた。

 それでも、万が一ということもある。

 しかし、彼女を止めることができるような言葉を、私は吐くことができない。

 彼女が選んだ道ならば、その選択を尊重するべきだからだ。

 ゆえに、私に出来ることは、彼女の無事を祈ることくらいのものだった。


***


 彼女の仲間が自宅に駆け込んできたとき、何も聞かずとも、嫌な予感がした。

 そして、それは的中した。

 彼女はとある男性たちの喧嘩を止めようとしたのだが、興奮していた一人が、彼女に向かって指先から自身の血液を発射したらしい。

 その男性は、己の血液を自由に操ることができ、血液を固めて刃物を作ることも、拳銃のように指先から発射することも出来るような人間だった。

 発射された血液は、彼女の頭部を貫通し、彼女はそのまま倒れ、動かなくなってしまった。

 その姿を見たとき、喧嘩をしていた男性たちも含め、誰もが言葉を失った。

 彼女の仲間たちが動き出そうとしたときには、彼女を殺めた人間は逃げており、今も行方が分からないらしい。

 彼女の仲間は、涙を流しながら、必ず捕まえると私に告げると、その場から姿を消した。

 彼女の頬に手を添えながら、私はどうするべきかを考える。

 彼女を殺めた人間に報復すれば気が晴れるだろうが、それは一瞬のことであり、彼女が戻ってくるわけではない。

 彼女がこの世に戻ってくることが可能ならば、どのような悪事にも手を染めたとしても構わなかったが、その必要はない。

 何故なら、私の生命と引き換えに、彼女の生命が戻るからだ。

 私よりも彼女が生きていた方が、世界にとっては有益であることは間違いない。

 私が生き続けたところで、救うことができる生命など、彼女に比べれば少ないだろう。

 ゆえに、私ではなく、彼女が生きているべきなのだ。

 だが、自身の生命を犠牲にすることを、私は躊躇していた。

 彼女のことは大事に思っているが、自分の生命を引き換えにするほどのものなのだろうか。

 そのように考えた自分の頬に、私は思いきり拳を打ち込んだ。

 今使わなければ、何時自分の能力を使うというのか。

 人生が終焉を迎えるまでに能力を使わなければならないという規則は存在していないが、愛していた人間が再び生きることができ、その人間が多くの人間を救うことができるのならば、迷っている場合ではないのだ。

 私は別れの言葉を吐いた後、彼女の胸元に手を当てた。


***


「彼女が蘇ったという話は聞きましたが、何故姿を見せようとしないのでしょうか」

「恋人が、自分の生命と引き換えに蘇らせてくれたことが、よほど悲しかったのだろう」

「私が聞いた話とは、異なっているようですね」

「どのような話か」

「恋人の能力は、確かに死者を蘇らせますが、蘇った人間に宿っているのは、死者の意識ではなく、能力を使った恋人のものだということらしいです。愛した人間が蘇ると思っていたら、自分が恋人の身体を奪って蘇るなど、想像も出来なかったことでしょう。ゆえに、閉じこもってしまう気持ちは、理解することができます」

「検査機関では、能力について聞いていなかったのか」

「死者を蘇らせるという点では、間違っていません。検査機関が詳細な説明をしていれば、このようなことにはならなかったのでしょうね」

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鉛刀一割 三鹿ショート @mijikashort

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