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食事を終えた僕はスマホをいじった。この事業についての私的報告はいくつものSNSで発信されている。
事業はかなりオープンになっていた。興味のない者にはアンドロイドによるヘルパー事業だと思われているが、実はそれだけではない。いや本来の目的は別にある。国の少子化対策がついにここまで来たのだ。
結婚しない者たち。特に恋愛と無縁の男たちに疑似恋愛をさせ、経験を積ませるために彼女たちがいる。
彼女たちは独身男性の家に住み込み、それまでに得られたデータを駆使して独身男性に最適な恋愛を体験させる。それがこの事業の主たる目的となっていた。その期間は最大で三か月。一か月以内で終了するケースがほとんどだ。
この事業が開始された当初は、彼女たちをセフレやレンタル彼女と誤解する者も少なからずいた。そういうのは想定内だったためにあらかじめ同意書を交わす際にいくつか禁止事項として説明されている。
互いの同意なしに性的な行為はできないことになっている。もし違反すると契約が打ち切られるばかりか器物損壊罪で刑事告訴され、多額の損害賠償が請求されることになっている。ヒト相手だと不同意性交罪にあたる行為が器物損壊罪になるのだ。
彼女たちと手をつなぎたければ、それなりの手順を踏む必要があった。日常会話でコミュニケーションをしっかりとり、彼女たちの好感度を上げていくのだ。それはまさに恋愛シミュレーションゲームに似ていて、一部の男性たちには好評だった。
この事業のモニターからの報告は多数あり、スマホでいくらでも読むことができる。
「今日ソフィアとデートした。手をつないで街をぶらつき、一緒に映画を観た」などと日記風に報告している者もいた。
女性が見たら気持ち悪いと思うかもしれない。男性であってもこうした事業の対象とならない者からしたらままごとに見えるだろう。しかし僕たちは真剣だった。
僕はこうしてキャロラインがいない時にスマホで同じ事業に参加している者たちと連絡をとっている。そしてお互いの様子を報告し合うのだ。
そうしたことを国は黙視していた。それもまた想定内なのだろうか。
キャロラインも恐らくは気づいている。しかし僕に対してその件は触れない。僕たちがスマホをいじっていても、「何をしているの?」と訊ねることはない。そのようにプログラムされているのだ。
キャロラインが僕のうちに来てまだ一週間。手や肩、背中に触れても彼女が何か非難めいたことを言うことはない。少なくとも僕たちはそのくらい自然にできる関係になっているのだと僕は思う。
しかしスマホを見ていると、当然のことながら僕よりも先を行っている者はいくらでもいた。
一週間で「性行為」ができるまでになっている者もいた。そう、彼女たちの体は精巧にできていて、そうした行為も可能にしているのだ。そして男性側の技術が向上すると快感を覚えたかのような言動をとるという。ほんとうに彼女たちが快感を覚えているのかはわからない。そのように反応するようプログラムされているだけだと思う。
しかしそこからが男性側にとって試練となるのだ。恋の絶頂に達したと彼女たちのAIが判断すると、数日以内に
それまでほとんどおだてることしかしなかった彼女たちの口から男性たちの低評価が語られるようになる。そしてそれは少しずつ増えていく。
人間同士の恋愛に倦怠期があるようにAIが提供する疑似恋愛にも倦怠期が来て、そしてその結果別れがやってくるのだ。
別れるところまでが恋愛。はじめに交わした契約書にもマニュアルにもしっかりと書かれていることだった。
この事業の立案者の中にはストーカー対策を研究している学者も入っている。アンドロイドとの疑似恋愛で得たご都合主義の恋愛観のために現実の恋愛でストーカーになるのを防ぐために別れ方こそ習熟してもらおうと考えたに違いない。
好きだった相手に嫌われる経験。好きだった相手を嫌いになる経験。そうしたものを体験できるようになっていたのだ。
「昨日キャサリンと別れたよ」僕の仲間から通知が来た。
他の仲間たちが同情や励ましのリプライをする中、僕は何と返して良いかわからなかった。
物言えぬ仲間は僕だけではあるまい。こんな悲しい思いをするくらいならモニターをしなければ良かったと思う者もいただろう。
モニターは最大三か月だから希望すれば少しタイプが異なる二人目の子がやって来る。そうして経験を積むのだ。
もちろん一人でやめてしまう者も多い。研究所から調査員がやって来て詳細に話を聞いて帰るという。それがAIに反映されて次のモニターに生かされるのだ。
中には期間中に十人と付き合ったと豪語する者もいた。そうしたケースは特殊ケースで調査員がやって来ていろいろ
現実の恋愛でも短く数多くこなす者がいるが、国としては結婚離婚を繰り返すよりも、子を多く残す家庭を築いてもらいたいのだろう。
逆に疑似恋愛すらできない者も多い。彼女の好感度が上がらないからと数日で諦める者も多かった。
アンドロイドもいろいろ手ほどきしたのだろうが、できないものはできない。簡単にできていれば独りでいない。
「お役にたてなくて申し訳ありません」一週間ほどでアンドロイドが出ていったという報告も見た。
世の男たちは性欲はおろか異性とのコミュニケーションすら面倒になっているのかもしれない。それをどのようにして意識改革していくのだろうと僕は思う。
キャロラインが風呂から上がってきた。
汗をかいているわけでもないのに肌がしっとりと潤っていて綺麗だ。首筋やうなじから蒸気が立ち
彼女は部屋着に着替えていた。濃紺のシンプルな上下。外出には向いていない。
モニター仲間にはアンドロイドに色気漂うピンクのネグリジェを着せている者もいたが、そいつがどういう趣味嗜好の持ち主で、どのように彼女をその気にさせてそういう格好にできたのか不思議だ。少なくとも僕には真似できないだろう。
「明日、時間ができた。一緒に買い物に出かけないか?」
「承知しました」
彼女が笑ったように見えた。男性側がデートの誘いのようなことをするとそのような反応をするのだと僕は思った。
彼女は僕の食事の後片付けを始めた。
「終わったら先に休んでいて良いよ」僕はそう言って風呂に入った。
アンドロイドは休みなく動き続けることができるが、バッテリーを消耗するので夜はスリープモードになる。
彼女は僕とは別の部屋で休む。一緒に寝る日は来るのだろうか。
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