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 土曜日、僕とキャロラインは街へ出かけた。

 キャロラインは僕の半歩後ろをついてくる。ときどき手が触れるくらいの距離だ。

 こうして二人で歩くようになって三日くらいだろうか。しかし今日は近所のスーパーではない。大型ショッピングモールもある街だ。

 最近アンドロイドを連れて歩く人も増えた。大抵がメイド姿なので家事援助をするアンドロイドなのだろう。キャロラインもそういう格好をしていた。

 しかし中には車椅子を押すアンドロイドもよく見かける。介護用のロボットだ。超高齢化が進んだ挙げ句、介護の担い手が足りなくなった。

 一時は外国人労働者を多く導入したこともあるがいろいろ問題も出て今はめっきり減っている。

 肉体労働で疲弊する割に要介護者側の要求が高く薄給なのが原因だと僕は思う。それで介護ロボットだ。

 彼らはなぜか女性型のアンドロイドが多かった。八十代以上の人には介護職は女性だという認識が根強いのかもしれない。しかし中には男性型のアンドロイドもいた。

 車椅子に乗ったその高齢男性は七十キロ以上ありそうな肥満体型をしていた。車椅子が小さく見える。

 右のアームチェストに寄りかかり、のけぞるような格好をしていた。腹が出過ぎている。この体格では移乗するにしても一人の人間の手には余るだろう。

 それはアンドロイドについても同じで、キャロラインたち女性型アンドロイドの腕力がいかに強かったとしても巨体を持ち上げるとバランスを崩して転倒してしまう。だから足腰の強い大柄な男性型アンドロイドが介護していた。

 もしその要介護者が女性で、男性型アンドロイドに抵抗があると伝えれば、体格の良い女性型アンドロイドがやってくる。

 アンドロイドは見た目がリアルなだけに同性に介護してもらいたい感覚は理解できる。

 ただ、キャロラインは介護ロボットとは違う。搭載されているAIの性能が明らかに異なるのだ。キャロラインはほんとうに知能や感情があるかのように動くのだ。

「服を見に行こう」

 僕は彼女を若い女性が入りそうな店に連れていった。

 店には店員が何人もいたが、女性型アンドロイドの服を買うのだと僕が言うと、何か察したような顔をして、「担当の者を呼びます」と言った。

 レンタル彼女に服を買ってやる客は多い。僕もその一人だと思われたようだ。

 そして出てきたのが女性型アンドロイドだった。客商売に特化したタイプで、キャロラインよりも明らかに知能は劣っていた。しかし体格はキャロラインと同じだ。

 このアンドロイドが「動くマネキン」としていくつもの服を着て見せるようだ。試着を代わりにしてくれるというわけだ。

 店員は「クリス」と名乗った。

 すでにクリスはピンクのワンピースを着ていた。ミニ丈で細い脚が出ている。しかしその作りはやはりキャロラインほど精巧にはできていない。それは試着ルームではっきりした。

 僕はキャロラインにシックな装いのワンピースを着てもらいたかった。彼女の性質は二十代半ばの聡明で控えめな秘書タイプで、明るいピンクよりは色の濃い原色系が似合う気がしたからだ。

 おそらくは彼女の性質は僕の好みのタイプに設定してあったのだろう。

 僕はこれはと思った服をクリスに示し、キャロラインのサイズがあるかと訊ねた。

 クリスは「ございます」と答え、店の奥から何着か持ってきた。そして試着ルームへと移動したのだ。

 そこでまずクリスが着替えた。彼女は僕がいる前でも平気で着替えた。まさに動くマネキンだ。

 ウイッグを外すと見事なスキンヘッド。身につけていたピンクのワンピースを脱ぐと、一応は下着もつけているが、その肌はある程度弾力はあるものの単純な構造をしていてブラの中には乳首もなければ、ショーツの中は不毛地帯で、男性とことに及ぶ構造はないに違いない。

 それでも身長や体格はキャロラインとほぼ同じなのだ。だからクリスが着てぴったりならキャロラインにもぴったりだと頭では理解できる。

 しかし僕はやはり最終的にはキャロラインに試着してもらいたかった。だから最も似合うと思った真紅と黒のワンピースをキャロラインに着てもらったのだ。

 彼女はカーテンを閉めてひとりで着替えた。単純なことだが、そうした仕草の一つ一つが人間らしさに繋がるのだ。

「とてもよく似合っているよ」

 僕が言うとキャロラインはやや視線を落として「ありがとうございます」と答えた。

「お似合いですわ」

 クリスも称賛する。その口は常に半開きで腹話術のようだ。本気で似合っていると思っていることは絶対にないだろう。

 しかしキャロラインは違う。彼女の所作は精巧に編み出されたプログラムに基づくものだとわかっていても、ほんとうに人間の女性が心の躍動に従って身の動きに繋げたように思えるのだ。

「ではこれをいただくよ」僕はクリスに言った。

 クリスが人間の店員を連れてきて、その監視下で精算が行われた。

「今日はその服を着て僕と一緒に歩いて欲しい」

「承知しました」キャロラインは答えた。「その費用は経費に含まれておりません。よろしいですか?」

「構わない。僕がきみにこれを着て欲しいんだ。僕からきみへのプレゼントだ」

「ありがとうございます」キャロラインはわずかに目を伏せた。「とても嬉しいです」

 僕たちは他にもキャロラインの服を買い、店を出た。荷物は二人で分担して持った。

「映画を観に行こう」僕は彼女を映画鑑賞に誘った。

 買い物は楽しかった。人間の女性とのデートなら食事をしたりするのだろうが、あいにくキャロラインは食事をとらない。だから映画を観ることにしたのだ。

 真っ赤なワンピースを纏ったアンドロイドと歩くと人目を引いた。レンタル彼女だと思われただろうが構わない。僕はとても幸せな気分だった。

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